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12:51 「図書室にて談話 -5-」

 

 「君が大変好感のもてる人物であることは痛いほどわかったが、やはり私は賛成できないな」

 

 「なんでですか! じゃあ、桐渕先輩はどうすればいいと思うんですか!?」

 

 渥美の考え方は度し難いが、それは置いておくとして、桐渕がどう考えているかということは僕も気になるところだ。

 桐渕はあごに手を当て、わずかに逡巡するようなそぶりを見せた。

 

 「では、私はこう決断しよう。第一目標として、最小限の犠牲で可及的速やかにゲームを終了させることを目指す」

 

 「どういうことですか?」

 

 「端的に言えば、プレイヤーのうち6人には早いところ死んでもらうということだよ」

 

 渥美は絶句した。僕も同じだ。何を言っているんだという気持ちで桐渕の方を二度見してしまった。

 そりゃ心の中では当然、そう思っていることだろう。しかし、だからといってそれをこうも包み隠さず、オブラートともへったくれもない残酷な言葉で言い表すことがあるだろうか。それは殺人予告に等しい暴言だ。信じられない。

 

 「な、ななな、何を言ってるんですか! ダメに決まってます! 認められません!」

 

 「君に認めてもらう必要はないよ。1人でも多くの生徒の命を救うために、私は尽力すると言ったね。これがその志を実現する、私なりの回答だ」

 

 言いたいことはわかる。

 

 ゲームが長引けば長引くほど、犠牲者の数が増えることは必然だ。であれば、より早くプレイヤーの中から勝者を決定して、つまり7人のうち6人の死亡が確定させ、ゲームを終わらせる。それが手っ取り早い。

 

 さらに、ぐずぐずとゲームが進行し、終了時間までに2人以上のプレイヤーが残ってしまえば問答無用で全員死亡してしまうのだ。6人のプレイヤーが確実に殺されることは決定事項である。

 

 「犠牲者は最低でも6人で済ます。と言っても、もう何人も死者が出ているのでこの目標は達成できないが、それでも目標として掲げ続けよう。これ以降も多くの犠牲者が出ることは確実だが、その上で速やかにプレイヤー6人の処分を行う。これが現状で最良の選択だ」

 

 言い切った。桐渕はその悪魔のような決断を最良と断言した。

 

 「わかります……わかりますけど! それじゃあダメなんです! だいたい、どうやってそんなことができるって言うんですか!」

 

 「それは状況次第だね。必要とあらば、私がやるよ」

 

 「やるって!? 人を殺すってことですよ!? その意味がわかってるんですか! 犯罪者になって刑務所に行くんですよ! 人生棒に振りますよ!」

 

 「承知だ。私にはそれだけの覚悟がある。人を救うため、そして自分が助かるためなら手段は選ばない。私にとっては、君の方がよっぽど非道な人間に思えるよ。誰にも死んでほしくない、全員を助けたいだなんて、ただのわがままだ。欲張りすぎだよ。君のその決断が、多くの人を見殺しにする。そして、私の決断に間違いはない」

 

 「ぐぬぬ! そんな言葉で殺人を正当化することなんて認めません! なんでそんなことを言うんですか! 桐渕先輩はあたしなんかよりずっと優秀な人じゃないですか! あたしより先に諦めないでくださいよ!」

 

 「もとより何も諦めていない。勘違いしないでくれ、これから始めるんだ。それと、君は私を過大評価しているよ。私が超ハイスペックな完璧人間であることは確かだが、それでもできないことはたくさんあるんだ。すまない」

 

 「あーっ! もうっ!」

 

 渥美は頭をぐしゃぐしゃかきむしってのけぞる。髪がぼさぼさになったが、髪質がよく、ショートヘアだったおかげかすぐに元通りになった。

 

 「桐渕先輩がこんなおっかない人だなんて知りませんでしたよ……ていうかその口ぶりだと、もしかしてあたしのこと殺そうとしてます?」

 

 「場合によるよ」

 

 「おひいいいぃぃ!?」

 

 椅子から勢いよく立ちあがった渥美は、今度は上遠野の後ろに隠れようとしたのか近づいたが、上遠野は逃げだして僕の後ろに隠れた。なんだこの状況。

 

 「いや、割と冗談だからそんなに驚かないでくれ」

 

 「冗談に聞こえなかったんですけど……割と?」

 

 「最初に言ったよ。君に協力するってね。確かに、いち早く6人のプレイヤーを処分することが最優先ではあるけれど、7人のうち誰を生き残らせるべきか、吟味する必要もある」

 

 生き残ったプレイヤーは晴れて外に出られるのだ。しかも、特典として【武器】の能力がそのまま与えられるらしい。これでもし樋垣みたいな殺人鬼が社会に出るようなことなれば大混乱である。桐渕はそういう事後の心配のことを言っているようだ。

 まあ、僕は僕が勝者になると思っていて、桐渕は桐渕が勝者になると思っているに決まっている。だからそんな議論は完全に建前でしかないわけだが。

 

 「その点、渥美さんは素晴らしい人格者だ。ゲームの勝者にふさわしいと言える。君が望むなら協力しよう。私たちが独力で行動するより、協力し合った方がより効率的にゲームを終了へと向かわせられるのだからね」

 

 その言葉、一言も渥美を勝たせてやるとは言っていないが。というか、僕が上遠野を懐柔したように、渥美を利用する気まんまんである。

 

 「そう言われても……桐渕先輩とあたしの思想はかなり食い違ってますからねえ。残念ですが、あたしはあたしのやり方を通させてもらいます」

 

 「そうかい。本当に残念だ」

 

 「ちょ、なんでさりげなく包丁を抜いてるんですか!? 脅迫したってダメですからね!」

 

 「いや、渥美さんの反応がおもしろいから。ふふふ」

 

 「もう、からかわないでください! 東原先輩や、るいちゃんも見てないで助けてくださいよ~! ……あーっ! あたし、すごいこと発見しちゃいました!」

 

 騒がしい子だ。まだ話を聞いていないが、大してすごいことではなさそうな気がする。

 

 「るいちゃんですよ! るいちゃん!」

 

 「一応、注意しておくと、君がるいちゃんるいちゃん連呼しているその人は君の先輩だよ」

 

 「あっ、すみません。そうでした! るいちゃんがあまりにもかわいすぎて忘れてました! と、それはそうとして! るいちゃん先輩はプレイヤーだそうじゃないですか!」

 

 そんなに驚かなくても、お前の視界に入っている3人はもれなくプレイヤーである。

 

 「こんなに小さくてかわいい先輩が、誰かに危害を加えるようなこと、できるはずがありません! 現に、私がプレイヤーだってわかっても黙って座っているじゃないですか! おりこうさんですよ! あたまナデナデしてあげたいくらい、おりこうさんですよ!」

 

 「少し落ち着こうか。話が脱線しそうだよ」

 

 「つまり、こういうやさしい心を持ったプレイヤーがいるってことです! 世の中捨てたもんじゃありません! 暴力的なプレイヤーにばかり目がいきがちになっているから、人間の本質を忘れてしまうんです! 本当はみんな善い人なんです! こんな現実を歪める恐ろしいゲームのせいでおかしくなってしまっただけ! 見てください、るいちゃん先輩のこの姿を。こんな小さな子の命を奪うことが、本当に桐渕先輩の言う最良の選択なんですか? それは悪です。誰が何と言おうと悪であり、認められないことなんですよ!」

 

 なんて偽善に満ちたセリフを堂々と言える人間なんだろう。よく高校生になるまでその清々しい妄想を傷つけられずに成長できたものだと感心する。上遠野に対する印象が失礼すぎる点が、いささか気にかかるが。

 

 「さあ、るいちゃん先輩。こんなゲームはやめにしましょう。きっと、殺し合いなんかしなくても、ここから出られる方法があるはずです。2人でその方法を探して、他のプレイヤーさんを説得しましょう!」

 

 ずいと、渥美は上遠野に迫るように椅子を寄せる。上遠野はうつむいたまま、反応を見せない。

 

 と、思っていたのだが、今回は違った。

 

 はじめて上遠野が意思表示らしきものを見せる。口元を押さえていた手をはずし、テーブルの上に置いた。その手の中から一枚の紙が落とされた。

 ずっと握りしめていたのかくしゃくしゃになって丸まっている。小さなメモ帳の一枚のようだ。僕はその紙を広げてテーブルの中央に置く。

 

 そのメモには、上遠野の意思が簡潔に記されていた。以下に全文を載せる。

 

 『死にたい』

 


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