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12:21 「檻の中の現実 -3-」

 

 おいおい。

 おいおいおいおい!

 

 なんでこのタイミングで。誰だか知らないが最悪の来訪者。

 静寂を保っていた空気を壊し、何者かが急速に近づいてくる。

 

 僕は、のろのろと首を回して後ろを振り返り見る。

 

 「んんー!」

 

 それは一人の女生徒だった。華奢な体つきで、良く言えばあどけない、かわいらしい容姿をしている。

 悪く言えば、発育が悪い。中学生、いや、昨今の小学生にも引けを取らない幼さ。ロリ。女子というより、女児。しかしこの学校の制服を着ているので、おそらく生徒なのだろう。女児高校生。ツインテールの髪型も、幼さに拍車をかけている。まるで大きなお友達を狙っているかのような造形である。あざとい。

 

 いや、今はそんなことどうでもいい。とにかく、その女生徒が一直線にこちらに走ってきているのだ。意味がわからない。一目見てぶっちぎりで危険とわかる大男が目の前にいるというのに、なぜだ。しかも女生徒は見るからに恐怖に青ざめている。口元を両手で押さえ、絶叫を抑え込むかのようにして、それでも足を止めずに走っている。

 

 「んがっ、おががああああ!」

 

 当然、大男は女生徒に気付く。爆発寸前で止まっていた導火線が再度、点火した。火に油を注ぐようなものだ。男は僕から女生徒へと標的を移し、負けじとばかりに走りだす。破壊衝動という幼稚な欲求を満たす、その目的を果たすためだけの行動。

 

 僕は観ていることしかできない。たとえば、目の前でまさに交通事故が起ころうとしているその場面で、1人の人間がどれだけのことをできるというのだ。10人いようが100人いようが事故は起こる。暴走した車というエネルギー塊を、理不尽に破壊をまき散らす暴力の権化を、止めることはできない。その結果を変えることなんてできない。それと同じだ。

 

 そして血まみれの全身凶器男と、とても高校生に見えない女児が激突した。

 

 無音。

 音がしなかった。

 互いに全速力で駆けより、そのままの勢いからの体当たりだった。両者の体がぴたりと止まる。静止していた。それが意味するところは、つまり力の相殺。二人の力が拮抗しているのだ。

 しかも、女生徒は口を手でふさいだまま、前かがみになって頭突きをするような姿勢のままぶつかったのだ。対して大男は鍛え抜かれた太い腕を楯のように体の前で構え、腰の入った堂々たるタックルを見せた。にもかかわらず、完全なまでの相殺。どちらとも衝突の反動で体を揺らすことはなかった。微動だにせず、磁石のようにくっついて止まった。

 

 開いた口がふさがらない。これはどういうことだ、見た目小学生のあの女児のどこにこんな膂力があるというのだ。まるで漫画。しかし、この狂った世界にはその物理学的異常を正常に置き換える魔法の理がある。

 

 この女生徒はプレイヤーなのだ。すなわち、これはプレイヤー同士の戦いということになる。これはささやかな幸運だ。6人の敵のうち、2人のプレイヤーの存在を知ることができた。桐渕を含めれば3人。敵プレイヤーの半数を知ったことになる。加えて、この場にとどまることは危険だが、敵の能力を知ることができる絶好のチャンスだ。

 念のため、僕は女生徒の方の鎖もつかんでおく。僕に対する悪意はほとんどない。目の前の敵の相手をするので精いっぱいなのだろう。

 

 僕がそんなことを考えているわずかな時間、その間に大男は次の一手に向けて動き出していた。彼にとっては相手がプレイヤーであるかどうかなど、瑣末な問題でしかない。問題とすら認識していない。ただ壊す。それしか頭にない。

 

 手を振りかぶる。躊躇なく女生徒を殴りつけた。肉の中から刃が突き出した拳による一撃は、食らえば戦闘意欲を喪失させるには十分な威力だろう。

 女生徒はその拳を避けるでもなく防ぐでもなく、無防備に受け止めた。受け止めたというか、なすすべもなく殴られている。

 

 「がっ、あがおべあああ!」

 

 「んんー! んっ、んー!」

 

 意味不明。会話すら成立していない、ギャグのような命の取り合い。

 大男の怒涛のラッシュが女生徒を襲うが、驚いたことにまるでダメージを与えている様子がない。服の上からでもわかる隆起した筋肉が打ち出す拳の弾丸を、完全に無効化していた。吹けば飛ぶような軽い体躯の女生徒が、直立不動、一歩もその場から動くことがない。

 

 だが、女生徒の方が優勢なのかと言えば、それも違った。攻撃に転じる様子がないのだ。一方的に殴られ続けるサンドバック状態。理由は彼女の顔を見ればわかる。恐怖一色に染まっているのだ。それもうなずけた。さっき殺されかけた僕だからわかる。

 

 本気で殺意を、あの男の場合は厳密には殺意というわけではないが、そういうどす黒い真っ黒な感情というものを今まで向けられたことがない。平和な環境で育ってきた僕たちにとって、この大男は異質すぎたのだ。頭ではなんとかしなければと思っても、体がすくむ。いくら能力で身を守ることができたとしても、心が負ける。

 

 もし、彼女の【武器】に敵を一発で撃滅できるような攻撃性能があれば、話は違うのかもしれない。だが、この状況から見て、そんな力はないのだろう。代わりに防御性能は破格だ。あれだけの重いパンチを何発も受けているのにも関わらず、全くのノーダメージ。これで攻撃までできたら強すぎる。無敵だ。

 

 一方、大男はその鉄壁に対して、何の策もなく愚直に殴り続けるという行動しかとらない。もし考えをめぐらすだけの理性が残っていたのなら一度、手を止める。作戦を練り直す。それがこの男にはない。ひたすら狂ったように殴り続ける。目の前のモノを壊せると信じて微塵も疑わない。疲れようが痛かろうがお構いなしだ。機械のように殴るという作業を続ける。

 

 一見、愚かに見えるその行為も全くの無駄ではないだろう。もし女生徒の防御能力に制限があれば、それが一定時間のみの効果だとか、攻撃何発までの限定防御とかであれば、鉄壁もいつかは崩れる。これだけ強力な能力なのだから、そういう制限がついていると考えてしかるべきだ。

 

 まあ、大男はそこまで考えての行動はしないだろう。結果的に有効だという話だ。女生徒は見るからに怯み、反撃しようという様子がない。ここで畳みかければ、あるいは。

 


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