13:53 「サークル棟にて潜伏 -3-」
カツカツと小刻みに、速足といえばそうであるような。
一定のリズムを刻み聞こえていた足音が止まった。
この部屋の前で。
がらりと、扉が開く。
僕の胸に緊張が戻ってきた。それはそれは大急ぎで戻ってきた。目の前の桐渕の存在が気にならなくなるほどなのだから、これは相当である。
もうこうなれば覚悟を決めるしかないのかもしれない。まず、先陣を切って飛び出すのは桐渕。このロッカー内の状況から見てもそうなる。敵が驚いている隙に、僕はその鎖をゲット。これで僕の身の安全は、完璧ではないにしても高まる。
試合直前のアスリートの気持ちとでもいうのだろうか、妙に思考がクリアだった。脳内麻薬がそうさせているのだろう。固唾をのんで状況を見守る。
「……」
「どうしたのかしら?」
「いや、この辺りから悲鳴が聞こえた気がしたんだが、気のせいだった」
会話だ。つまり、外には2人以上の人間がいることになる。足音は聞こえなかったように感じたが、複数人いたのか。いや、2人と見ていいだろう。女と、男の声がする。聞き覚えはない声だ。
「そう。一応、燃やしておきましょうか」
「いや、無駄撃ちはすんな。こんなことで、いちいち燃やしてたらいくら弾があっても足りないぜ」
確信する。こいつらのうち、一方がプレイヤーだ。そして、サークル棟内の殺人を行った犯人である。会話の感じからして、女の方がプレイヤーか。物騒なことを言う。こちらは気が気でない。
足音は、立ち去らない。どうも更衣室のベンチに座って休んでいるようだ。早くどこかに行ってほしいという思いと、有力な情報を聞き出せるのではないかという思いがせめぎ合う。
「ところで、いつまでこうしているつもりなのかしら? もうサークル棟にいる人間はすべて殺しましたわ。早く新校舎の方へ行くべきではなくて?」
なんだ、この女のしゃべりかた。キャラ作りすぎだろ。そんな話し方をする高校生はある特殊な人種を除いて存在しないはずだ。三本といい、この女といい、少し漫画やアニメの見すぎではないだろうか。
「待てよ、それはクールな手じゃねえ。新校舎には今、人があふれかえってるぜ。あまり目立つ行動をとるわけには……」
「私の能力があれば、全員殺せますわ」
「確かに向坂の能力は強いが、絶対じゃない。取りこぼしが……」
「それを補うのが、あなたの役目でしょう」
口論をしている。男の方は一般人なのだろう。さしずめ2人は恋仲とかそんな関係で、女はいかれた殺人狂だが、男のことを生かしたいと思っている。男も死にたくはないので女に協力している。男の方もちょっと変な奴ではあるが、まだ常識的な部類の人間だ。彼女のストッパー役となり、殺人がおおっぴらにならないよう注意している。
「はっきり言って、私にはもう我慢できそうにありませんわ。あなたの煮え切らない態度を見ているとなおさら。あなたの懸念も、わかっているつもりですわ。あの女のことなんでしょう?」
「いや、それは」
「隠しても無駄ですわ。あの雌狐……桐渕伴さえいなければ、私たちは幸せでいられた。なにもかもあの女のせいで……!」
「ち、違う! 会長は悪くないだろ! なんでお前はそういう、ぐあっ!」
なんか鈍い、殴打するような音が聞こえる。男が一方的にやられている様子だ。痴話喧嘩とかよそでやれ。
というか桐渕、お前大人気だな。なにをやらかしたんだ。
「どうしてっ! 私はあなたのために、この命まで捧げる気でいるのに! 私だけを見なさい!」
「ごめん、ぐっ! お、俺が悪かった! 落ち着け!」
バイオレンスだ。こんな彼女だけはほしくないという典型である。いや、僕が最も嫌いな異性のタイプは桐渕だけど。
僕は何とか更衣室にいる敵プレイヤーの姿が見えないものかと苦心するが、この狭いロッカーの中ではどうすることもできなかった。姿さえ見えれば鎖も見えると思ったが、よく考えればその後がどうしようもない。見えたところで鎖をつかむという動作ができないのだ。ここでは話を盗み聞きすることしかできないものと諦めよう。
「はぁ……はぁ……私が、あなたに協力する条件を忘れたわけではありませんわよね? あなたがこのゲームの勝者になるためには、私の能力が必要。そして、桐渕伴を殺さなければならない。わかっていますわよね?」
「わかってる……! もう俺はお前に頼るしかない、向坂、助けてくれ……!」
急に、聞き捨てならない言葉が飛び出した。
僕の頭がぐちゃぐちゃと回転する。どういうことだ。何か変だ。うまく整理がつかない。何がおかしいのか、釈然としない。
男の方がプレイヤーなのか。
女の「能力」とは何なのか。
なぜ、桐渕を殺そうとしているのか。
「それと、私のことは実論と呼びなさい。何度も言わせないで」
「あ、ああ、実論、わかった。お前の言うとおりにする。そろそろここから離れよう。新校舎へ行く。でも、殺すのはしばらくやめだ。せめてあと1人、プレイヤーが死んでから動こう。な、お前に無理はしてほしくないんだ」
「まったく……『傲慢の剣』が聞いて呆れますわ。今のうちに覚悟を決めておきなさい」
それきり会話はなく、2つの足音が部屋を出て行った。僕たちは息をひそめ、十分に時間をおいてから外に出た。びっしょりと嫌な汗をかき、生温かい不快な空間から解放されたわけだが、それを素直に喜ぶだけの余裕はない。
なんだか、余計に混乱してきた。確か、最後に『傲慢の剣』と言っていたようだ。あいつらのうちどちらかが傲慢のプレイヤーだとすると、それで7人のゲーム参加者が出そろう。消去法的に言って、桐渕が「色欲」のプレイヤーになるのか。
うげ、気持ち悪い想像をしてしまった。
桐渕は色恋事とは無縁そうな人間だと思っていた。今まで受けてきた壮絶な告白の伝説の数々は聞いたことはあるが、誰か特定の人物と交際しているという話は聞かない。まあ、まったくもって不名誉なことにそこに僕の名前がちらほらとあげられることがあるわけだが。
しかし、先ほどの会話を聞くに、桐渕があのカップルに何か横やりを入れたように聞こえなくもない。それとも単純にこのゲームにおける殺し合いの話だろうか。桐渕がプレイヤーだと目星をつけたから、殺そうとしているのか。いや、そんな感じでもなかったような。
考えるだけ無駄か。本人に聞こう。さすがにあそこまで言われておいて知らぬ存ぜぬは通せまい。
僕は桐渕に目を向ける。そして気づく。彼女の雰囲気がいつもと違った。
一言で表すなら、荒れている。いつもの余裕がない。樋垣と勝算のない戦いをすると豪語したときでさえ飄々としていた彼女が、焦っている。笑顔がない。イラつくように口元を歪めている。こんな桐渕は初めて見た。
何をそんなに思いつめているんだ。自分を殺そうと画策する話を聞いたからか。いや、こいつがその程度のことで思い悩むはずがない。逆に利用してひと泡吹かせてやると笑い飛ばす、そんな奴だったはずだ。
おかしなことはまだあった。なぜか、彼女の悪意が増えているのだ。僕に対する「疑念」が増えている。どんどんと。
意味がわからなかった。どうしてそうなるのかわからない。僕を疑うことと、さっきの会話に何の因果関係があるというのだ。ただのやつあたりなのか。
僕は声をかけることができなかった。




