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13:21 「図書室にて談話 -16-」

 

 「それではいきます!」

 

 ついに、手術。渥美が鍵の認証に入った。

 

 場所は図書準備室に一歩入ったというところ。ここなら有事の際、すぐに図書室に戻って渥美の“施錠”ができる。

 皆、真剣な面持ちで上遠野と渥美の様子を見ていた。誰もしゃべらない。集中している。

 

 僕はこれから起こるであろう事態をシュミレートしていた。誰が、どのような思考をもち、どのように行動するか。

 

 考えれば考えるほど混乱する。結局のところ、何もわからない。そもそも上遠野の腹が開いたとき、どんな現象が起こるかわからない。予想なんてできるわけがない。

 

 三本の分身は、たぶん上遠野を殺す方向に動くはず。腹が開けばこれ幸いと、その穴に手を突っ込んで中身をかき回すかもしれない。分身なのだから溶けようがどうなろうが知ったこっちゃないだろう。

 

 その行動を他の人間はどう捉えるか。僕と桐渕は傍観する。三本を止める理由がない。いきなりの暴挙だったから、とっさに動けなかったなどと言い訳はいくらでもきく。

 

 そうなるとすると、渥美が三本を止めるかもしれない。いや、本当にそうするだろうか。これまで散々きれいごとを並べ立ててきた彼女だが、本当にそれが本心だとなぜ言える。確かに彼女の鎖に錆は、悪意はない。しかし、それは僕に対する悪意がないというだけであって、上遠野に対する悪意がないということにはならない。もしかしたら、この手術だって上遠野を殺す気でやっていることかもしれないじゃないか。

 

 いや、もう少し深く考えてみよう。今、即席のベッドの上に横たわり、全てを覚悟したかのような表情で寝ている上遠野。その姿は弱々しい。何もしなくても死んでしまうのではないかと思うほど。しかし、はたしてそうか。そう見せかけて、実は別の狙いがあるんじゃないのか。

 

 潔癖症だから、胃の肉が焼かれているから、確かにそれは苦痛だ。でも、それだけで本当に死にたいと思うか。ゲームに勝っても先がないから、より早く死ぬチャンスがある今のうちに死んでおきたい。この思考はどうなんだ。よく考えれば、ゲームの勝者には【武器】がそのまま与えられるとはいっても、それはただの「特典」だ。放棄する権利もあるのではないのか。しかし、死んでしまってはその権利も何もない。だったら、生きようと思わないか。

 

 だいたい、『死にたい』だなんて遺書めいたメモを握っていること。これがまず怪しくないか。普通、そんなことするか。周囲に自殺願望を持っていると思わせることが狙いではないだろうか。彼女には鉄壁の防御がある。どんな無茶をしたところで死ぬことはない。ならば、自分がプレイヤーだとあからさまにわかる行動をした上で、敵プレイヤーを誘い出しても何の問題もない。

 

 死ぬ死ぬと言い触れれば、彼女の周りに集まってくるのは、つまり彼女の死によって得をする者。プレイヤーたちだ。すなわち、彼女は自分を餌にしてプレイヤーを釣ろうとしているのではないか。そして、現にこの場にどれだけのプレイヤーが集まったのだ。5人である。パーフェクト一歩手前の十分すぎる釣果だ。一般人の中に紛れ込んだプレイヤーたちを5人も釣り上げた。そして、一網打尽にするつもりではないのか。

 

 そのアルカへストとかいう謎の溶解液で、ここにいる全員を飲み込もうとしているのではないか。

 

 ダメだ。わからない。すべて憶測。しかし真実にも思える。どれが正解だ。僕は今、正しい道の上にいるのか。それとも奈落に続く不正解の道なのか。

 

 おそろしい。この図書準備室という狭苦しい空間に、何匹の化物が潜んでいる。死を望む最強と、それを助けたいと願う最弱、そして自分の利しか考えない観客たち。

 

 そして、気づく。僕もその中の1人だと。僕も人にあらざる力を手にした化物なのだと。

 

 そのとき、僕の手に何かが触れた。

 びくりと心臓が縮みあがる。

 

 僕の手を上遠野がつかんでいた。それはつかむというよりも、指の先をほんの少しつまむ程度のものだったが、確かに僕たちの手はつながった。僕からではなく、彼女の方からつないできた。

 

 上遠野に視線を向ける。泣き枯らして赤くなった眼が僕を見ていた。その眼には、涙が浮かんでいた。

 

 怖気づく。僕は何をしでかそうとしているんだと、そんな気持ちになる。

 その答えを僕は認めたくなかった。

 

 人殺しだ。

 

 何気なく考えてきたが、これは人殺し。死なないとしても、それに至るまでの過程の一つ。それがどういうことか、僕はわかっていなかった。人の命を奪うことの重さが。その罪を背負うことの重さが。

 

 渥美の言った言葉が、今になって僕の頭の中を廻っていた。人間の本性は善。本当はみんな、善い人。この狂ったゲームのせいでおかしくなっているだけ。

 

 そんなことはない。断じてない。

 

 見てみろ、ここに何人の人間のクズがいる。他人の死を食い物にする醜い怪物が。

 

 僕がもし、本当に善い人間なら、上遠野を抱えてこの図書室から逃げ出す。怪物どもの魔の手から、このか弱い少女を助け出す。たとえ上遠野が死にたいほどの苦しみをもっていたって構わない。それが本当は彼女のためにならないことであっても、良心は僕にそうさせるだろう。

 

 だが、しない。僕はそんなことはしないんだ。

 なぜなら、僕もまた醜い怪物の1人だから。

 

 上遠野の鎖からは、いまだに不快感が流れ込んできていた。それでも、彼女は僕の手をとったんだ。どんな思いでいるのかわからない。が、壮絶であることは伝わる。僕は思わず、その手を強く握った。

 

 「が…!」

 

 がんばれ、負けるな。

 そんな言葉が喉の奥から出てきそうになった。本心とはかけ離れた言葉だ。あまりにも悪意にまみれた、そんな言葉で彼女を汚そうとした。

 

 上遠野をここまで導き、そして彼女が死ぬことを黙認していたのは誰だと思っている。僕にそんな言葉を口にする資格はない。僕にも良心らしきものが一片くらいは残っていたのか、その言葉が口からこぼれることはなかった。

 

 「東原先輩、ひどい顔ですよ?」

 

 「な、何を言ってるんだ。そんなことはない」

 

 「にひひ。やっぱり、東原先輩とるいちゃん先輩はラブラブなんですね。でも、大丈夫ですよ。るいちゃん先輩はきっと助かります!」

 

 僕はひどい人間だ。でも、それでも生きたい。そのためなら何でもする。人を殺すという大罪の重さに耐えられない僕は、生き残りたいという免罪符を掲げよう。

 僕は上遠野の手を離した。決別するように彼女のそばから離れる。

 

 「よし、準備OK! いつでも開けます!」

 

 「わかった。では、始めてくれ」

 

 ガチャリと硬質な音がする。

 上遠野の手術が始まった。

 


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