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13:18 「図書室にて談話 -15-」

 

 事を始める前に、僕たちはまず締め切っていた図書室を解放し、ここにいる生徒たちに避難を勧めた。これからどんな事態になるか不明なため、一応の措置である。聞き分けのいい生徒たちばかりで、ほぼ全員が図書室の外へと出て行った。普通の感性をしていれば残りたいとは思わないだろう。

 

 ほぼ全員というのは、出て行かなかった生徒もいたからである。ただ1人、透明人間だけは図書室のテーブルから動こうとしなかった。まあ、こいつが生徒ではなく学校の職員である可能性もなきにしもあらずだが。

 

 そして透明人間を除いて、僕たちプレイヤーは場所を移動した。と言っても、まだ図書室内部。そこは図書準備室の前である。

 

 図書準備室は生徒による閲覧や持ち出しを禁止している書籍、普段は使わない古い資料などを保管している部屋、だったと思う。詳しいことは知らないし、今まで入ったことはない。外の廊下からの行き来はできず、図書室の奥に位置している。扉に鍵はかかっておらず、普通に中に入れるようだ。

 覗き込んで見ると、中は狭い。四畳半くらいの広さだ。いくつも段ボールがあり、書類が積み上げられている。ガラスのスライドがついた金属製の本棚が並んでいた。

 

 「桐渕先輩、こんなところに何か用ですか?」

 

 「うん、用心のためにね。これから上遠野さんの手術を行うわけだが、摘出したアルカへストをどう処分するのか、という問題がある」

 

 出すのはしかたがない。その後どうするかだ。万物融化液なんて危険そうなものをそこらへんに捨て置くのはまずいだろう。放射性廃棄物をどこに処分するか、という問題に似ている。

 

 「そこで、この図書準備室に入れることにする」

 

 「それって、あんまり意味がないような……」

 

 「入れた後に、渥美さんが能力を使って“施錠”すればいいんだ。セーフティゾーンは外からの攻撃も内からの攻撃も遮断する。ならば、アルカへストの流出も防げるのではないかい?」

 

 「ああ! そっか! 確かにそうですね!」

 

 良い考えだが、ところどころ穴のある作戦ではある。まず、アルカへストがどの程度の溶解力を持っているのかわからない点が不都合だ。なんでも溶かすと謳っているのだから、相応の想定が必要だろう。溶かすスピードによって、渥美の“施錠”が間に合うのかどうか不明だ。

 逆に、溶解力はあるものの拍子抜けするくらい変質しやすい、などの可能性もある。たとえば極端な例をあげると、外気に触れると途端に構造が変わって無害な液体になるとか。その場合は何の心配もいらないわけだ。

 

 「最良の可能性としては、アルカへストという液体はそもそも存在していないという考え方もある。メール文にもそのようにほのめかす記述があった。上遠野さんの能力を脚色するための単なる理由づけ。あるいは“釜”の中になければ矛盾の末に存在できなくなってしまうもの、よって釜の蓋を開けるとたちまち消滅してしまう、とも考えられる。まあ、最後のはかなりこじつけがましいかな」

 

 最悪の最悪を考慮するとしてだ。本当にこの世にある全ての物質を溶かしてしまうような液体が存在してしまったら、その瞬間この世界はすべて溶かし尽くされて消滅してしまう、なんて可能性は論理的に成立する。

 だが、いくらなんでもそこまでするだろうか。ゲームの開催者側は。そんな終わり方、つまらなさすぎるだろう。あっけがなさすぎる。ゲームバランスが崩壊している。

 

 ……しかし、考えてしまう。本当にその箱の蓋は開けていいものなのか。パンドラの箱なんて目じゃない、とてつもない破滅が詰まっているんじゃないだろうか。

 

 恐怖はある。絶対にぬぐうことができない未知への恐怖。だが、それでも今はこの手段しか僕たちには残されていなかった。

 もしかしたら、まだ確認していないプレイヤーの能力によりもっと安全に上遠野の防壁を破る方法はあるかもしれない。だが、それに期待するのはあまりにも現実的でない。もうこれ以上ないほど最強と思える上遠野を倒せるプレイヤーなんて、そっちの方が危険極まりないではないか。

 渥美は例外的な存在なのだ。その能力はお世辞にも強いとは言えない。はっきり言って、僕には渥美の能力を駆使して知謀と暴力の権化となった化物たちを相手取れるビジョンが全く見えてこない。僕が渥美の立場ならすでに戦うことを諦め、“施錠”した部屋の中にこもって震えていただろう。彼女は最弱なのだ。

 そして、最弱だからこそ可能性が残されていた。最強を倒しうる可能性を。だからこそ“鍵”だ。渥美なくして上遠野は倒せない。その一点において、渥美はこのゲームの支配権を握っている。2人以上のプレイヤーが生き残れないこのゲームでは、その一点が命運を分けうる。ゲームの順当な流れをかき乱すジョーカーなのだ。

 

 それを考えれば、渥美の鍵によって上遠野の腹を開ける、これ以上のベストな選択はない。むしろ、渥美の鍵は対上遠野戦のためだけに用意された、たったひとつの抜け道のように思えてくる。時間を操る上遠野と、空間を操る渥美。2人の能力は対になっている。唯一、同じ土俵の上に立てる。これは決まったシナリオなのではないか。

 

 開けるしかない。禁忌の箱を。

 

 「上遠野さん、心の準備はできたかい?」

 

 「……」

 

 無言のままの上遠野。しかし、逃げる様子はない。虚ろな目をして、ただじっと床を見つめ続けていた。

 

 綺麗好きの上遠野のために、僕たちは図書室の椅子を3つほど並べて横になれる場所を作った。手術台だ。上遠野は自らその上に身を横たえた。僕たちは彼女を取り囲むようにして立っている。

 

 「るいちゃん先輩、安心してください。あたしが必ず、先輩を助け出します。見てください、桐渕先輩に東原先輩、そして三本っち。みんな、先輩を助けたいと思って協力してくれたんです。三本っちなんかプレイヤーなのに、ですよ? やっぱり、あたしの考えは間違ってませんでした。みんな、善い人です」

 

 今から何が始まるのか彼女は気づいているのだろうか。もしかしたら、世にもおぞましい儀式になる。その可能性は大いにある。気づかないはずがない、人を信じるはずがない。

 それでも彼女は逃げなかった。両手で口元を押さえ、無言を貫く。いや、すでに彼女は逃げているのかもしれない。死へつながる道へと。

 


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