12:03 「教室にて考察 -1-」
僕の【武器】について整理してみよう。
一つ、僕は僕に関する人間関係を鎖の形で見ることができる。それにより得られる情報は一つだ。鎖の錆具合により、大雑把にだが相手がどれだけ僕に対して悪意を持っているのかわかる。
二つ、僕が鎖に触ると相手の僕に対する悪意をゼロにできる。
三つ、これは能力の検証をしているうちに気付いたことだが、悪意をゼロにするとその悪意を僕自身が引き受けることになるということがわかった。つまり、相手の悪意を取り除く代わりに、僕がそれを肩代わりする。相手は僕に対して悪意を抱かなくなるが、僕はその相手に対して取り除いた分の悪意を抱くことになる。
この三つだ。三つ目に関してはデメリットと言える。しかし、大した代償ではない。僕が少し我慢すればそれで済む問題だ。
この能力に攻撃性能は全くない。よく漫画である炎や電気を操るとかいう派手な戦い方はできない。だが、使い方次第では強力な効果を発揮すると思われる。
まず、敵から直接的な攻撃を受けることがなくなるのだ。悪意というのはここでは広義に捉えよう。そこには当然、「殺意」や「害意」も含むと考えていい。敵は僕に対して“攻撃する”という意思を持つことすら許されないのだ。たとえ目の前を通り過ぎようと殺されることはない。
それだけ言うと最強のように聞こえるが、無論のこと弱点もある。一つは鎖に触れないと能力が使えないという制約だ。敵がどこそこのだれそれであるとわかっているのなら、そいつの鎖を握っておけば済む話だが、そう簡単にいくとは思えない。全校生徒がひしめくこの真昼間の校舎の中で、誰がプレイヤーであるか特定することが困難なのだ。視界に入る全ての人間の鎖をめくら滅法にとっつかむことはできない。本当にどうしようもなくなったときはやるかもしれないが、そんな動きは不自然すぎる。ちょっとでも疑われるような行動は避けたい。鎖の一端は自分の胸から出ていると言っても、ジャラジャラとかさばる金属の塊を自由自在に操ることはできない。特に人が多い場所では、この人と決めた人物の鎖を丹念に確認した上でゆっくりと探し当てるのがやっとだ。錆を吸い取るのにも数秒の時間がかかるし、まさにこちらを殺そうと迫ってくる突然の敵に対してすぐさま能力を行使することなど不可能だ。
弱点のもう一つは、偶発的に起きた事故によって攻撃されること。その場合は相手の悪意が介在する余地がない。最も情けない最期を迎えることになるだろう。または、対象を個人に特定しないタイプの攻撃だとやられる可能性が高い。たとえば、火炎放射で広範囲を焼きつくす能力とかだと、僕を攻撃するつもりがなくても周りの人間を狙うつもりで使った技に巻き込まれて死ぬこともあり得る。
後は、こちらの能力を無効化する能力者なんかがいたら、僕は何もできなくなるわけだが、それは考えても仕方がない可能性だろう。
【武器】の考察はこのくらいだろうか。
【武器】は他に6つある。7人のプレイヤーに1つずつ与えられているはずだ。僕は「鎖」を選んだ。他にあった武器は「剣」「鋸」「棒」「鍵」「釜」「灯」だった。この字面だけで強いか弱いか、判断することはできそうにない。僕の「鎖」だって本物の金属の鎖を扱うというわけではなく、ややこしい特殊能力のようなものだ。僕だけが特別と考えるのは愚かだ。どのプレイヤーも僕と同等か、それ以上の能力を持っていると想定すべきである。
では続いて、できる限りの悪あがきだ。
最初に携帯のメールボックスを開いて、例の怪しいメール3通を消去する。
これは大切な下準備だ。この戦いにおける禁忌事項の一つは、自分がプレイヤーであると周囲に露見することである。少なくとも何の策もなしに自分の正体を明かすなんて自殺行為以外のなにものでもない。特に僕のような戦闘に向かないプレイヤーは隠れて情報を集めることが行動の主体とならざるを得ない。
よって、自分がプレイヤーであるという確たる証拠は即刻処分すべきなのだ。周囲の様子を探るに、プレイヤー以外の一般人にはこの怪しいメールが届いていないようである。いま何が起きているのかさえ、彼らや彼女らは知らないのだ。しかし、それも時間の問題。自然の流れか意図的なものによるかはわからないが、いずれ事の次第が一般人にも知れ渡ることになるだろう。そうなればまず携帯電話をチェックされる、そういう機会が訪れている時点でそうとう切羽詰まった状況である可能性は高い。こんな危ないメールは今のうちに消しておくに限る。内容も特に記憶にとどめておくようなことは少ない。後で困ることはないだろう。
教室は徐々に不審な空気が漂い始めていた。玄関から外に出られなくなったという噂が広がってきたようだ。ここは新校舎の三階。玄関の確認はできないが、まさかそんなはずはあるまいと笑い飛ばしていたクラスメイト達も反応を変え始めてきている。窓が開かないことに気付いたのだ。隣のクラスでも開かないらしい。ここまでくれば、さすがに心配になってくる。もしや閉じ込められてしまったのではないか。原因も犯人もわからなくても、そういう思考にたどりつく。
あるものは不安がり、友達同士で集まってひそひそと話しあい、またあるものは能天気に嬉々としてこの異常事態に関する様々な憶測を論議している。学校が最新のセキュリティ設備を導入してトラブルが起こったのだとか、犯罪組織のテロがこの学校の生徒全員を人質に取るための大規模な罠を作動させたのだとか、宇宙人が乗ったUFOがこの学校の上空に飛来して超常現象を起こしているのだとか、勝手なことを言っている。しかも、その最後の一番くだらない仮説が最も正解に近いかもしれないという事実に泣きたくなる。
こいつらは気楽でいい。生き残る可能性が高いのだ。ゲームが終われば生存者は解放される。1クラス40人として、学年につき5クラス、概算でも600人の生徒がいるのだ。さすがにそのほぼすべてが生存できると甘っちょろいことを言う気はない。戦いに巻き込まれて多数の犠牲は出るだろう。だが、生き残る確率は低くない。
それに比べて僕がこのゲームを生き残る確率は7分の1だ。百分率に直せば14パーセント。たとえば大病を患って、医者から手術の成功確率は14パーセントですと言われたとする。
死ぬよ。
誰だって死を覚悟する数字だ。さらにこの戦いは、制限時間までに2人以上のプレイヤーが生き残ってしまうと強制的に全滅させられてしまう。実際の生存確率はもっと低いに違いない。それがわかっているから身を丸めて頭を抱えて、じっと嵐が過ぎ去るのを待っているようなマネはできないのだ。
戦いに行かなければならない。戦場に身を投じなければ、生き残れない。しかも、いやらしいことに究極的に言えば戦わずに勝つ可能性もあるのだ。自分以外の他のプレイヤーが全員同士討ち。部屋の隅に隠れて身を震わせていればいつの間にか勝利している。そしてそれが起こる可能性がいかほどのものか。ほぼありえない。でも、ありえないとわかっているのに、そうしたくなる。逃げたくなる。思考が鈍る。
なんてひどいゲームだ。こんなことを考える奴ら、一生呪ってやる。
そう思っても、もうやるしかない。どうにかするしかない。
悪あがきを続けよう。
携帯電話の怪しいメール。これは消した。だが、まだ安心できない。さっきのメールには意味深な言葉があった。プレイヤーの死亡情報は随時連絡すると書かれていたのだ。これまでのゲーム開催側の接触の仕方から考えても、おそらく連絡方法はメールによるものと思われる。情報をくれるのはいいが、それもときに邪魔になる。圏外だらけの通信不可能域で、1人だけメールが届く、その着信音が響く。これはかなり不自然だ。
対策として2つの方法があるように思う。一つは携帯電話の破棄。壊してしまえば疑われる情報を漏らすこともない。その代わりに死亡情報は得られないし、どうして携帯が壊れたのか、逆に不審に思われるかもしれない。もう一つは着信音設定だ。マナーモードにするだけではまだ不安が残るため、メールが来ても着信音が鳴らない設定に変えておく。しかし、これでは証拠を残す余地を生むリスクがある。それに送信者は人知を超えた力の持ち主だ。着信音設定が有効にはたらくか、という問題もある。どうするべきか……
「おい! おい! みんな! 大変だ!」
教室のエアコンは、まだ停止していない。電灯も点いているし、どうやら外から電気は入ってきているようだ。やけに乾く喉を暖房のせいにしながら心の中で悪態をついていると、1人の生徒が大声をあげながら教室に飛び込んできた。びくりと身ぶるいがする。その生徒は息を切らせながら、とぎれとぎれに声を出す。
「一階で、変な奴、やばい! 殺されてる!」
頭からさっと血の気が引く気分だった。
 




