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12:00 「ゲームスタート」

 

 唐突に、ひどい目まいを感じた。

 視界に星が舞い、ふらりと体が前に倒れる。

 

 幸い、机に座っていた状態だったので、転倒することもなかった。体調の変化は一瞬だけのもので、すぐに症状は消えた。体に不調はない。

 いったいなんだったのかと訝しむ。とりあえず、床に落としてしまった携帯を拾い上げて画面を見た。新着メールがあったはずだ。

 

 ----

 

 それではゲームのルールを説明する。

 

 ルール①

 ゲームの開始時間は本日12:00。終了時間は本日15:00である。

 

 ルール②

 校舎内が会場である。ゲーム中、全ての人間の出入りを禁じる。ゲーム終了後、解放する。

 

 ルール③

 プレイヤーはあなたを含め、7人存在する。ゲーム終了時間までに生存できたプレイヤーが勝者となる。

 

 ルール④

 ゲーム終了時間までに2人以上のプレイヤーが生存してはならない。これを破る場合、ペナルティーとして会場内にいる全ての人間の死亡が確定する。

 

 ルール⑤

 以上のルールに一切の付加や変更はない。

 

 

 そいうわけで、ぜひこの実験に協力してもらいたい。プレイヤーの諸君には、すでにこちらが用意した【武器】を渡している。それを有効に活用して勝利をつかんでくれたまえ。後になって返してくれなんてケチなことは言わない。その【武器】は君のものだ。特典のようなものと思ってくれ。

 

 また、サービスとしてゲーム中、他のプレイヤーの死亡情報を伝える。ゲームの進行状況の目安としてくれ。

 

 それでは諸君らの武運を祈る。

 

 ----

 

 なんだこれ。ばかばかしいにもほどがある。

 きっとこのメールの送り主は現実と妄想の区別がつかないような、かわいそうな人なのだろう。

 

 要するに、命を賭けたバトルロワイヤル。プレイヤーはこの校舎の中にいる膨大な人間の中から他のプレイヤーを探し出し、制限時間までに殺す。それができなければ全員死亡。

 

 だいたい【武器】とは何のことだろうか。そんなものをもらった覚えは……

 

 視界が曇る。次の瞬間、目の前の光景が一変した。

 

 

 「は……?」

 

 

 いつも通りの教室の風景に明らかな異物が混ざっている。鎖だ。何本もの鎖が伸びている。片端は教室内にいる生徒につながり、そしてもう一方の端はすべて僕の体につながっていた。何本もの鎖が束になり、僕の服の上、心臓のあたりから伸びている。教室は前衛芸術の作品かと見まがう異様さだった。

 

 そんな鎖が何本も張り巡らされているような場所、普通なら通行の邪魔になる。だが、そうはならなかった。歩いている生徒の体は、縦横無尽に走る鎖の網をすり抜け、何事もなく通過していく。それどころか、これだけおかしい状況であるにもかかわらず、誰も鎖に関心を示そうとしない。まるで見えていないかのようだ。

 

 いや実際、見えていないのだろう。見えないし、触れない。そういうモノなのだ。

 ただし、僕だけには見える。そして、触れる。幽霊が見える人というのはこういう気持ちなのだろうか。

 

 鎖のうち、1本を手に取った。引っ張ってみる。ずるずるとつながっている相手の体から鎖が出てくる。それ以上の変化はない。

 よく鎖を観察してみる。どれも同じ鎖に見えるが、微妙に違いがあった。新しそうな鎖と、少しくすみがついている古い鎖がある。新しそうな鎖を触ってもなんともないのだが、古い鎖は触ると違和感がある。ざらりとした感触が肌に残るのだ。手のひらを見ると、少量の錆のような汚れがついていた。ハンカチで拭きとろうとしても取れない。これも実体があるものではないようだ。

 

 錆はしばらくすると、吸い込まれるように手のひらに消えていった。そのとき、ごくわずかにだが、ぴりりとした何かが僕の中に入り込んできた気がする。僕はなぜか、その侵入物の正体がわかった。

 

 それは人間の悪意。

 

 鎖は僕と他人との間にある人間関係を表している。もとから実体などないものだ。見えたところでそれをどうこうすることはできないが、僕は一つだけその関係に変化を与える手段を持っている。鎖に付着している「錆」は、その人間が僕に対して抱いている「悪意」を表しているのだ。僕は鎖に触れることで、その錆をぬぐい取ることができる。錆が落ちた鎖は「きれい」になる。

 言い換えるならば、僕は他人から受ける悪意をゼロにできるのだ。

 

 こんなことを大真面目に考えてしまうなんて僕は変だ。しかし、その推測が誤りではないという奇妙な実感があった。まるで手足を動かすかのように、この能力の使い方がわかるのだ。いつからそうなったのか、それもわかる。時計が12時を示したときに急な目まいに襲われた。思えばあのとき、自分の体に得体のしれない何かを埋め込まれたかのような感覚があったのだ。それが、つまり、僕の【武器】。

 

 いや、でもそうなると。もしかして、とんでもないことが起きているのではないか。

 

 さっきのメールに書いてあったことが真実となる。僕のほかにも様々な【武器】を持った生徒がいて、これから超能力者同士の、漫画みたいな殺し合いをしなければならないということか。ありえない。とても信じられない。

 

 「あれっ? なんか俺の携帯、圏外になってる!」

 

 「はぁ、壊れたんじゃね? ……うぇ!? 俺の携帯も圏外だ!」

 

 1人の生徒の言葉を発端に、教室内がざわめき始めた。僕も携帯を見ると、確かに圏外になっている。耳をそばだててみるが、どの生徒の携帯も圏外になっているようだ。

 集団で発生した電子端末の電波障害。タイミングがよすぎる。これではまるで外部との連絡手段を断ち切られたかのようだ。

 

 「東原くん、顔色悪いよ。大丈夫?」

 

 「え? ああ、ちょっと気分が悪くて。少しだけ窓、開けていいかな?」

 

 よほど今の僕はひどい顔をしているのだろう。心配してくれた隣の生徒に対応し、それとなく窓を開けようとする。

 だが、あかない。

 鍵は閉まっていない。サッシを溶接されたかのごとく、窓はびくともしない。僕の脳裏にメールの文面が浮かんでくる。

 

 『ルール② 校舎内が会場である。ゲーム中、全ての人間の出入りを禁じる。ゲーム終了後、解放する。』

 

 文字通り、出られなくなっているのではないか。外につながる窓やドアが開かない。通常なら絶対にありえないと言い切れる話だが、もう常識で判断できる事態を超えている。やってのけて不思議ではない。そう思えてしまう。窓やドア以外の小さな隙間からでは人は通れないし、そもそもそんな物理的な手段で脱出できるのか疑問である。たとえば、考えたくもないが、校舎内と外との間に次元の狭間みたいな……ああ、恥ずかしい。僕は何を考えているんだ。

 

 「窓、開かなかったの? 建てつけ悪いのかな?」

 

 この窓だけたまたま調子が悪くて開かなかった、という可能性はある。だが、今の僕にその考えを素直に飲み込む余裕はない。話しかけてくる女生徒は困り顔だ。こちらは困るどころの話ではない。とにかく、落ち着かなければ。常に最悪の事態を考慮し、冷静に動かなければ。

 

 まずは認めよう。現在、僕は非科学的異常事態のさなかにある。そして例のゲーム。これも真実であると仮定しよう。もし、たちの悪いイタズラだというのならそれでいい。その方が何百倍もいい。だが、そうでなかったとき、むざむざと骸をさらすことになるなんてまっぴらだ。

 

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