act,7_友人役Aの攻略対象が恐ろしい
後半シリアス。
カツラを被り、赤いリボンでツインテールを作る。まだ二日目なのにこの作業になれたのは、学園でボサボサになるまで紅くんに頭を撫でられるためか、それとも僕がガサツだと主張したいためか、すぐに解けてしまうからだ。紅くんはツンデレわんこのくせに、やけにお兄ちゃんって感じで保護者ヅラになるから。……僕を子供扱いなんていい度胸だよね、本当。制服を着て丁度一階に降りようとすると、窓から紅くんが入ってくる。
「やあ、おはよう。紅くん」
「はよ……。お前、それ、昨日だけじゃなかったのか……?」
それと称してリボンを指で示す紅くん。気のせいでもなく、その顔には眉間に皺が寄っている。もしかして、死亡フラグの件はこの格好の所為かい? ――君、ちょっと短気すぎない!? 僕の女装(※椎名楓は女です)がそこまで気に入らなかったのかな。本当に少しだけ、少しだけだよ、傷付くよ。三秒後ぐらいに復活するけど。
「飽きるまでやるつもりだよ」
「飽きるっていつ?」
「さあ?」
「ずっとやるのかよ」
「うん」
ごめんね。殺すほどに嫌いなんだろう? でもこうしないと、ファンクラブ会長の城之内麗華さんに殺されてしまうよ。君からも死亡フラグを売られているのだけれどもね。それでも、ファンクラブの死亡フラグの方が、あとで乱立する可能性が高いんだ……。ああ、でも幼馴染に殺されるのは心がちょっとどころじゃなく破裂しちゃいよ、ショックで。どうにかどちらのフラグも回避できないものか……。
「おい、楓」
「うん?」
「会わせたいやつがいるんだよ。少し早めに行こうぜ」
「え? あ、うん。分かった」
会わせたいやつ。紅くんにそういう相手がいるとはびっくりだ。失礼かもしれないが、ゲームでも攻略対象である生徒会と風紀委員会以外の知り合いがいなかった気がする。だって、元々紅くんの性格はツンデレ一匹狼――もといツンデレ一匹わんこなのだ。超能力を知っている生徒以外は引き寄せていなかった。……あれ、僕。まあ、幼馴染だからか。
誰なんだろうね、紅くんと仲良し。ん? ……仲良し?
「紅くんや」
「……何だ?」
「もしかして生徒会または風紀委員関係じゃないか?」
「!」
いや、何故ばれたんだ、みたいな表情されても。君、友達(攻略対象以外)いないでしょ?
だが、どうしてだ。どうして僕が、攻略対象に(または攻略対象を)紹介されなければいけないんだ。何もヘマはしていないはず。
――紅くんと仲良いのが、草薙友弦にばれた? どうして仲良くしてるの? みたいな。だけど、ここで断るのも、僕の計画が歪曲される。僕はあくまでも、そこまで巻き込まれないのなら、〝一般生徒〟のフリをしなければいけないのだ。勘違い逆ハー女は、奥の手にしておきたいのだが……致し方ない。これも、計画のうちだ。
「――誰に会えばいいのかな?」
急に態度を変えた僕に驚きながらも、紅くんは教えてくれた。
「風紀委員会の度会たちだ」
風紀委員会の度会。度会たち。双子の、攻略対象。
度会思闇と度会紫艶。茶髪に緑の目を持った、仲良し兄妹。
紫艶の能力はアニマルトーキング。動物と会話ができる力。
思闇の能力は――テレパシー。思考を読み、記憶を操作する力。
ヤンデレ型は執着系ストーカールート。二人で一つの双子が、揃ってストーキングしたり、一人がヒロインを引き留めて、その間もう一人がヒロインの部屋を探ったりしているというシーンがあった。なんだ、僕は小田切藍那と仲良くないぞ? 情報なんて持ってないぞ? それに二人とも、いくら記憶を操作して元から無い物だと思わせても、使用済みのタオルとか箸とか筆記用具とか、盗むものではないよ。
ぶっちゃけ、怖い。可愛い性格してるくせに、怖すぎる。でも、僕は一般人一般人一般人……。きゃあきゃあ言っている、ミーハーなのだ(あれ、一般人?)。
「度会くん? 本当に? あの二人に会えるなんてね! 嬉しいことこの上ないよ」
笑って言ってやった。言われた本人はどうしてか睨んできたが。結構白々しかったと思うんだけど、相手が素直な紅くんだからなあ。気付かなかったんだろうなあ。可愛いなあ。言ったら怒られるけど。
「じゃあ行こうか。それとも、紅くんが自転車で送ってくれるかい?」
「…………送る」
おや、ちょっとチャレンジしてみただけなのだけれども。
この後、違反の二人乗りでもハイスピードで行く紅くんの背中に抱き着きながら、双子への対抗策を作っていた。気付かれてはいけないのだから。
しゃーしゃーしゃーしゃー
自転車早い早い。紅くんと乗るのはもっと早い。早いから、――何も思いつかなかった。
思いつかないまま、学園について、門前で待っていた双子に捕まった。
――何故そんなところで待ってるんだ! まだそこまで関わってないのに、ファンクラブに目をつけられるじゃないか!
「「初めまして~」」
「思闇だよー」
「紫艶だよー」
ぐるぐるぐるぐる
手を繋いでぐるぐる回る。これはアレだな。どっちでショー、ってやつだな。
ぴたっ
止まる双子。
「「どっちでしょー!」」
うん、分かった。無駄に漫画版もイラスト集もみてない。ファンブックだって頭の中なのだよ。でも、ここで正解するとヒロインの居場所がなくなるから、わざと間違える。
「右は紫艶くんで、左が思闇くんだね」
ぱあああ
バックに光が言えるほどの笑顔。それを浮かべたのは――度会兄弟。
「「正解~。凄いね~」」
「初めてだよ、間違わなかった人。ね、思闇」
「おとーさんも間違うのに。ね、紫艶」
……あるぇ?
嘘を吐いているようにも見えないけど、もしかして本当に正解したの、僕。間違ったはずなんだけど――もしかして、僕の知識の方が間違ってたの? ……うわ、滅茶苦茶自信満々だったのに……恥ずかし……。ええい、もう考えるな!
「……それで、何の用だったのかな?」
「「ええ?」」
「用事はないよ? ね、紫闇」
「ただ話たかっただけだよ? ね、思闇」
じゃあなんで疑問形なんだよ。そう言いたかったが、我慢した。今の僕は一般人。前世の記憶なんてシラナイ、攻略対象なんてシラナイ、ヒロインなんてシラナイ。【溺れる恋愛~paranoia~】? 何それ、おいしいの?
つまりそんな感じで、一般人はイケメンに話しかけられるだけで嬉しいのだから、笑顔を見せなければいけない。ニイ。口角上げてみる。引きつってなければいいけど。
「――そろそろHR始まるぞ」
そんなところにthe保護者の紅くん。流石ヒーロー。パンダのヒーローではないけど。それでも不機嫌で、ブラックオーラを出してるから、助けてくれたのか偶然なのかよくわからないので、やっぱり白黒曖昧なパンダなヒーローだ。あ、これオタク知識っぽいから、分からない人には分からないよ。
「「えー」」
「まだ話してたいよー。ね、思闇」
「生徒会室でお話しよー。ね、紫艶」
「ごめんね、僕って馬鹿だから授業でないとテストがやばいんだ」
「さっさと行くぞ、楓」
「それじゃあまたね、バイバーイ」
生徒会室に連れ去られる前に、それっぽい理由をつけて退散。本当はテストやばくないし、馬鹿というよりも成績は凄くいい。紅くんも応援(?)してくれているから、別に断っていいのだろう。可愛い双子を置いて、そそくさ下駄箱へ向かう。ああ、一時間目の予習をするつもりだったのに。定期テストで一組の平均を取らなければ、下のクラスに移行だ。せっかく頭のいいクラスに入ったんだから、それはいただけない。
「はあ……」
靴を履き終わり、階段を上っていく。隣にいる紅くんは、歩調を合わせてくれているため、急がなくていい。こういう細かな気遣いが、紅くんのいいところだ。
それにしても、双子。凄く胡散臭い。あの生徒会が何の用もなく僕と話すわけがない。紅くんの幼馴染として興味を持ったかもしれないが、あの粘りようはそんな感じではなかった。なんせ、一般生徒は入れない入らせないと言われる生徒会室に連れてかれそうになったのだ。焦って紅くんもとめてくれらが、ホイホイついて行ったら、何も聞かれたか分からない。草薙友弦を呼んで暗示をかけられ、何かを聞かれるかもしれない。ヒロインのことか? それとも――超能力を知っていることがばれた、とか? とにかく、理由が見つからなくても用心はしなければならない。
――ああ、早くヒロイン、誰かとくっついてくれないかな? バットエンドさえ迎えてくれないのなら、この可愛い幼馴染でもいいからさ。ちょっと寂しいけど。
教室のドアを開ける。今日も我が一組は、楽しい一日を――過ごせそうにない。
ドアを開けたら、目の前に魔王様がおりました。
勿論、本物の魔王様がいるわけではない。ここは魔界じゃないのだから。比喩だ。何かの例えだ。だが、何故ここにいる。ここはあの魔王のクラスじゃない。そもそも学科が違う。草薙友弦に会いに来た? でもそれなら、朝早くに話を終わらしているか、それとも場所を変えるハズだろう。それならば、用があるのは、紅くんか?
覚悟を決めてもう一度ドアを開ける。
そこにいたのは綺麗すぎる魔王様。白制服が目立つ。
攻略対象であり生徒会会長と言う名の生徒副会長補佐とも言う。
そこには――眩しいプラチナブロンドと真っ赤な目を持った、風間白蓮がいた。
「――え?」
一瞬、驚いてから紅くんを向く。同じように驚いていた。どうやら、この人は超能力関係者の仕掛けた罠というわけではなく(勿論、力がばれているかどうかもまだ分からないんだけど)、風間白蓮本人の用があったらしい。よかった。心の中で小さな安堵。
だが、その安堵もガラガラと崩れて行った。会って初めて発せられた、綺麗すぎるアルビノを持つ目の前の男の所為で。
「貴様が椎名楓か」
疑問ではなく確定している言葉。
ああ、気のせいかと思いたかったけど、どうしてか目をつけられているらしい。
でも、これはない。この人だけは、避けたかった。
風間白蓮。貴様と言っていることから分かるように、凄く偉そうな性格をしている。唯一尊敬している、生徒会の空閑聖夜の言うこと以外は聞かない。周りは自分の命令に従って当たり前だと思っているようなやつ。性格も嫌いだが、一番はヤンデレ化が怖い。他の攻略対象よりも、一番怖い人だ。
能力は風を操る力と、言霊。風は情報を集め、言霊は人を動かす。生徒会長の座には就いてはいるが、生徒を、いや人を人と思っていない能力者最強だ。ヤンデレ型は人間排除系殺人ルート。僕が、一番怖い人と恐れる理由。それは、ヤンデレ化の時に能力である言霊を使い、ヒロインの周りにいる自分以外の人間を、自害させるというものだった。友人役を全うにやれば巻き込まれないと余裕綽々でいられないものも、この風間白蓮の所為。その自害した人間の中に、椎名楓が確かにいたからだ。
名前を呼ばれて思わず悲鳴をあげそうになった自分とは真逆に、目の前の男はすぐに興味を失い、紅くんを見る。視線が外れた途端、無意識に紅くんを置いて教室の中へ入った。紅くんの戸惑った声が聞こえたが、答えているだけの余裕がない。縋りつくように自分の席から動かない様子を見て、ヒロインである小田桐藍那が心配そうに見ていた。でも、これは全部貴女の所為でもあるんだから。ヒロイン以外のクラスメイトも心配していたようだけど、声をかけてはこなかった。
怖い。怖い。こわい。コワイ。
言霊を持っているだけあっての、声の威圧。確かに〝椎名楓〟を殺した張本人。
もう二度と、事故で死にたくないのに。僕はお婆さんになって、寿命まで生きたいのに。
「――楓?」
ハッとする。話が終わったのか、紅くんが声をかけた。クラスメイトの前だとか、そんなのはもう気にしない。気にする、余裕がない。
ああ、お願いだから。死にたくないんだよ、お願いだから。
――こちらに来ようとしないでよ、小田桐さん。
「大丈夫。だけど、ちょっと保健室行ってくるよ」
「俺も行く。支えるから……」
不安そうな顔。そういえば、僕がここまで取り乱したのは初めてかもしれない。僕は大体紅くんをからかう側で、いつも笑ってなんでも受け流していたから。でも、無理なんだよ、紅くん。僕って、命をかけているんだよ。
あまりにもリアルな死体の画像。マニアではない子が吐くほどの怖さ。それを知っていたら、できたんだと思う。ヒロインを真面に認識すらしていなかったのに。
僕は確かに――虚ろな目で、草薙友弦を睨んでいた。
ふ、と何かが抜けた感じがした。泣き声が聞こえて目を開けた。
ここは――――どこだろう?
白の並ぶ部屋。白いベッドがあって、白いカーテンがあって。ベッドに横たわっている体。その体の、顔のところも、白い布がかけられていて。
ああ、そうか。思う。これは、〝私〟の死体だ。
トラックに轢かれて、即死。子供を庇ったとか子猫を放っておけなかったなど、綺麗な理由なんてない。信号無視のトラックが突っ込んできて。そのまま思考はブラックアウト。
きっと、泣いているのはお母さんだ。記憶が戻った時にも聞こえていた、声。美月、美月、と〝私〟の名前を呼んでいた。
――どうして、僕は〝これ〟を見ているのだろう。〝私〟が死んで、何年経ったのだろう。僕がこちらで生きているように、十年以上経ったのだろうか。それとも、今この映像は生放送中、ということだろうか。〝私〟はどうなった。
『お願い、死なないで、お願いよ、死んだなんて言わないで!』
『美月、美月! 嘘だろ!? ふざけんじゃねええええ』
『お姉ちゃん……。お姉ちゃん、って。ねえ、ママ……?』
ずっと甘やかしてくれたお母さん。シスコン気味だったけど、優しくて大好きだったお兄ちゃん。まだ小さくて状況を理解していない妹。もう何も言わない、お父さん。親不孝をしてしまったのだと思う。親より早く死ぬな、と。親孝行はそれだけでいいと言ってくれたのに。その親孝行さえできなかった。彼氏はいなかったけど、今思えば凄く恵まれていたと思う。そんなに裕福でもないのに、欲しいものはほとんど全て買ってくれた。誕生日が来るたびに友人が家で祝ってくれた。サプライズされた時、当分彼氏なんていらないや、と思ったこともある。
戻りたい。嘘じゃない。でも、戻りたくないと言っても嘘になる。
だって、紅くんがいる。新しい家族がいる。椛お姉ちゃんもいる。転生して新しい人生を歩んでいる。これ以上の幸せを望むなんて、死んでいった人に失礼だ。
でも、――でも。そういえば、――そういえば。ずっと、――ずっと。記憶を取り戻して、死亡フラグを回避しようと決意し――それでも、――――泣いたことは、一度もなかった。泣けなかった。家族にどうして泣いているのかと聞かれ、前の家族を思って泣いたなんて言えなかったから。前世がどういう問題ではない。今の家族があるだけ、幸せなのに。
会いたい。お母さんに。お父さんに。お兄ちゃんに。妹に。友人に。クラスメイトに。お世話になった先生に。孫を楽しみにしていた祖母、祖父に。
憎い。憎いよ。〝私〟を殺した人。トラックで轢いた人。恨んでいる。それでも、何もできない。何もしたくない。戻りたいと願って家族に会ったなら、言葉を交わしたなら、きっと、僕じゃなくなる。
――もう、いいんだ。いいんだよ。ありがとう。未練はあるけど、頑張って泣いてみるから。
「ありがとう」
神様。
映像を見せていた、〝目〟は嬉しそうに細くなった。隣に大きな目があるというのは、結構違和感のあるものだが。
映像が消えた。目も消えた。家族が消えた。病院も真似た空間も消えた。そこから、――僕も消えた。
既視感。覗き込み黄色の目。赤い髪が視界の中で揺れた。
前回倒れたのは、ヒロインが転入した初日。あれから二日たった。二日しか経ってない。
「ああ、もう」
今回は倒れてないが、目が覚めて幼馴染が泣きそうだったのは、二回目。そういえば、紅くんは僕に何かあった時に毎回泣きそうだった。心優しい紅くん。僕の幼馴染。いいなあ、綺麗な心を持っていて。羨ましい。それがゲームの設定でもね。
それでも、誰かの思い通りになるのは嫌だから。
「久しぶりに泣いたなあ」
泣いていたのは、認めてやらない。
死に別れなのに泣かない人とかいないよね、ってお話。
白蓮さん登場。この人結構な変人(笑)だって貴様とかww