13:46 「木偶の糸切れた -4-」
桐渕の全校放送は効果てきめんだった。
放送室を出て新校舎の2階へ上がった僕たちは、バリケードを取り払ってぞろぞろと廊下に出てくる生徒たちの姿を目にした。
皆、窮屈だったのだ。その表情を見ればわかる。決して明るくはない、しかし何か決意したような表情。何もわからず、ただ教室の中でうずくまって、いつおさまるかも定かではない災害におびえて過ごすことに耐えられなかった。
そこに桐渕から提示された指針。それは嵐の中で高波に揺られる船が見つけた灯台の光のように見えただろう。
そして恐怖の次に現れるのは不満という感情だ。どうして自分がこんな目に遭わなければならないという、理不尽に対する憤り。異常が人の心を容易に荒立たせる。超能力者という異常者を、一般人という正常者が許せるわけがない。その元凶をどうにかしたいという気持ちにさせる。桐渕は見事にその不満を、三本の方へと誘導した。
悪意だった。それは鎖などなくてもわかる、三本に対する明確な敵意。
ただし、同じ異常者でもその全てを排他しようと考えるわけではない。一般人は所詮、力なき存在だ。強大な力を恐れる。だからこそ求める、自分に利する力を。異常を取り除くためなら異常の力でさえ欲する。それが人間だ。
おそらく、生徒たちは仮に桐渕伴がプレイヤーだと知ったところで彼女を慕うことをやめないのではないかと思う。あんな放送をすれば少し賢い者なら考えるだろう、もしかしたら桐渕はプレイヤーではないかと一考する。しかし、それでも構わないのだ。なぜなら彼女は生徒にとって利する、強大な脅威であるからだ。彼女が自分たちを守ってくれるうちは逆らわない。それで命が助かるのなら、いくらでもこびへつらう。少なくとも、どこの馬の骨ともしれない他のプレイヤーを信用するよりも、彼女を頼る。なぜなら彼女は目もくらむような生徒会長。みんなそれを知っている。
そうやって利用されていると知っていようとも、自分に不利益さえなければ従うのだ。いや、大多数の人間は利用されていることにすら気づかない。他のみんながそう思うのだから、自分だけ仲間はずれでいることはできない。いとも簡単にそれが自分自身で導き出した最良の決断であるかのように信じてしまう。それが権力。たかだか一校にしか過ぎないが、そこにいる数百の人心を掌握する、魔王の力。
「あっ! 会長だ!」
1人の生徒がこちらに気づいた。それまでのしかめ面を一転させて嬉々とした表情になり、こちらに走ってくる。それに続いて続々と人が集まりだした。
なんて間抜けな奴らなんだ。お前らの目の前にいるのは怪物だというのに。それともそれがわかっているから付き従うのか。
僕も周りの人間からすれば、桐渕に従属する人間のように思われていることだろう。
「こんなに協力してくれる人たちがいるなんて思わなかったよ。本当にありがとう」
「いえ、そんな! 俺たちも頑張りますから、会長も頑張ってください!」
「ああ、私はこれから戦いに備えて武器を調達しにいく。くれぐれも私が指示を出すまで旧校舎には近づかないでくれ。それでも樋垣君が新校舎の方へ来ないとは限らないから気をつけるように。それと、三本矢七君を発見しても無理はしないでね。相手は透明人間だから。とりあえず、廊下に水をまくなどしておいてくれないかい?」
「わかりました。おい、みんな聞いたか! 水の準備だ!」
どたばたと生徒たちが動き始めた。その様子を見て桐渕は満足げに微笑む。そしてその場を後にする。
名残惜しそうにこちらを見てくる生徒たち。だが、僕たちについて来ようとはしない。当たり前だ。好き好んで危険な道を選ぶ愚か者なんていない。樋垣退治より三本探しの方が遥かに危険は少ないのだから。桐渕の後ろをついて行く者は、僕だけだった。
「ぼ、僕も三本君を探そうか?」
「ここまで来たんだからもう少し私に付き合っておくれよ。ふふふ」
正直、僕には三本探しの方が性にあっている。というか、僕の能力を使えば彼の居場所は一発でわかるのだ。相手は僕に対して攻撃できないわけだし、捕獲は簡単にできるのではないだろうか。彼の口封じをするのなら、自分から率先して動いて殺してしまうのが手っ取り早い。
だが、それをしたくない理由もある。
僕の性格によるものだ。はっきり言って僕は殺人なんてしたくない。道徳的にできないのではなく、リスクを冒せないからできない。プレイヤーと正面から命の奪い合いをするなんて危険なことはできない。いや、もうぶっちゃけて言うと僕はビビっている。
リスクと言えば三本から僕の情報が漏れてしまうこともリスクだ。それは排除したい。しかし、やはり三本とは戦いたくない。透明化を見破り、彼は僕に悪意を持てない。絶好のチャンスのように思える。そこで問題なのが、分身体だ。僕は三本本人の悪意は消しているわけだが、その効果が分身体の方にも表れているか不明だ。
感情のない分身たちは、はたして僕に攻撃することができないのか。できそうに思えてしまう。いくら弱いと言っても、僕は桐渕のように戦える技術がない。運動は苦手だ。たとえば囲まれて、三本が言っていたように眼球に鉛筆でも突き刺されて殺されてしまうのではないか。考えずにはいられない。
また、これだけ新校舎に生徒があふれかえっているとなると、三本本人は旧校舎側に逃げているかもしれない。樋垣のそばをあまりうろちょろしたくはなかった。
総合的に考えて、三本のことは放っておくしかない。僕の情報が漏れないことを祈るしかなかった。僕に対して悪意が持てないのなら、僕が不利になるような情報は言いふらさないはず。そう信じたい。今は桐渕の監視に専念しよう。
桐渕は旧校舎の反対側、新校舎2階から行けるサークル棟へ続く渡り廊下に向かっているようだった。サークル棟は運動部や文化部を含めすべての部活の部室が集められた建物である。
確か、武器を調達すると言っていたな。サークル棟になら運動部のいろいろな機材が置いてあるので、武器になりそうなものがあるかもしれない。さすがの桐渕でも包丁一本で樋垣と戦おうとはしないだろう。
というより、それ以前の疑問がある。
「なあ、桐渕、本当に樋垣と戦う気なのか?」
生徒たちを鼓舞する手前、ああは言っていたがそれは嘘臭い口実にしか聞こえなかった。
僕は樋垣と一度遭遇している。あれは正しい意味での化物。猛獣のようなパワー。ある意味で最もオーソドックスな超能力者ではないだろうか。ゆえに強さに揺るぎがない。僕の手の中にはまだ彼の鎖が残っている。あれだけ存在を誇示しながら、いまだに脱落していないのだ。手をこまねき、倒しあぐねている。
「もちろんだよ。みんなが私を信頼してくれているのだから、それに応えないとね」
しかし、桐渕はしっかりと打倒樋垣の目標を言葉にした。
「まあ、お前のことだから、何か策があるんだろうけど」
「いや、そんなものはないよ」
「え、は?」
僕は耳を疑う。桐渕の口から出た言葉のようには思えなかった。
策がない。どういうことだ。桐渕らしくない。
「正確には小手先の策ではどうしようもない相手、といったところかな。私はちょっとだけ遠目から樋垣君が力を振るう様子を観察したことがあるのだけれど、あれはもう人間じゃないよ」
それは確かにわかる。僕だってあれをどうにかできるとは考えられない。しかし、それでも上遠野のような無敵の相手ではないはずだ。生身の肉体で戦う相手。いくらでも手はあるのではないか。
「たとえば、罠を仕掛けるとか」
「確かにそれは良い手だ。でもこの学校にある物資でどれだけの規模と威力をもった罠が作れると思うかい?」
簡単なブービートラップならいくつでも作れるはずだ。さすがに電気ショックとかそういう専門的な罠は作れないだろうが、足止めには十分。知性をなくした樋垣なら苦も無くひっかかってくれるように思うのだが。
「私もそれは考えた。紐で転ばせるとか、バレーで使うネットで身動きを封じとか。でも、それって確実と言えるかい?」
何重にもネットを重ねてかぶせれば、無力化できるかもしれない。しかし、確実かと言われると不安になる。不死身の猛獣をそんなしょぼい檻で封じることができるのか。何か他にも隠された能力を発揮して脱出とか、ありえるのではないか。
そもそも、どうやってネットをかぶせるかという問題がある。罠を作った場所に樋垣を誘導しなければならない。その罠はどのように設置する。床に敷く、それでは上を素通りされるだけ。紐で吊り上げるようにするのか、あの巨体相手にどうやって。階段におびき出して上からネットを投げつける、うまく広がるのか、避けられるのではないか。
紐で転ばせるにしても、その後はどうする。誰がその隙をついてとどめを刺す。そう言えば、そこまでどうやって誘導すればいいんだ。全力で追いかけてくる相手から逃げながら、かつ罠があるところまでうまく誘導する。いくら知能が低い相手だからって簡単にいくとは思えない。そう何度も試せないチャンスを成功させられるのか。
「そもそも、そんな都合よくネットなんか置いてあると思うかい?」
考えてみればその通り、バレー部の部室にネットがあるのか。普通は体育館倉庫に置く。わざわざ部室になど持ってこない。
仮にあったとしてもだ。または他に有効な罠を思いついたとして。
その罠は誰がしかけ、誰が作動させる。言っておくが僕はごめんだ。樋垣のすぐ近くで罠の準備をして待っているなんて恐ろしいことできない。他の生徒たちだって、さすがにそこまで桐渕の言うことに盲目的には従わないだろう。
結局、誰かが戦わなければならない。1人、樋垣の真正面で。
「罠は仕掛けるよ。策は尽くす。でもそれで相手が止まるわけじゃない。本気で他人を殺そうとしている人間は止められないよ。それが超能力者であればなおさらだ」
上遠野は確かに最強だったが、勝とうとしていなかった。どんなに強くても意思のない人間ならいくらでも丸めこめる。だが、全力で戦いを挑んでくる相手なら生半可ではない。まして樋垣は実力者。騙し合いとか、そういう尋常の手が通じる相手ではないのだ。
人外の力を使う者には人外の力をもって対抗しなければならない。ならば、桐渕は自分の能力を使う気か。それなら勝機はある。
「私が樋垣君を倒してしまえるような超能力をもっていれば別なのだろうけど、そんなことはないからね。まあ、正面から戦えば十中八九、私に勝ち目はない」
何も言えなくなる。お前が勝負を諦めるなんて、思っていてもそんなことは口にしないはずだ。こいつは誰よりも負けず嫌いなんだ。僕とは正反対の意味で。桐渕に勝てないと言わせるほどの猛者なのか。
「しかしだ」
そこで桐渕は逆説の言葉を述べる。
「勝機が全くないわけではない」
「どっちだよ」
「勝機はある。なぜなら……」
桐渕は言葉尻をおさめ、とびきりのニヤニヤ顔で言う。
「超ハイスペックを誇るスーパー生徒会長である、この私の存在が勝機そのものなのだからね」




