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12:53 「図書室にて談話 -6-」

 上遠野るいは自殺志願をした。

 少なくとも、そう見てとれる意思表示をした。

 

 「だ、ダメです!」

 

 井の一番に開口したのは、やはり渥美だった。なぜ死にたいのか、その理由を一切聞くことなく、上遠野の意思を否定する。

 

 「今は辛い状況で、弱気になるのはわかります! でも、命を粗末にするなんてどんな理由があろうと許されないことです! 死んでしまったら、そこで全部終わっちゃうんですよ! 悲しいこと言わないでください! がんばりましょうよ!」

 

 正論かもしれない。だが、その言葉は今、言うべきではなかった。

 精神的に追い詰められた人間へかける励ましの言葉というのは、非常にデリケートに扱わなければならない。落ち込んでいる人に「がんばれ」と言うな、という意見がある。一面では真理だ。

 とにかく、そういう相手に否定の言葉を投げかけてはならない。自分の考えを押し付けてはならない。これこれこうすればいいというアドバイスをするべきときと、そうすべきでないときがある。本当に心がしおれて立ちいかなくなってしまったときの人間は、人の意見を素直に聞く余裕はないし、防衛機制をうまく働かせることができずにますます自分を追い込んでしまうものだ。

 

 「渥美さん、そういきり立たずに。まずは上遠野さんの話を聞こう」

 

 桐渕が渥美をなだめたが、時すでに遅し。上遠野は貝のように身を丸めて閉口するばかりだ。まあ、渥美が怒鳴らなければ何か話していたかと言えば、それも言いきれないわけだが。

 

 上遠野が自殺志願者だとすれば、先ほど起こした奇行にも納得がいく部分もある。樋垣へと行った突進だ。あれは文字通り、自殺行為だった。結局は未遂に終わったが、能力者同士の戦いの中で死ぬつもりだったのだ。

 

 僕にとっては素直に喜んでいい状況なのかどうか。他プレイヤーが死んでくれる分には朗報ではあるが、上遠野を利用するという当初の目的からは遠ざかるような。

 

 「そうか、理由は不明だが何にせよ、上遠野さんがどうしたいかということはわかった。その意見を尊重するよ」

 

 「……あの、桐渕先輩、それってどういう意味ですか……?」

 

 「上遠野さんの望み通りにする、ということだよ」

 

 渥美はテーブルを両手で叩きつけて立ち上がり、桐渕を睨みつけた。いちいち反応が過剰な子だ。もう少し冷静になってはくれまいか。

 

 「渥美さん、君が言いたいことについてはおおむね察しがつくよ。だが、私の考えはさっき述べた通りだ。いち早くこのゲームを終わらせなければならない」

 

 桐渕は説明する。上遠野の死がいかに尊い犠牲となるか。

 彼女の死によって、ゲームは数字にして6分の1の進行を見せる。しかも最小の犠牲で済む進行。これは大きな進展だ。そして、死ぬほど辛い思いをしている上遠野も苦痛から解放される。他人と殺し合わなければならないという罪悪感、多大な緊張からも解放される。彼女の死は、本人がそれを望み、他者にとっても莫大な利益となる。

 名誉ある死だ。彼女の自己犠牲により、多くの人間の命が救われる。

 

 僕はこれほど汚れきった綺麗事を知らない。

 普段の僕なら桐渕を非難したことだろう。誰だって間違いだと言うに決まっている。だが、自分の命が危ういこの状況で、その言葉を否定できる人間がどれだけいるというのか。口に出さなくても、心の中で賛同せざるを得ない。僕がプレイヤーでなく一般人だったとしても、そう考えただろう。

 死にたいのなら、早く死んでくれと。僕たちに生き残るチャンスを譲れと。

 

 「……わかりました。桐渕先輩がどう考えているか、よーくわかりました」

 

 だが、ここに1人、どんな理由があれ不当に人が命を落とすことを是としない人間がいた。渥美はビシッと、桐渕に指を向ける。彼女は桐渕が口にした綺麗事をさらに上回るピカピカの綺麗事をのたまう。

 

 「桐渕先輩、今からあなたはあたしの敵です」

 

 「そうか、ならしかたがない」

 

 桐渕はおもむろに包丁を取り出す。

 

 「そ、そういう意味での敵ではありません!」

 

 「ふむ、ではどういう意味なんだい?」

 

 「先輩、勝負をしましょう。あたしは、るいちゃん先輩を助けます。るいちゃん先輩の悩みをすべて解消して、自殺なんて馬鹿な考えをやめさせてみせます。それができれば、私の信念がいかに固いか、どれだけ本気でみんなを助けたいか、理解してもらう証明になると思います!」

 

 「なるほど、私は上遠野さんの死にたいという望みを叶える側、渥美さんはそれを阻止する側、というわけだね。なんとも酔狂な勝負を挑むものだ」

 

 「言っておきますが、桐渕先輩がるいちゃん先輩に直接手を出して殺すのはダメですからね! 暴力的な手段は一切禁止です!」

 

 「私はあくまで、上遠野さんを誘導することしかできない、というわけだね。ふふふ、了解したよ。その勝負、受けて立とう」

 

 なんだかかっこいいことを言っているように聞こえるが、話していることは上遠野の命をもてあそぶような内容になっていないか。自殺教唆いかんという犯罪絡みの内容を勝負感覚で競うのは許されるのか。

 思うところはあるが、僕たちはすでに毒されているのだろう。この狂ったゲームが作り出す空気は、容易に人の命を軽んじさせてしまうのだ。これはゲーム中のちょっとしたイベントのようなもの。上遠野の命を景品にしたミニゲームである。

 


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