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11:58 「僕という人間」

 

 僕は優秀な人間か、そうでない人間か。即答できる。間違いなく後者だ。

 

 4時限目の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く。教師が退室していくと、糸が切れたように張りつめていた空気が緩み、昼休みを迎える生徒たちのざわめきが起こり始めた。

 さっきの授業は数学だった。ひらすら問題演習と解説の繰り返しである。とりわけ熱心な進学校というわけでもないこの学校、当の生徒はセンター試験直前であるにも関わらず緊張感のない者がちらほら見受けられる。かく言う僕もこの一時間、机に向かってシャーペンを動かすだけの作業とでも言うべき“勉強もどき”しかしていない。

 

 センター試験。考えただけでも胃が痛くなる行事である。何が嫌かって、その一回の試験で僕の成績のすべてが決定され、通る大学と通らない大学が露見してしまうことが嫌。たった一回のチャンスだ。みんな、どうしてそんなリスクの高い戦いに本気になれるのだろうか。あまつさえ、自分の身の丈に合わないレベルの高い大学を目指そうとするのか。僕には理解できない。もし、試験で良い結果を残せなかったら、それどころか浪人生活が確定してしまうような致命的惨敗をしてしまったら。そう考えると努力できない。報われないかもしれない希望を求めて苦しむくらいなら、現状維持、今のまま、何とか危機から逃げおおせて事なきを得ようとする。当然、そんな僕の成績が芳しいはずもない。結局、目先の苦境にしり込みし、支払うべき犠牲をうやむやにし、将来に開く可能性の花を自ら踏みにじるようなことしかしない。これがモラトリアムか。自分の惰弱さにあきれる。

 

 努力せずに急場をしのぐような逃げ方ができるのは、ここまでなのかもしれない。これまでにも色々と限界はきているのは、わかっていたのだ。この時期になってようやく自分と向き合う機会が増えた気がする。

 

 僕こと、東原とうはら木末こぬれは受験を控えた高校3年生である。性格は見栄っ張り、その一言に尽きる。

 一番嫌いなことは見下されること。死ぬほど嫌いだ。人から蔑みの目で見られることが嫌いだ。したがって、自分より優秀な人間が嫌いだ。勉強ができる奴、スポーツができる奴、そういう奴に馬鹿にされると舌を噛み切りたくなるくらい腹が立つ。想像しただけで目がつりあがりそうになる。

 しかし、だからといって自分より上の人間に噛みつくことはない。内心を押し隠して穏やかに接する。つまらない劣等感をむき出しにしていては、余計に侮られ、蔑まれるだけだ。だから僕は、ことさら人間関係に気を使う。これだけは人一倍だ。感情を表に出さず、当たり障りなく、人から恨まれないように“善い人”であるよう見せかける。クラスのみんなは、僕のことを“やさしい人”だと思っている。ところがどっこい、そんなことはない。醜い劣等感の塊だ。

 そして、僕が二番目に嫌いなことはリスクを冒すこと。ささいなリスクでも許し難い。いつも最悪の結果を考えて行動する。後ろ向きな人間だ。良く言えば慎重、悪く言えば思い切りがない。だが、リスクを排除することにかけては積極的な面もある。

 

 僕は鞄から手帳を取り出し、誰にも見られていないことを確認してから、そっと開く。5センチくらい。そのわずかな隙間から中をのぞき、すぐに閉じて再び鞄にしまう。

 

 手帳にはクラスメイトや教師、家族など、僕と少しでも関係のある人間の名前が書いてある。名前の横には毎日、ある数字を記録する。「+2」とか「-1」とか書いてある。これはその人間が僕に持っている好感度だ。値がプラスなら良い関係ができている。マイナスだと良くない。ただ、僕は手帳に名前のあるほとんどの人間と良好な関係を築いているのでマイナスと言っても、ささいな、たとえばその日、会ったのに挨拶をし忘れていたとか、その程度の差でしかないが。

 

 当然だが、この数値は僕の主観によって作られたものであり、現実はなんでもかんでも数値化できるほど単純ではない。そうとわかっていてもやめられないのだ。きっと僕はマトモじゃない。人と接するのが好きだというのならまだしも、僕はそれを煩わしいと思いながら必死に取り組む。そこそこに仲のいい知り合いは大勢いるが、本心を包み隠さず話ができる友達は一人もいない。そして、それを悲しいことだと思わない。この性格は筋金入りだ。おそらく、一生付き合うことになるだろう。

 味もそっけもない。

 

 さて、それはともかく。昼休みである。

 時計を見ると、短針と長身が重なっている。腹ごしらえに購買部に行こうかと考える、午後12時。

 

 そう言えば昨日、変なメールが携帯に来ていたことを思い出した。

 

 七つの何とかがどうとかわけのわからないことが書いてある、くだらないスパムメールだ。それによると、僕は意味不明のゲームのプレイヤーに選ばれたらしい。プレイヤーにはいくつかの「武器」なるものが用意されているようで、確か七種類あった。本文にウェブへのリンクが張られていて、クリックするとそのページに飛ぶようになっていた。

 

 僕は面白半分にその中の一つを適当に選択した。どうせポイント購入ありがとうございますとか、入会金を振り込んでくださいとか、そういう頭の悪い詐欺文句が並べられたケバケバしいページがでてくるのだろうと思いきや、なんと表示された画面は黒一色。やる気のないレイアウトである。冷やかしに訪れた客を落胆させるとは、最近は手の込んだスパムもあるものだと感心した。

 

 それからすぐに2通目のメールが来たのだ。僕は携帯を取り出して、今一度その本分を確認する。

 

 ----

 

 嫉妬の鎖。

 農夫も牧師も旅人も、何人一人あらがえない。

 見えない絆が人を縛る。

 誰も触れぬその鎖、手に取ることができるなら。

 ひたすらに磨け。

 お前の手は錆にまみれ、偽りの輝きを取り戻す。

 

 ----

 

 やはり、意味不明。何が言いたいのか、さっぱりだ。

 

 一つ気になることがあるとすれば、このメールの送信者欄だ。メールアドレスがめちゃくちゃだった。規則性のない文字と記号の羅列で、ドメインも読み取れなかった。電話機の故障だろう。もうずいぶん使い続けている機種なので、そろそろ変え時かもしれない。

 

 携帯の時計を見ると、11時59分を示していた。教室のアナログ時計は少し進んでいるようだ。ゲームの開始時間は今日の12時で、そのときに連絡すると書いてあった気がする。また変なメールが送られてくるのだろうか。つかみどころのない文章ばかりだったので、どういう趣旨の迷惑メールなのか気にならないこともない。暇つぶしになるし、知り合いとの話のタネにもなる。少しだけメールが届くことを期待していた。

 

 そして、12:00。

 

 着信あり。マナーモードにしていた携帯が、ぶるりと震えた。

 

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