13:12 「図書室にて談話 -13-」
「それで、渥美さんの超能力によって上遠野さんの腹部をどうにかすることは可能なのかい?」
「それがですねえ……できそうではあるんですが……正直なところわからないです」
渥美が言うには、時間停止がどう作用するかという点を考えなければ、“解錠”により穴を開けることは可能らしい。
問題はその後だ。穴を開けるという行為そのものが、人体にどういった影響をもたらすか不明なのである。
密室の部屋を“解錠”するときはドアの前で鍵を使えばいい。または、壁の前で使うと一時的にそこに穴を開けることができる。用が済めばその穴は消えて壁は元通りになる。
この効果を人間に試すとどうなるか。理想は人体模型の腹の蓋を開けた感じにできればよい。しかし、これは部屋の壁に穴を開けるのとはわけが違う。
その状態での肉体の生命活動はどうなるのか。穴を開けるということはその部分の身体組織や器官が消失するということにならないか。出血はするのか。衛生面はどうか。
いくらでも問題は出てくる。
そして、その問題に対する明確な回答を渥美は知らなかった。
【武器】の基本的な使い方というものは感覚的にわかるのだ。しかし、プレイヤーは自分の能力の全てを最初から詳細に知っているわけではない。使っているうちに発見することも多々ある。僕もそうだった。
渥美は“解錠”を上遠野に対して試すことをためらっているようだ。さすがに人の腹をあっさり切開するような馬鹿ではなかった。そこはもっと思い切ったことができる馬鹿であってほしかった。
「あー、でもあたしがやらないと、るいちゃん先輩は救えないし……かといって一発本番で試して失敗したら先輩が死んじゃうし……」
「何か代用のもので実験できればいいんだけどね。ちょうどいい動物がいないものだろうか」
桐渕は言うことがいちいち物騒だな。
渥美は頭をかきむしって考えた末、僕たちには一生かかっても理解できないような馬鹿馬鹿しい意見を出してきた。
「こうなったら、もう! あたしの体で試すしかないです!」
「え?」
「なに?」
そう言って渥美は自分の腹に鍵の先を向ける。
本当に理解できない。きっとこの子は僕たちとは別の生き物なんじゃないだろうか。あの桐渕でさえ表情が固まっていた。
思考が再起動した僕と桐渕は、すぐに渥美を止めにかかる。
「なにやってんだ!? お前が自殺してどうすんだよ!」
「そうだ渥美さん、いくらなんでもそれは浅慮というものだよ」
「離してください! もうあたしは誰にも止められねえー!」
ここで渥美がもし死んだら、上遠野を殺す手段がなくなってしまう。
本当のところは渥美の力でも殺せるかどうか確証はない。それこそ渥美が望むように、病巣のアルカへストだけ摘出して上遠野は元気に復活、なんて最悪の可能性もありえないとは言い切れない。
しかし、それでも現状で上遠野に対抗できる唯一の手段が渥美の能力なのだ。時間停止というふざけた防御の「壁」を打破できる可能性がある。まさに鍵。絶対不落の砦の門を開く鍵なのである。
「まあまあ、みなさん少し落ち着こうじゃないっすか。渥美、僕に良い考えがあるっす。誰も死なずにその鍵の効果を試す方法が」
その言葉は細く聞き取りにくいものであったが、わらをもすがる思いであった僕には聞こえた。そして別の意味で追い込まれていた渥美にも聞こえたようだ。
僕たちは、これまで黙ったまま言葉を発することがなかった三本の方へ一斉に振り向く。僕にとってはプレイヤーであると一目瞭然であるが、公然的には素性の知れない存在である三本。その彼が超能力について理解を示し、打開策を提示してきた。何も言わずに話を聞いていただけの彼が、ここにきて発言した。これは怪しい。その妙に落ち着いた冷静な態度も怪しすぎる。
桐渕は目を細めて何やら思案顔の笑いを浮かべているが、ここで口を挟む気はないようだ。何も言わなかった。
「おお! ついに真打登場ってわけね! それでどうすればいいの、三本っち!」
「僕の体で試せばいいっす」
今度は僕と桐渕に加え、渥美も唖然としてしまった。何を言っているんだという表情で、全員固まる。
「……なんと、今年の1年生は思いやりの心にあふれる素晴らしい人ばかりのようだ。安心して今後の学校の未来を任せられるね。しかし、いささか自己犠牲の精神が強すぎるきらいがあるようだが」
「まあまあ、そう警戒せず。それに言ったはずっす。誰も死なない、と。失敗しても誰も死にません」
「いやいや! 三本っちが死んじゃうよ! 馬鹿のあたしでもわかるよ! あんたはあたし以上の馬鹿なの!?」
まくしたてる渥美を、三本は横目で一瞥するだけだ。眠そうな表情は少しも変わらない。すべてがどうでもいいと言いたげな顔。死を覚悟した人間の表情と言うにはあまりにも感情を欠いている。
「なるほど、君はプレイヤーか」
「え!? 三本がプレイヤー!? ど、どうしてそんなことがわかるんですか、名探偵桐渕先輩!」
「ご明察っす。と、言ってもこの程度のことは名探偵でなくともわかるでしょうが」
いよいよ正体を明かした。最初から隠す気などなかったのかもしれない。そして、このタイミングでその話を切り出すということは、自分の能力を晒す気だ。全部でなくとも、一部は情報を開示するはず。
まだ、敵の思惑がわからない。悪意もつかめない相手だ。少しも予想ができない。
「ってことは、三本っちの超能力でるいちゃん先輩を助けることができるかもしれないってこと!?」
「それはできないっすよ。さすがに時間を止めるなんて規格外の人間をどうこうする手段なんかないっす」
「じゃあどうすんのよ!」
「僕にできるのはささやかな協力だけっす。口で言うより実際に見せた方が早いっす」
そう言って三本はポケットから何かを取り出した。僕は警戒を強める。桐渕はすでに包丁を抜いていた。
三本が出したものは、何の変哲もない棒だった。木の棒。よく見れば、それは割り箸であるとわかった。しかも片割れ1本である。先端に赤い印のようなものがついている。クジの当たり棒でも作りたかったかのような、ただの割り箸。
それを床に落とす。すると、にょきにょきと気色悪くうごめき始めた。
かと思うと、次の瞬間にはその棒があった場所に忽然と1人の人間が現れたのである。
漫画で、忍者が分身の術なんて使うだろう。ちょうどそれだ。そこにはもう1人の三本矢七が存在していた。寸分たがわず、同じ人間が2人になった。
雁首そろえて2人の人間が横に並ぶ様は、これまで見てきた異常とは違った気味の悪さをもっていた。双子の兄弟とか、そういう次元じゃない。印刷写真が並んだ映像が現実になったかのような、まるっきり同じ表情をした人間なのである。
1人の人間が2人に増えただけ、それだけなのに寒気がする。マネキンのように感じる。生理的に受け付けない恐ろしさがある。
「「これが僕の『怠惰の棒』の能力。ただの棒きれを分身人形に作り替える力っす」」




