12:35 「檻の中の現実 -8-」
桐渕の話はめちゃくちゃだが、現状がその言葉の真実性を保証していた。僕が遭遇した大男は樋垣鯨太郎という生徒に間違いないだろう。その能力についてもおそらく事実だと思われる。見境なく襲いかかる凶暴性、深手を負おうと戦い続ける無尽蔵の体力、そして敵に激痛を与える無数の刃。ああ、関わり合いになりたくない。
「ところで、その子はどうしたんだい?」
桐渕が言っているのは僕の背中のお姫様のことについてだろう。まあ、聞かれると思っていた。聞かれないわけがない。本当のことを話すかどうか迷ったが、話すことにした。隠す方が怪しまれる危険が高い。嘘をついてもボロが出るかもしれない。
勘違いされそうだが、僕は嘘をつくのがうまいわけではない。人並だ。詐欺師ではないのだ。僕が得意なのは、あくまで“普通の会話”である。
僕の能力に関する話はせず、さっきあったことをかいつまんで話す。
「実はその樋垣という奴に会ったんだよ。襲われかけたところにこの子が乱入してきて、まあ、結果的に助けられたのかな。樋垣も人外じみた奴だったけど、この子も常識外れの力を使って……うまく言えないけど、わかるだろ?」
「ああ、わかるよ。君の言わんとすることはわかるとも」
ニヤニヤと桐渕は笑う。なんでそこで笑うかな。まあ、昔からこういう奴だ。僕の神経を逆なですることにかけては一流である。
「樋垣君のような異常な力を持つ者、ここでは“超能力者”とでも呼ぼうか。超能力者は彼以外にもいる、という情報もあったんだ。未確認だけどね」
「……そうか」
どうしてそんな大事な情報を早く言わないんだ。いや、こいつはプレイヤーなわけで、ゲームに関するルールは知っているわけだし、話したんだから隠そうとしたわけではないが、間が悪い。
正直な話、今この場で僕は桐渕にぶつけたい質問がある。
『お前はプレイヤーか、否か?』
答えはわかっている。プレイヤーだ。
だから、わざわざそんなことを聞く必要もない。それはいたずらに桐渕の僕へ対する『疑念』を増やす愚行でしかない。
しかし、ではこういう質問をしてはどうだろう。
『お前の【武器】は何だ? その能力は?』
僕は知りたい。その情報は喉から手が出るほどほしい。僕に対して悪意を持てない彼女は嘘偽りなく答えるしかない。
別にこんな直接的な聞き方をしなくてもいい。たとえば、僕の予想ではお前みたいな高スペックな人間こそ、こういうドラマチックな場面で超能力的な何かが開花しそうなものだと思う、お前って実は超能力者なんじゃない? ははは、よければその能力を教えてもらえないかな? と、言う感じで聞き出すとか。
……いや、さすがに苦しいか。ものすごく変なもの言いになることは認めよう。桐渕は僕のことをより一層疑うことになるかもしれない。しかし、疑われるだけだ。それだけで僕がプレイヤーだと確定する動かぬ証拠にはならない。リスクとリターンを天秤にかければ、後者に傾くのではないか。
「ん? どうしたんだい、そんなに私のことを見つめて。照れるな」
ニヤニヤと桐渕は笑う。
言うか、言うまいか。
「そ、その指はどうしたんだ?」
僕はとっさに、桐渕の手に巻かれた包帯について指摘した。僕の名誉のために言っておくが、これは決して桐渕に臆した末の結果というわけではない。そう、これは慎重に慎重を期した僕の戦略。いつも通りの東原木末だ。問題ない。
もし、僕が彼女に能力の内容について尋ねたとして、彼女ならなんと答えるか。僕はこの女が素直に僕の利になる話をするとは思えないのだ。
こいつには油断というものがない。何か策がめぐらしてあるのではないか、と勘繰ってしまう。
こいつが得意げにペラペラと自分の能力を話してしまうようなとき、何が起こるか想像もつかないのだ。逆に不安になりそうな、そんな予感が大いにある。
最悪の最悪、もしも沈黙という答えを返されてしまったらどうしよう。ありえない可能性ではない。言葉に詰まり、何も言わなくなる。ありえる。僕は何も得るものがない。
いや、もう虚勢は張るまい。僕は恐れている。その質問をすることで、このゲームは加速度的に終末へ向かう。根拠はないが、そんな気がしてならないのだ。
こいつは、人間離れした決断で場を支配する化物。樋垣とは別方向の鬼である。今はまだ、僕をプレイヤー認定していないから行動に出ない。まだ、“疑い”の段階だから決断できない。しかし、ひとたび僕への疑いが確信に変わったとき、彼女は即座に決断する。それがどんな残酷な決断だろうと、だ。
と、ここまでは僕の妄想である。
鎖を握っている限り、僕の絶対安全は保障されているのだ。いかに桐渕がぶっ飛んだ女だろうと、悪意なく人を殺すことなどできるはずがない。誤って、何かの間違いで殺してしまう、ということはあるかもしれないが、この女に限ってそんなミスをするはずがないのである。同じく自暴自棄になって自爆して巻き込む、という行動も取るはずがない。やると決めたら知謀を尽くして確実に、徹底的に、余すところなくやりつくす女である。殺す気なら、明確な殺意をもって向かってくる。だからこそ安全なのだ。
殺意をもって僕を殺すことは不可能なのだから。
「ああ、これかい? 突き指したんだ」
色々考えたがそれはともかく。
桐渕の手の怪我について気になったことは確かだ。正確には左手の薬指と小指に添え木が当てられ、包帯で何重にも巻いて固定されている。突き指か脱臼か骨折か、そんな手当の仕方だ。別段、不思議はないのだが、気になることはあった。教室で会ったときはそんな怪我をしているようには見えなかったのだ。
「あのときは処置をしていなかったからね。軽い怪我だと思って放っておいたんだけど、一応、ね」
「桐渕が怪我するなんて珍しいじゃないか。運動神経抜群のお前が」
「私だって怪我くらいするさ。騒いでいる男子生徒を止めに入ったときに、ぶつかってしまったんだ。……もしかして、心配してくれているのかい?」
ニヤニヤと桐渕は笑う。
まあ、いいさ。
今はこんな感じで和やかなふうを装って、普通の会話をしていけばいい。普通の話は楽だ。変に気張るといけない。会話の中で、気になった点は普通に尋ねればいいのだ。そうやって情報を少しずつ引きだしていこう。何気ない会話の中に思わぬヒントが隠されているかもしれないではないか。
桐渕の能力に関しては、後で聞く機会があるかもしれない。今はやめておこう。早急に答えを要する問題ではない。
鎖を握る手に力がこもる。これを手放さない限り僕は負けないのだから、大きく構えていればいいんだ。
「そうだ、木末。私も聞きたいことがあるんだった」
「なに?」
「その手に握っているモノはなんだい?」




