13:29 「図書室にて進退 -1-」
分身体の数、なんと10体。全員同じ顔、体格をした人間がこれだけの数そろうと圧巻である。
それに対してこちらは2人。10対2。この戦力差はあまりにも大きい。一斉に向かってこられたら、とても敵わない。この分身体に対しては僕の能力が効かないので、攻撃の対象とされる可能性は高いのだ。
「どうにもトゲのある言い方をするっすね。この状況、とても喧嘩を売れるような立場ではないとわからないではないでしょう。10対1の戦力差で太刀打ちできると思っているっすか?」
くそ、僕は戦力にすら数えられていなかったっ。
確かにそうだけど。僕じゃ1年坊主1人も相手取れないかもしれないけど。
「小物が何人集まったところでたかが知れているよ。君は渥美さんのような鋭い人間ではない。恐れるに足りないな」
「言うっすね。先輩だって、その渥美に騙されていたくせに」
「過程は無意味だ。どんな失敗があったところで最終的に最良の結果さえだせれば私は満足だよ」
舌戦は続く。いつ戦端が開かれるのかと、僕はハラハラしながら見守るしかない。桐渕なら一度に5人くらいなら何とか応戦できるのではないだろうか。その間、僕はできるだけ多くの分身体の注意をひいて逃げ回り……いや、こんな狭い室内でどうやって逃げるんだ。やっぱり全部、桐渕に任せるしかないのか。桐渕無双に期待するのか。
「確かに先輩は強そうっす。でも、死を恐れない分身体が一度に襲いかかれば女子1人くらい拘束できるっす。僕たちは武器と言えるものは持っていない……せいぜいこの鉛筆とか割り箸とか、そんなもの。しかし、それを使って眼を狙えば。人を殺すには十分だと思わないっすか?」
「それは一般論だね。超ハイスペックを誇るスーパー生徒会長である私には通用しない手だ。ここはおとなしく引き下がった方がいいのではないかな、三本矢七君。私に勝負を挑んだところで君には何の利益もない」
さすが桐渕。普通の人が言うとただの負け惜しみに聞こえるようなセリフなのに、実に堂々とした風格で言ってのける。
「利益ならあるっすよ。僕は先輩がプレイヤーではないかと疑っているっす。ここまでゲームの流れに関与してくる人間が一般人であるとは考えにくい。ここでプレイヤーを1人始末できるのであれば、それは願ってもない利益っす」
「私がプレイヤーであるかどうか、疑っていると。その質問に私が答えたところで無意味だな。プレイヤーではないと答えたところでそれを検証するすべがない」
「意趣返しのつもりっすか。力づくで調べさせてもらう方法もあるっすが」
「やってみるかい?」
「……しかし、まあ」
分身三本の1体が手をあげた。すると、他の9体は消えてなくなってしまった。元の棒きれに戻したのだ。攻撃の意思を取り下げたということか、なぜ。
「では、大変お強いスーパー生徒会長のご忠告通り、ここは引かせてもらいましょう」
「賢明な判断だが、やけに素直だね」
「僕の能力の代償というやつっす。この能力は、使うとすごく疲れる。先輩の相手をするのは面倒なんっす。僕はものぐさなもので」
わざわざ自分の能力のデメリットを言った。いや、嘘かもしれない。そんなデメリットはないという可能性も考えた方がいいだろう。
それにしても、ただ疲れるという理由だけでプレイヤーの疑いをかけた相手を見逃したりするだろうか。こいつは何を考えているんだ。
「それに、別にここであくせくとチャンバラごっこをやる必要はないんっす。僕には秘策がある。このゲームを確実に制することができる秘策が。その準備をしなければならないので、先輩の相手をしている暇はない、というのが一番の理由っす」
「ほう、ずいぶんと吹かすね。では、お手並み拝見と行こうか。私の行動方針は変わらないよ。速やかにプレイヤー6人を処分し、このゲームを終了させて多くの生徒の命を救う。もっとも、今は後4人になったわけだが。その準備とやらが終わったら、いつでも私のところへ来るといい」
「もちろん、そうさせてもらうっすよ」
桐渕はニコニコと笑い、三本は無表情だった。踵を返して三本は図書室の出口へ向かう。その後ろ姿は無防備だ。攻撃することはたやすい。だが、それをしたところで得るものはない。三本は悠々とドアを開けて出て行った。
図書室内に静けさが戻ってくる。
「後を追わないのか?」
「追ってもいいだろうけど、どうしようかな」
桐渕は考えているようだった。さすがにこの少ない情報だけでいつもの即断即決の精神を発揮するのは難しいだろう。
「とりあえず、三本矢七君本人を探してみようか。その居場所が見つかればチェックも同然。まあ、そこからチェックメイトに持って行くのが大変そうではあるけどね」
三本の容姿はわかっている。この広い学校内といえども、隠れられる場所は限られてくるだろう。しらみつぶしに探していけば、見つかるかもしれない。
「残り時間も多くない。さっそく行動に……」
と、そこで。
桐渕の声を遮るように携帯の着信音が鳴り響いた。




