13:15 「図書室にて談話 -14-」
はい、僕の三本の能力に対する感想終了。
「わぁー! なにこれなにこれー! 三本っちが2人になった! おもしろー!」
渥美は恐怖など一向に意に介せずといった様子で、三本の分身体を触りまくっている。その間も三本は眠そうな半眼、無表情のままだった。
「そうか、分身ならいくら残虐な扱いをされたところで構わないというわけだね」
「その言い方には悪意を感じるっす」
桐渕はとりあえず脅威はないと判断したのか、包丁をおさめた。
しかしなるほど、分身だったのか。それなら鎖が見当たらない理由もわかる。おそらく本体となる人間には鎖があるのだ。しかし、分身体は僕の鎖のルールの適用外だったということだろう。
ひとまず落ち着いた。まだ安心はできない相手だが、何の情報も得られなかったときよりはマシだ。無知から来る恐怖ほど恐ろしいものはない。
「ところで君は分身なのかい、それとも三本矢七君本人なのかい?」
「それは意味のない質問っす。僕が本人と答えたところで、はたまた分身と答えたところで、それを証明する手立てはないっす」
「確かにそうだ。これは私としたことが、つまらない質問をしてしまった。ふふふ。しかし君も人が悪いな。わざわざ図書室に隠れていなくてもいいだろうに」
「隠れてなんかいないっすよ。昼休みになると真っ先に図書室に来るのは僕のライフワークのようなものっす。渥美がここに来るより先に僕はここにいたっす。面倒だから話しかけなかっただけっすよ」
三本は桐渕の問いに対して煙に巻くような答えを返したが、僕にはその真実が目に見えている。
三本としても上遠野の存在は邪魔だ。ここで滞りなく検証実験が進められるように表面上の協力を申し出たというところか。本体がこの場所にいないのなら他のプレイヤーと対峙したところで動揺するわけもない。どうりで冷静でいられるわけだ。
「この分身は体内の構造まで忠実に再現しているっす。被験体には最適の素材っす。これは上遠野先輩の苦痛を取り除くための善意の提案、決して他意はないっす。呉越同舟というやつっす」
その四字熟語の意味を正しく理解した上で使っているのなら……いや、何も言うまい。
「そうとわかれば、あたしも全身全霊で鍵が使えるってもんですよ! ごめん、三本っち。手伝ってもらってもいい?」
「いいからさっさとやるっす」
仰向けに寝転がった三本の分身。その腹の上に、渥美が鍵を差し向けた。使用に際して鍵は開け閉めする対象の近くにかざさなければならないが、直接そのもの(ドアなど)に触れている必要はないらしい。それだと上遠野に対して使用することは不可能になってしまうのでよかった。
「しばらく待ってくださいね。今、本人認証してますから」
これが渥美の能力の唯一のデメリットだ。使用のたびに認証が必要になる。鍵の握り手にサファイアだかエメラルドだか知らないが大きな宝石が埋め込まれており、そこに指を押し付けて2分か3分程度静止していなければならない。指紋を読み取っているらしい。
「よし、準備OK! “解錠”!」
ガチャリと硬質な音がした。
それと同時に分身三本の腹部に、ぱっかりと大穴が開いた。きれいな円形の穴だ。教科書などでしか見たことがない生々しい臓器がさらけ出されている。赤、ピンク、褐色、濃緑、様々な色が目に入ってくる。脈動する様子まで詳細にわかった。臓器の空腔内も輪切りにしたように断面が見えている。
鳥肌モノである。
「うぐえっ! や、ヤバいです……! さっき食べたお弁当、リバースしそう……!」
「僕の体内にゲロを吐くのはやめてくれっす」
どうやら分身三本の肉体に異常は見られないようだ。出血もしていないし、痛みもなさそうである。分身体に痛覚があるのか不明だが、これだけ正確に人体を再現しているのなら十分検証に値するのではないか。
「三本矢七君、具合はどうだい?」
「ちょっと腹がスースーしますが、それ以外に問題はないっす」
「その状態で体を起こすとどうなるんだい?」
「やってみるっす」
寝ころんでいた姿勢から分身三本が起き上がった。べちゃりと腸が穴からこぼれ、肝臓の一部が外にはみ出した。
「ぎにゃああああ!? あたしは何も見てませーん!」
「ああ、これはめちゃくちゃ痛いっす。死ぬほど痛いっす。つうか、死ぬっす」
「その割には平気そうなんだが」
「僕は分身体なので、本体と違って感情がほとんどないっす。まあ、人形に感情は要らないっすからね。痛いのは本当っすよ」
検証の結果、穴を開けること自体は問題ないとわかった。開いた穴は3分ほど経過すると勝手に閉じて元通りになるようで、閉じた後も特に異常は見られないようだった。ただ、本当に腹に穴が開いた状態なので、体勢を変えると中身が出る。
スプラッタ三本を放置しておくと渥美がうるさいので、分身体には元の割り箸に戻ってもらった。
手ごろな棒さえあれば、すぐに自分と同じ分身を作ることができる能力。しかも分身は本体の言うことを聞く。なんてうらやましい能力なんだ。誰でも一度はそんな便利な分身がほしいと妄想することだろう。勉強も仕事も手分けして行えばあっという間に終わらせられる。僕もそんな超能力がほしかった。
「穴をもうちょっと小さくできればいいんですけど、これ以上は無理みたいです」
「いや、これなら体勢さえ固定していれば問題ないのではないかい? 医術界に革命をもたらすような能力だよ」
「そ、そうですか?」
「さっきの実験も成功したじゃないか。そう、手術を行うような感覚で臨めばいい。君は上遠野さんの病巣を摘出する医者も同然だ」
「医者!? あの高給取りの代名詞である医者ですか!? あたしが!?」
「ドクター渥美、君がやらなくては上遠野さんは、誰にも救えない」
「……わかりました。不肖、名医であるこのあたしが! るいちゃん先輩に笑顔を取り戻させてみせます!」
チョロすぎだろ、ドクター渥美。
渥美の説得は桐渕に任せておくとして、上遠野の方は大丈夫だろうか。テーブルを見ると、相変わらずうつむいたままの彼女がいた。さっきより心なしか顔色が悪い気がする。目の前で自分の腹が切り開かれる話がされているというのに、抗議の声をあげる様子はない。彼女が本当に死のうと思っているのなら、この状況は望むところなのかもしれない。あるいは、無事にアルカへストを取り出すことができる可能性に儚い希望を抱いているのかもしれない。
その表情から彼女の思惑を読み取ることはできなかった。




