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13:41 「木偶の糸切れた -2-」

 

 「わかった。行くよ、一緒に行くってば」

 

 桐渕の動向を監視することも大事な作戦だ。まあ、珍しく僕に対して下手に出てきた桐渕がどうしてもついてきてほしいというのであれば、いやいやながらではあるが同行してやってもいい。鉄人ロボ桐渕にもスズメの涙ほどのかわいげは残されていたということか。

 

 「でも、その前にトイレに寄っていいか?」

 

 「もちろんさ」

 

 だが、携帯電話をどうにかしなければならない問題は残されたままだ。話はそれを解決してからだ。

 僕は近くのトイレに入った。桐渕も僕と一緒にトイレに入る。

 男子トイレに。

 

 「あの、桐渕?」

 

 「なんだい、木末?」

 

 「外で待っていてくれないか?」

 

 「それは危険だ。透明人間三本矢七君がどこに潜んでいるかわからない。ここはできる限り単独行動を避けるべきだ」

 

 消え失せろ、鉄人ロボ!

 

 ああ、こいつにひとかけでも同情心を持った僕が馬鹿だった。今すぐどっかに行ってほしい。ブラジルあたりに行ってほしい。火星でもいい。それがいい。

 

 おのれ桐渕伴、やはりお前は僕の最大の敵で間違いないようだ。どうしてさも当然という顔をしてトイレの個室の前に立っていられる。その理屈だと、もしお前がトイレに行きたいと言い出したときは、容赦なく僕も同じようにお前が入った女子トイレの個室の前に陣取ってもいいというわけだな。くそ、こいつなら二つ返事で了承しそうだ。というか、こいつが用をたす音を間近で聞かされるなんてそれはもはや拷問だ。僕の精神衛生上、許容できるものではない。

 

 だが、もうこうなってはしかたがない。現状でできうる限りのことをしよう。

 結局、着信音設定を変えることにした。マナーモードにしていれば操作の際の設定音は鳴らない。電源を切るとパワーオフ音がしてしまうからできなかった。壊すにしても全く音をさせず、というのは難しいだろうから断念。電池パックを抜くという手もあったが、そのカバーというのは取り外しにくくできている。プラスチックがこすれる音がしないとも限らない。

 

 ドアの上とかから覗かれているんじゃないかとおびえながら、何とか設定を終えた。そんなことをされたら学校の怪談より恐怖だ。何で僕がこんな思いをしなければならないんだ。ふと思ったが、男子が個室に入ったのだから大の方の用を足さないと不自然である。しかし、便意など催す様子は皆無。腹が痛いのは確かなんですけどね。

 

 「ん、どうした、木末。私のことは気にせずにしていいよ」

 

 「僕のパーソナルスペースは余人の3倍は広い。覚えておくんだな」

 

 僕にしては辛辣な言葉を述べてトイレから出た。

 

 「それで、三本を探すんだっけ」

 

 「そうだね。私としてはすでにプランを立てている。さしあたって、私の現時点での三本矢七君の能力に対する考察を説明しよう」

 

 僕は桐渕に続いて新校舎1階にやってきた。ここには職員室や校長室などがある。教員たちは生徒たちの統制と異常の原因究明に奔走しているが、あまり効果をあげられているようには見えなかった。途中、保健室の前を通ったが、低いうめき声がいくつも聞こえてきて気味が悪かった。

 透明人間がどこから襲ってくるかわからない恐怖から、僕たちはほとんど会話をせずに神経をとがらせていたため、この場所はちょっと騒がしすぎるように感じた。だがいつまでも黙っているわけにもいかない。桐渕に今後の予定を話してもらわなければ。

 

 「まず、彼は分身を無限に作れるわけではないようだ。気になったのはあの踊り場での戦闘の際、たった3体の分身しか出さなかったこと。足止めしたいのならもっと数をそろえればいい」

 

 確かに、それこそ図書室でやったように10体作って階段を埋め尽くしてしまえば戦えずとも壁にはなる。あの狭い空間ならそちらの方が確実に足止めできる手だ。

 分身を作る際になんらかの制約があるのかもしれない。

 

 「そして、分身の方は透明化しなかった。さすがの私でも、相手が透明となれば弱くとも苦戦を強いられただろう。しかし、それをしなかった」

 

 つまり、透明化できるのは本人だけか。それとも自分も含めて1体だけしか透明化させられないとか。

 

 「まあ、まだ予測できない部分はある。たとえば、分身の外見は自分のものしか作れないか、とかだね」

 

 他の人物の外見をかたどった分身が作れるのなら、他人になりすますこともできるだろう。古典的だが、仲間だと思っていた奴が実は偽物でいきなり襲いかかってきた、とかいう戦法もとれそうだ。

 そのように他にも三本が自分の能力をわざと隠してこちらに誤解させようとしている可能性はある。しかし、どうもそのあたりの巧妙さは拙いように思えた。なんとなくあの透明人間の挙動を見る限り、人間味というのを感じるのだ。自分の身に危険がせまったとき、とっさに機転がきくような性格ではない。桐渕や渥美とは違う、普通よりの人間。親近感を覚える。断言はできないが。

 

 「多分に推測を含んでいるが、三本矢七君の能力についておおよその分析は終わった。あとはそれをもとに傾向と対策を練ろう」

 

 桐渕はある一室の前で足を止めた。僕は入ったことがない部屋だが、名前だけは知っている。プレートには「放送室」と書かれていた。

 なんだろうこの漠然とした不安感。きっと桐渕は世にも恐ろしいことを始めるつもりだ。敵とわかっていながらも、僕は心底、三本に憐憫の情を抱いてならない。

 

 桐渕は放送室に入る。中には職員らしき人がいた。僕たちはちょっと渥美の血で汚れているため最初は驚かれたが、そこは桐渕の威光。元生徒会長という輝かしい肩書はすぐに職員を信用させた。ろくに事情を話していないというのに、放送の許可をもらう。

 

 そして、マイクの前に桐渕は立った。

 

 「全校生徒のみなさん、いきなりの呼びかけ失礼します。元生徒会長の桐渕伴です。これから私が話すことを聞いてください」

 


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