12:38 「檻の中の現実 -9-」
心臓が跳ね上がる。
何を握っているかって、なぜそんなことを聞くんだ。この鎖は僕にしか見えないはずじゃないのか。それとも桐渕には見えているというのか。それはない、だとすれば桐渕は僕をプレイヤーだと確信することになる。
「どうしたの、変な顔して。そんな恰好でポケットに手を入れてるから、何が入っているのか気になっただけだよ」
言われて気付く。僕は防御少女を背中におぶっているわけだが、その背負い方が変だった。片手で彼女の体を支え、片手をズボンのポケットに入れているのだ。なぜそうなっているかと言うと、一つは防御少女の体との接地面積をなるべく少なくして不快感を減らすための苦肉の策である。実際には彼女の体表面には防御膜が常に展開されているので、直接触っているわけではないのだが。彼女の体格は小学生並みなので、腰を曲げれば人並の体力しかない僕でも何とか支えられるという理由もある。
もう一つは、鎖を持つ手を怪しまれないようにするための工夫だ。
鎖を持たなければ、悪意吸収の能力は使えない。“握る”というアクションは微々たるものだ。しかし、それでも挙動の一つであることに変わりはない。
そこで、握った手をポケットに入れたのだ。これなら怪しまれることはないだろうと思ったのだが。
僕はポケットの中のモノを取り出して桐渕に見せる。
「何って、カッターナイフだよ。ほら、物騒だから、こんなものでももってりゃ安心できるかと思って」
あらかじめポケットに入れておいたカッターを取りだした。本当はカッターに加えて3本の鎖が手のひらの上に乗っているのだが、それに桐渕が気づくはずもない。
「へえ、武器のつもりかい? ふふふ」
なぜか桐渕の『疑念』が少しだけ増した。だから、こいつは僕に対してどういう印象を持っているというんだ。腹立たしいにもほどがある。
「そういえば、木末の背中にいるのは上遠野るいさんじゃないか。聞きたいことと言えば、上遠野さんのことについても十分興味をそそる。超能力者らしいし」
「知り合いなのか?」
「いや、知り合いって言うほど話したことはないよ。その様子だと木末は知らないみたいだね。まあ、君は自分のテリトリー外の人間にあまり興味を持たない人だから」
さらっと失礼なことを言われた気がしたが、この際、聞き流すとして。
この防御能力少女の名は上遠野るい、というらしい。
「と言っても、私も上遠野さんのことはほとんど知らないよ。重度の潔癖症、拒食症を患っていて、よく保健室登校をしていると聞いている。あと、ベジタリアンなんだって」
潔癖症なのはわかっていたが、拒食症でもあるのか。難儀な。
「樋垣君と違って暴れる様子はなさそうだね」
「ずっと具合が悪そうにして、話もできない調子みたいだ。その超能力ってものの正体がわからないから不安なんだが……」
「そっか、でも君がそうやって気安く接しているということは、上遠野さんが危険な人物ではないという証明だよ」
ん。
何を言っているんだ。そんなものは証明でもなんでもない。現に相手は超能力者で、物理法則を歪めるような大それた技を使えるともしれないというのに。
「木末は常に最悪を考えて行動する人間だ。小さなリスクも見落とさず、絶対に安全の確証がある道しか通らない。そんな君が気を許している相手なら、それはつまり安全ということさ」
理にかなったことを言っているようだが、めちゃくちゃだ。僕に判断を丸投げしているだけではないか。確かに今のところ危険はないわけだけど、僕にとってはそうである話であり、桐渕にとってそうであるとは限らない。
「さて、話もひと段落したところで、さっそく行こうか」
ぱん、と手を叩いて、桐渕は話を切り上げた。そしてどこかに行こうとしている。
「行こうかって、どこに?」
「さっきちらっと話したが、超能力者は複数人いるらしい。未確認だと言ったよね? それを今から確認しに行くんだよ」
「おいおい、探して見つかるものなのか?」
「無論、当てはある。図書室に超能力者らしき人物が立てこもったという情報があったんだ」
樋垣が事件を起こしたころ、新校舎1階にある一年生の教室にはいち早くこの異常事態に関する噂が広まったという。そのときに、ある教室でちょっとした騒ぎがあった。
「この異常はすべて、とある“ゲーム”によって引き起こされた。私はその“プレイヤー”であり、特殊な力を使える。そんなことを言った生徒がいたらしい」
半信半疑のクラスメイト達の前で、その生徒は特殊な力とやらを使った。それによってかどうか不明だが、その教室が一時的に“閉鎖”されたのだという。
「閉鎖って、どういうことだ?」
「ちょうどこの校舎に起こっている現象と同じものだ。外に出られなくなる処置とでも言おうか。教室一個が脱出不可の密室となった。それに気づいた生徒たちが恐慌状態になったため、慌てた自称プレイヤーの生徒は閉鎖を解除した」
そして、その生徒は図書室に向かったという。その能力で、みんなを守ってやるからついてこいとうそぶいて。
おそらくプレイヤーで間違いないだろう。カミングアウトしたわけだし。
何がしたいのかわからないところもあるが、どうも賢い人間ではなさそうだ。行動が行き当たりばったりになっている気がする。超能力を得たことで気が大きくなり、クラスメイトに見せびらかしてしまった。それにより騒ぎが悪化。居心地が悪くなり、教室から逃げた。
そいつの能力が桐渕の言うとおりなら拠点づくりには適している。図書室を根城にする気なのか。みんなを守ってやるという言葉もていのいい嘘だろう。
罠を張っていると推測する。プレイヤーをおびき出して殺す気かもしれない。
「どう考えても危険だと思うんだが」
「そうだね。でも、その生徒の言葉を信じて図書室についていった生徒もいるらしいんだ。生徒会長として見過ごせないな。危険だというならなおさらだ。どうもこの異変、中心には超能力者たちの存在が絡んでいる気がしてならない。調べて行けばその“ゲーム”とやらの真相に至る、とは思わないかい?」
心にもないことを言って、やはり桐渕はニヤニヤ笑った。




