13:33 「図書室にて進退 -3-」
「へえ、なにやら考えがあるようだね。ぜひ聞かせてくれないかい?」
桐渕がニヤニヤ笑って先を続けろと促す。ここからが正念場だ。
「まず、僕の携帯電話が鳴ったと桐渕は思っているようだが、それはない。着信はなかった。これは当然だ」
「ということは、私の聞き間違いだった、と言いたいのかい?」
「いや、違う。実は、僕も聞こえていたんだ。桐渕が持っていた上遠野さんの携帯の着信音とは別の、マナーモードにした携帯の振動音が聞こえた」
桐渕は首をかしげる。着信の音源は僕の携帯ではなかった。そして桐渕の携帯でもない。となると、導かれる可能性は一つ。
「つまり、僕ら以外の第三者が、この部屋に潜んでいる。そうなる!」
そして事実、この部屋にはいるのだ。
透明人間。
図書室にずっと居座り続け、僕以外の誰にも気づかれることがなかったプレイヤー。僕はそいつに容疑をなすりつけることにした。
いや、容疑も何も、相手はプレイヤーなのだ。何をしようが責められる言われはない。いくら桐渕の頭脳でも、この部屋に透明人間が潜んでいるなんて予想はしていないだろう。その存在を彼女に知らせることの意味は大きい。
前にも言ったが、桐渕はこのゲームにおいて僕の剣。最後の最後には持ち主を傷つけにくる諸刃の剣とわかっているが、それでも絶大な切れ味を誇る名剣だ。僕以外のプレイヤーを倒してくれることに関しては、協力を惜しまないつもりだ。
透明人間がいます、なんて何の脈絡もなしに伝えるわけにはいかなかったが、この方法ならいける。
「それもだ、着信音は僕のすぐ近くで聞こえた。それだけ接近しながら存在を悟らせない超能力を持った人間、たとえば僕たちの認識をごまかすとか、姿を透明にすることができるとか。そういうプレイヤーがいると、僕は考える」
桐渕の僕に対する疑念はあまり変わっていない。まだ疑われたままだ。それもそのはず、今の段階では僕のこの考えは空想論でしかない。何も証拠がないのに信じることはできない。
「わかった。なるほど、その可能性は確かに最悪だ。すぐに検証する必要がある」
「し、信じてくれるのか?」
「もちろんだよ。君にしては珍しく“普通”ではないことを言うから驚いたけどね。君は私の幼馴染だ。信じるさ」
よし、話が通った。とりあえず、いいからまずは携帯を見せろという流れにならなくてよかった。説得の第一段階はクリアといったところか。
考えてみれば、桐渕もあまり強く僕に携帯電話の提示を求めることはできないのかもしれない。僕は桐渕の悪意の中に「強要の意思」を感じる。要するに桐渕は僕を脅迫したいと思っている。すなわち僕も桐渕を脅迫したいという気持ちにはなっているのだが、それを塗りつぶすほど圧倒的な恐怖感があるので表に出てこないだけだ。
話を戻すが、その悪意を吸収しているのだから、桐渕は僕を脅迫したいとは思えないはずなのである。ここがこの能力の難しいところだ。僕が吸収できるのは相手の「悪意」のみ。僕の携帯が鳴ったのではないかという事実認識を消し去ることはできない。「悪意」は持てないわけだが、事実は事実として承知しているため、相手は相応の行動を取る。
この場合は「僕の携帯が鳴ったように感じた」ので、その確認として「僕に携帯を見せるよう求めた」のだ。正確には僕が携帯を見たいのだろうと尋ねたので、桐渕の口から直接「見せろ」と言われたわけではない。いくら悪意がなくても、あの状況で僕に携帯のことを聞かないのは変だろう。要するに何気ない質問程度の問いかけだったのだ。僕の能力は「悪意ある疑念」ならともかく、「ちょっとした疑問」まで封殺するものではない。
ただ、それ以上の追及となると話が変わる。僕のことを明確にプレイヤーだと決めつけて、その証拠として携帯を見せるよう求めることは桐渕にはできないだろう。僕が嫌だと断れば、それ以上は何も言われなかったのではないだろうか。
ただその場合は、「着信が入ったかのように聞こえた携帯の提示を僕が拒否した」という事実が残るわけで、桐渕は僕がプレイヤーであるという認識に至ってしまうかもしれない。「音が聞こえた」ことは事実なのだ。悪意などなくても、その情報は曲解の余地なく僕の正体を示すことになりえる。単なる聞き間違いだったと思ってくれればいいが、そうなるとは限らない。特に桐渕の場合は。
いずれにしても、桐渕の認識を僕への疑いから「聞き間違いだった」という方向へ誘導するには、僕が取った透明人間へのなすりつけ作戦は有効だということだ。今は荒唐無稽な空論のように思えているだろうが、透明人間が現実にいることがわかれば、僕の言ったことが真実であるかのような信憑性を得る。
しかし、作戦はうまくいくことばかりではなかった。
透明人間の鎖から伝わる悪意に、変化があったのだ。
この作戦の問題点の一つとして、透明人間に僕がプレイヤーであるとバレてしまう危険が非常に高いというリスクがあった。
メールの着信音対策というのは十分考えておくべき問題だ。透明人間だって携帯の電源は切っているだろうと思っていた。その場合、僕がこんな発言をしてしまうと、「なぜバレた!?」と思うことだろう。透明人間の携帯は着信音を出していないわけで、僕の発言に嘘が混じっていることは明白である。透明になった自分を見つけられる人間なんてプレイヤーしかいないと考える。
そして現に僕は透明人間の悪意を感知した。それまでなかった敵対心がどんどん増え、ついに「殺意」が生まれるに至った。この真理の変化は、透明人間が僕を敵と認定したということに由来するだろう。単に正体をバラされたからムカついて殺そうと思ったとか、そういう楽観的な考えはできない。透明人間も僕と同じように携帯の電源を切り忘れていて着信音を聞かれてしまったのかと勘違いしている、なんて考えも浮かんだが、あまりに望み薄な可能性だ。
よって、透明人間は僕がプレイヤーであるという事実を知ってしまった。たとえそうでないとしても、最悪を考えるべきである。
非常に痛い。誰がプレイヤーであるかという情報は重いのだ。自分の素性を簡単に明かすプレイヤーばかり出てきたが、本来ならありえないことである。全校生徒600人という隠れ蓑の中からあぶりだされる。説明するまでもなく、その情報が漏洩してしまうことはまずい。
だが、しかたがなかった。僕が最も危険視しているプレイヤーである桐渕に、直ちに正体を見破られてしまうよりは良い。どうせバレるのなら透明人間の方も道連れにしてやる。時間稼ぎにしかならないかもしれないが、やるしかなかった。
問題はどうやって透明人間を捕獲するか、そしてその後の口封じをどうするかである。




