13:10 「図書室にて談話 -12-」
このゲームの勝者は特典として校舎脱出後も与えられた【武器】の能力を使うことができる。
それは良いことなのだろうか。
僕の場合は一生、他人には見えない絆の鎖という存在と付き合っていくことになる。便利と言えば便利だ。相手に悪意を持たれないなんて夢のような能力である。人間関係形成のためにあくせくと動き回る必要がなくなる。
しかしそれによって、はたして気苦労が減るのか。
論理①
世の中には、僕より優る人間と僕に劣る人間がいる。
論理②
下等な人間は上等な人間に嫉妬するものだ。
この論理は真理である。そのとき、僕は次のように考える。
僕が僕より優る人間と接するとき、僕は相手に対して嫉妬の情を抱くだろう。僕が僕より劣る人間と接するとき、鎖の力によって彼らの嫉妬を集めるだろう。
どちらにしても嫉妬する。論理的に考えてそうなる。人間関係だけ良好で、僕の心は嫉妬で埋まる。
それって幸せなことなのか。
だが、まあいいさ。おそらくそれでも僕は鎖の力を使うことをやめないだろう。僕はそういう人間だ。
でも、上遠野の場合は違う。彼女の力は確かにこのゲームを生き残ることにおいては最適だ。勝者の椅子に最も近い。
だが、その後のうまみはどうだ。日本の現代社会を生きていく上で、時間停止完全防御能力なんて持っていてどうなる。それが何の役に立つ。それどころかデメリットしかない。とてつもなく大きなデメリットだ。
胃を焼かれている。胃潰瘍なんてレベルじゃない。このゲームが終わるまでくらいの時間なら命の危険はないかもしれない。しかし、その状態が何日もつ。治療はできない。時間停止しているし、そもそもアルカへストなんて物騒なものをどうやって処理する。
生きていてもしかたない。しかも、耐えがたい嫌悪感を腹に抱え続けているとなれば、これはもう死にたいと思わざるを得ない。なるほど、納得だ。
しかし、そこで恐ろしい問題が浮上することになる。
「ちょっと、桐渕先輩! るいちゃん先輩が泣いちゃったじゃないですか!」
「ああ、すまない。少し言い方がきつかったね。だが、これは困ったことになったよ。私の推理が正しいとなると、上遠野さんが自殺することは不可能だ」
自殺どころか他殺も不可能。勝者の椅子に近いどころか、すでに座っている。難攻不落なんてもんじゃない、絶対不落の砦だ。にもかかわらず、その本人が死を望んでいるなんて、なんという皮肉。うらやましい、代わってくれ。その椅子を僕のために空けてくれ。
もうこうなったら桐渕の天才的なひらめきに全てを託すしかない。桐渕もプレイヤーなのだから、上遠野が殺せないことは困るはず。となれば、必死で打開策を見つけ出してくれることだろう。他力本願だがしかたがない。応援してやるのは癪だが、僕のために知恵を絞りだすんだ、桐渕。
「それで、名探偵桐渕先輩! 次はどうすればいいのでしょうか?」
「うん、手詰まりだ」
「はい?」
「さすがの私もすぐに答えは出せそうにないな」
「そ、そんな~!」
「しかし、上遠野さん、安心してくれ。私は一度引き受けた勝負を絶対に投げ出すことはない。君の願いは必ず叶えてあげよう」
桐渕は不敵な笑みを絶やさない。策が思いつかないでいるくせに、その自信はどこからくるんだ。そしてその態度には、悔しいことに言い知れない説得力と安心感があるのだ。良い意味でも悪い意味でも。
「せっかく人が集まっているのだから、みんなの意見も聴かせてもらえないかい? 論議しているうちにインスピレーションを得るかもしれない」
「そうですね。先輩にばかりまかせっきりにするのはよくないですね。では、名探偵の名助手である不肖このあたしが! 謎を解決してみせます!」
自分で名助手と言っておいて不肖とつけるのはどうなの。
「要するに、るいちゃん先輩の体の中にある『なんでも溶かす液』を外に出しちゃえばいいわけじゃないですか。そうすればるいちゃん先輩の悩み解決ですよ!」
「時間停止層に覆われた体内にあるわけだが」
「悪いモノはゲーしちゃえば楽になるんですよ! さあ、るいちゃん先輩、勇気を持って吐き出しましょう!」
華の女子高生に嘔吐を強要するとは、身も蓋もない。
「それができるのなら、とうにやっていることだろうね。できないか、それともしたくない理由があるのか。どちらにしてもアルカへストなんてものが外に出てきてしまったら大変だよ。いろいろ溶けちゃうよ」
「大丈夫ですよ! だって『なんでも溶かす液』ですよ? 白色破壊光弾とか一兆度の火球とかならまだしも、その程度の怪獣なら何とかなりますよ」
お前の安全性の基準はどこにあるんだ。
「どうにかして外に出せればいいんですけどねえ……あたしの能力は役に立たないし……あっ! あたしすごいこと発見しちゃいました! あたしの鍵でるいちゃん先輩のお腹を“開ければ”いいんですよ!」
荒唐無稽な意見。
とは、一概に言いきれない。
確かに聞いて、はっと気づいた。なぜこんな簡単なことに気づかなかったのだろうか。コロンブスの卵というやつだ。渥美の鍵はあらゆる空間への出入りを自由にする。胃を空間と見立てれば、その場所を“解錠”することが可能ではないか。能力によって最強の守りを手に入れた上遠野を倒すには、やはり能力をもって対抗するより他にない。試してみる価値はある。
「ほう、それは良いアイデアだね。実に“最良”だよ」
その渥美の意見に対し、思いのほか桐渕は淡々とした答えを返す。そこまで驚いた様子はない。いや、まるで問題の答えを知っていて、それを解くことができた生徒を褒める教師のような態度だ。
いつもの桐渕の態度、と言ってしまえばそれまでだが、桐渕はすでにその考えに至っていたのではないだろうか。
知っていて言わなかった。なぜだ。
渥美自身にその答えを導き出してほしかったのか。よくよく考えれば渥美の案というのは、とりもなおさず率直に言って上遠野の腹に穴を開けるということである。上遠野の身を案じているように見える渥美がそんなことをしたがるだろうか。
ならばそう思えるような流れを作ってやればいい。難問に際して自ら出した答えなら、さもそれが正解であるかのように見えてくる。思考を一方向に縛ることができる。あくどい。
……いやいや、それは考えすぎではないだろうか。
桐渕がそういうふうに考えていたなんて僕の憶測でしかない。本当は良い案が思いつかなかったところに、渥美が先を越してアイデアを出したから、見栄を張って「まあ私は最初から気づいてましたけどね」的な態度をとった可能性だってあるじゃないか。
そういうブラフに踊らされてしまっているだけなのかもしれない。ああ、桐渕のことを闇の帝王のごとく思いこんでいる僕の思考が忌々しい。




