12:56 「図書室にて談話 -7-」
「さて、では私がお勧めの自殺方法をご紹介しよう。ずばり、首つり。これが実にいい。まず、準備に手間取らない。丈夫な紐があればすぐにできる。一般的に、首つり自殺は死亡までに長い時間を要し、死にいたるまでの苦痛が大きいように思われているが、それは誤った認識だ。実際は窒息死するのではなく、縄が首を通る動脈を圧迫することで脳に酸素がいきわたらなくなり、ものの数分で意識が混濁……」
「ちょちょちょちょ! なにそら恐ろしいことをつらつらとおっしゃっているんですか!」
「場の空気を和ませようと思ってね」
「さらに殺伐となりましたよ!?」
しかし、この勝負、本当に決着がつくのだろうか。自殺するかしないかなんて、最終的には上遠野本人の行動によらなければ実現しないことだ。それを他人がどうのこうのと言ったところで無意味な可能性は高い。すでにゲーム開始から1時間が経過しようとしている。悠長におしゃべりをしている暇はないと思うのだが。
「場の空気を和ませると言えば、ここは木末の出番だろう。場の空気を和ませることにおいて、この東原木末君の右に出る者はいないよ」
「さっきから全然しゃべらないと思っていたんですが、実はそんなにすごい場の空気和ましができる方だったんですか」
できるか。僕がしゃべらなかったのは、お前らの会話が常軌を逸していたからついていけなかっただけである。僕が得意なのは、あくまで普通の会話なのだ。
まあ、せっかく話を振られたのだから、何か言っておこう。
「とにかく、まずは上遠野さんの悩みを聞き出すことが重要じゃないか? それがわからないと、なんで死にたいのかもわからないわけだし」
「うん、実に普通の答えをありがとう、木末」
僕は今、ゲームとかプレイヤーとかそういうことに関係なく、桐渕に対して並々ならぬ殺意が湧いた。
「でも、るいちゃん先輩は相変わらず黙ったままです……相談してくれれば助けられるかもしれないのに」
「話さないということは、私たちには関与できないところの悩みなのかもしれない。だが、ある程度の推測はできる。ゲームに関することだということだ。より言及すれば、上遠野さんの【武器】に関係するのではないかい?」
ゲームそのものが上遠野の悩みになっているとは考えづらいのだ。確かにいきなり校舎に閉じ込められて殺し合いをしろと言われれば精神の負担にはなることだろう。だがそれだけで自殺を考えるほどに追い詰められるだろうか。なにより彼女の能力は防御に優れている。戦いにおいて不利を強いられているわけでもない。
となれば、彼女にしかわからない特別の事情があるということだ。そう考えれば【武器】について、という線が最も予想しやすい。
上遠野の【武器】とその能力、これがわからなければ話にならない。
と、言っても、それを上遠野が話してくれる様子もない。これは上遠野の悩みを解消させるかどうかにかかわらず、知っておきたい情報なのだ。いずれは死んでもらわなければならない相手なのだから、その弱点は把握しておきたい。
「こうなれば、勝手にこちらで推測を重ねていくしかないようだね。しかし、それにも最低限の情報が必要だ。聞き出せないにしても、せめて携帯電話のメールくらいは提示してもらえないものだろうか」
プレイヤーの能力を知る手掛かりとして、例の怪しいメール文は有用である。暗示的にしかわからないものの、7つの【武器】のうちどの種類であるかということと、能力の外形だけは予想できる。
桐渕と渥美がにこやかな表情を浮かべながら、じりじりと上遠野に接近を開始した。その気配を敏感に感じ取った上遠野は僕を盾にして隠れようとする。
「……そういえば、上遠野さんは人見知りが激しいうえに、誰かとちょっと接触しただけで悲鳴をあげるほどの潔癖症だと聞いていたんだが、どうして木末にはそんなに懐いているんだい?」
桐渕の僕に対する「疑念」が3ポイント上がった。当社比で。
それは聞かれるだろうなあと薄々予期しながらも、うまい回答を用意できずにいた僕は苦笑いで受け流すしかない。
誰か、この話題をそらしてくれないものかと切実に願う。
「はっ! あたし、すごいこと発見しちゃいました! それってつまり、るいちゃん先輩は東原先輩とラブラブな関係ということではないですか!?」
「ほう、ラブラブと。それはそれは。幼馴染としては複雑な気分だが、ここは素直に祝福の言葉をかけた方がいいかな」
それはない。なんて下世話な想像をする奴らだ。そのニヤニヤ笑うのをやめろ。直ちに。
「では我が世の春を満喫中の木末君、悪いが上遠野さんに携帯電話を見せてくれないか、掛け合ってもらえないだろうか」
癪に障る言い方だが、いいだろう。それは僕にとっても有益になることだ。
「上遠野さん、そういうわけなんだけど」
「……」
無反応である。鎖を握り、僕に対する「嫌悪感」を消しているため逃げられることはないが、反応もされない。緊急事態であることだし、ここは多少、強引にいくか。
「すまないけど、僕たちにも余裕がないんだ。携帯電話を持っていないか、調べさせてもらうけどいい?」
「……」
承諾も拒否もされない。これはどうにでもしてくれ、と言っていると解釈しよう。僕は上遠野の制服のポケットなどに手を入れて中をチェックする。とてつもない不快感が上遠野の鎖から伝わってくるが、ここは我慢だ。歯を食いしばって我慢だ。
「桐渕先輩、あたしってばさらにすごいことを発見しちゃったわけですが」
「なんだい、渥美さん」
「るいちゃん先輩と東原先輩の恋仲は、社会的に認められるものなんでしょうか?」
「どういう意味か、理解しかねるのだが?」
「いや、だって見てくださいよ、今の二人の様子。もう完全に、ちっちゃい子にイタズラしようとしている犯罪者にしか見えません。都条例なら規制されるレベルですよ」
「まあ、確かにそうだけどね。しかし、年齢的には同い年なわけだし、双方同意の上でのことだよ。木末に幼児性愛者という特異な性癖があったとしても、合法である以上は私たちがとやかく言う問題ではないのかもしれないな」
ブチ殺すぞ、てめえら。




