act,5_友人役Aの難敵・壱
ヒロイン始動
『初めまして、小田桐藍那です。転入したばかりで分からないこともあって迷惑かけるかもしれないけど、宜しくお願いします』
目が笑っていないことが分かっているのだろう。口元は、明らかに引きつっていた。
転入初日、無駄に広い学園に道を迷っていた時、彼に声をかけたのが間違いだった。偶然か隣の席になり、彼――草薙友弦にうざいくらに構われる。友弦(そう呼べと言われた)は外見が目立つし、話しかけてくれるのは嬉しいが、傍にいるのは中々控えたい。その所為で、友達もできなかった。凄く馴れ馴れしいし、疲れる。
二日目の今日も、友弦は煩かった。暫く無視し続ければ、やっと耳障りな声から解放される。構わないでほしいのに、どうしてこう突っかかってくるんだろう。
――やめてほしい。もう、温かさはいらない。どうせ、皆裏切るんだから。ほっといて。名前で呼ばないで。〝あの子〟みたいだから。
放課後の学園は、まだ生徒がたくさん残っていた。学科ごとの課題やクラブ活動で忙しいのが見える。何が面白いのか、話し合っている生徒が笑っていた。何の話だろうか。
――ああ、羨ましい。どうしてあんなに、綺麗に笑えるんだろうか。そんな生徒を見ていると、途端に自分が惨めになってきて、一人になりたくなった。おかしな話だ。一人になりたくなくて、学園に入ったのに。
誰もいない部屋はないかと、探していた。教室は全滅。開いてそうな音楽室も人がいた。だが、音楽室と理科室の間にある理科準備室。ここなら誰もいないんじゃないかと思って、中に入った。予想通り、誰もいなかった。用もなく入っても、教師に見つからなければいい。暫くは座って、休んでいた。
落ち着くと今度は焦りが湧いてきた。出るとき、誰かに見つかったらどうしよう。……いや、休んでいるところを見つけられなかったら、探し物をしていたと言えばいいんだ。何も問題はない。人がいるところに行きたい。その場から離れようとした時。
「……ん?」
誰かに呼ばれた気がして、振り返る。だが誰もいないし、そもそもここに入る前に、ちゃんと確認した。ここなら一人になれるのだと、自分以外誰もいないのだと。
――気のせいか。
今度こそ立ち去ろうと顔をドアに戻す時、何かを見た。
「え?」
再度振り返る。見た何かの違和感は、壁だった。
物が置かれている中、真後ろの壁は何か裂け目のようなものができている。裂け目のような隙間からは、冷たい風が吹いた。
「これ……、隠し扉ってやつ? うわ、本当にあるんだ」
力を込めて左へ押し、開いたドアから中へ入る。そこは白色しかない廊下だった。三メートルほど先まで続いていて、奥にドアが右と左に二つある。興味に勝てず迷わず進み、利き手の左のドアの中へ入った。鍵がついてないなんて、凄く不用心だ。
中は質素で、イスと――棺桶があった。だが、それ以外には何もない。棺桶がある時点で驚き、中に入ってそれに触れた時また驚いた。中に、誰かいる……。
これは少しだけ悩んだ。結局、この部屋に来たときのように好奇心にまけて、棺桶を開けた。中には――人がいた。短い黒髪に、日焼けた肌。目は瞑っていて分からなかった。棺桶の中で眠っている姿は、端正な容姿を加え、まるで吸血鬼のようだ、と思う。
見惚れて寝顔を見つめていれば、その人は何分もしない内に起きた。黒目が、私を捉える。
「…………誰」
声の抑揚がなく、黒髪の彼が言った。
――どう答えよう。隠し扉は、そう、隠してあったのだ。もしかしたら、立ち入り禁止のヤバいところかもしれない。名前を、名乗ってもいいのだろうか。
「小田桐、藍那」
「…………」
彼は最後私に目もくれず、部屋から出て行った。部屋に残ったのは私と、中身のなくなった棺桶。無口な彼を追いかけようとはせず、私はそこで呆けていた。いったい、なんだったんだろう。立ち入り禁止なんてないんだろうか。いや、もしかしたらあの人も興味で入ってきた人かもしれない。なんだ、溜息を吐いて安心したのも束の間。ドアの向こうから足音が聞こえてきた。しかも、複数。さっきの人が私のことを言ったんだろうか。どうしよう、隠れないと。とっさに、棺桶の中に入って、蓋を閉めた。
ドアを開ける音がする。
「あー、まだ誰も来てないですねえ」
「俺と友弦と聖夜が一番か」
「友弦、イスを用意してくれる?」
「了解でーす。あ、創操も手伝ってー」
ドクン――
びっくりした。ここに来たのがただの男子生徒なら、何も思わないが、ここに来た人(多分三人で全員)の内の一人は、散散構い倒してきた草薙友弦だったから。
ドクン――
ばれるな、ばれるな。あいつに質問攻めにされたくない。初日だけで十分だ。
ドクン――
「今日、全員揃いますかねー?」
「白蓮は分からないね。雷先生は今日来られるってさ」
「あー、白蓮。アイツ偉そうなくせして、いつも一人だけ遅れてくるよな。どうにかなんねえの?」
「直接注意すると拗ねちゃうからねえ。雷先生をネタにして、それなりにやってみようか」
会話から考えるに、私のことがばれてはいないようだ。ホッと胸を撫で下ろすのも束の間、誰かの足音が棺桶に近付いてきた。
「まだ、覚めないね……」
何を、と考える前にあの黒髪を思い出す。セイヤと呼ばれたその人の声は辛そうで、今にでも泣きそうだった。きっと、棺桶を挟んで見ている顔は、哀しみに歪められているのだろう。
――違う。もう、目は覚めてる。
――ここにいるのは、私だよ。あの人じゃない。
棺桶の中から出て、そう言いたかった。でも、意気地なしの私は出られない。出て、向けられる視線にきっと耐えられない。
足音が、少しだけ遠ざかった。同時にドアが開く。
「「あー、もう来てたー」」
「僕たち結構早く来たのにねー、思闇」
「ボクたちお菓子貰わないで来たのにねー、紫艶」
「俺も女の子巻いてきたのにー!」
「俺様よりも早いか。流石だな、空閑」
「テメエらハエーな。流石俺の下僕たち」
「「うわあ、バカイチョウが何か言ってるー」」
「俺がバカイチョウだアホ!」
「おい、知ってっか? 遠藤。バカっていうほうがバカって言うように、アホっていうほうがアホなんだって、さ」
「くそっ! 下僕のくせに……、下僕のくせに!」
「「バーカ!」」
「テメエらなあ!」
「「アハハハ~」」
部屋が一気に賑やかになる。入ってきたのは全部、いや、一人以外知らない人だ。声を聞いたことがない。水里先生以外。黒い棺桶の中が寒く感じた。緊張が高まる。もしばれたら、と震えあがった。驚いて注目される自分を思い描く。――落ち着け。さっき近くまで来たのに気付かなかったんだ。何もしなければ、絶対にばれない。
「「あとは紅貴だけだね~」」
「遅くないけど迎えに行っちゃう? 思闇」
「言っちゃおうか? 紫艶」
「シアンくん、シエンくん。もうちょっと待ちましょう?」
「「水里せんせえ」」
さっきから仲のいい二人を、窘める水里先生。
それは、次にドアの音がすると、やっと終わった。最後のドアで入ってきた人は声を発しなかったため、分からなかった。
「全員揃いましたね」
友弦の声。
「よかった。今日は全員来てくれて。一人も欠けなかったことに感動を覚えるよ」
さっきの泣きそうな声とは違う、棘のあるセイヤの声。
「しゃーねえだろ、俺も一応教師だ。お前らと違って仕事があるんだよ、仕事が!」
苛立ちげな、声。
「言い合っている場合かよ? ――今日の集会は随分と急だったじゃねえか。なんかヤベーことあるんじゃねえの?」
溜息混じりの声。
この部屋は、なんなんだろう。改めて思った。
隠された部屋に何人もの生徒と教師が集まって、いったい何を話すのか。秘密にしないといけないこと? 費用がかかるのに、隠し部屋を作るほど? いったい、皆にどんな接点がるの? 出るのは疑問ばかり。
「今日の議題は、一般生徒に俺らの能力がばれてるってことね」
軽い声。だけど、その言葉で部屋にざわめきが起こっていた。
――能力? 才能、の言い間違いとか? でも、それならばれても問題ないよねえ……。
意味が、分からない。
「その一般生徒は――昼間、火八馬が屋上に連れて来てた子なんだよねー」
その声は、一旦言葉を切ると、続けた。
「――そう、椎名楓ちゃん」
椎名楓。その名前は、今日の朝聞いた。黒髪を赤いリボンでツインテールに結んでいた可愛い子だ。今日イメチェンしてきたらしく、どうして今日なのかと、友弦に聞かれていた子でもある。席が近いから、あの人だかりに行かなくても、会話が聞こえたのだ。その椎名さんが、なんなんだろう。〝何か〟を〝知った〟のが、椎名楓――? それは、何を……?
それが、この部屋に集まっている理由だと言うのか。
「貴様、ばらしたのか」
責めるような剣のある声が降ってきた。貴様、と言われた相手は答えず、椎名さんの名前を出してきた、その人が答えた。それは違う、と。火八馬は言ってないよ、俺の力がそう言っている、と。また、〝力〟? さっきは能力って言ったけど、何のこと? もしかして――いや、考えちゃいけない。だって、そんなわけがない。まさかとは思うけど、異能とかでは、ないと、思う。多分。
「ただどうしてか、楓ちゃんが何で力のことを知っているか探ろうとしても、力が跳ね返されたんだ。……まるで、誰かが守っているみたいにね」
今まで話していた人の声が、少しだけ低くなった。部屋は完全に沈黙している。
「でも……、力を跳ね返す能力なんて、杠にはいませんよ?」
困惑をした水里先生の声。話していた人は、勿論、と答えた。
「それはそうなんだけどね。だから、集会。ただ知っているだけなら、空閑に記憶を消してもらうだけでいいから。まあつまり――力を隠している生徒がいるんじゃないか、って」
――え? 記憶を、消す?
空閑。さっき、セイヤと呼ばれていた人だ。その人が、どうやって記憶を消すって?
まさか……。いや、そんなわけない。だって、超能力だなんて。でも、そうじゃないなら、なんで隠し部屋なんて。でも、そんな。
「火八馬……、さりげなく聞けたりする?」
呼ばれた人は、声を出さない。
「「じゃーどうするー?」」
「僕行くー?」
「ボクも行くー」
仲のいい二人が言った。
すると、ヒヤマはようやく声を出した。
「近々、合わせるようにする……」
言葉とは裏腹に、嫌そうな声。その声を聞いて、分かった。ヒヤマは、同じくクラスの火八馬くんで、今朝椎名さんと一緒に教室にきた、赤い髪の人だ。
一度、ドアの音。それと同時に、声。
「監視もしておけ」
その声は、棺桶の近くで聞こえた。人が、近くにいる。
ドクン――
ばれないように、しないと。
ドクン――
ガッ!
「こいつも、中々起きんな」
「白蓮! なんてことをするんだ!」
セイヤの咎める声。
今、棺桶を蹴った。……気付かれてないよね?
「空閑。いい加減無理矢理起こしたらどうなんだ。傷など、とうに治っているだろう」
「あのね、白蓮。夢移がどれだけ傷を負ったか、君も見ていただろう?」
「だからと言って、時間が経ちすぎだろう。甘やかしすぎだ」
それから、ビャクレンと言われた人と、セイヤが口論になった。二人の声が近いためか、それとも言葉を発していないのか、他の人の声は聞こえない。このまま乗り越えられるのか。不安になった時、悪魔のような言葉。
「っかしーなー。夢移、今日起きるはずなんだけどよお……」
口論していた二つの声が、もっと騒がしくなった。
「晁未? それ、どういうことだ?」
「どういうこと、って……そのままの意味だぜ? 今日、目が覚めるって、見たし」
――見た。目が覚めると、見た。
冗談を言っている様子はない。でも、まさか……、じゃあ病気? でも、教師まで?
ドクン――
近付く足音。
ドクン――
近づく声。
ドクン――ドクン――がちゃ
開いた、棺桶。
見つかった……。
棺桶を覗き込んだのは二人。一人はウェーブの黒髪に、空色の目をした人。もう一人はプラチナブロンドに赤い目の人。
一人我に返って私を棺桶から引っ張りだし、押さえつけたのは、そのアルビノの人だ。
「貴様いつからいた!?」
これが、私と彼らの始まり。
次回はヒロイン編でミッチー(笑)視点です。白蓮くんは空閑くんが大好きらしい。
朝日さん→お姉さん、これから多分出てきます。
楓ちゃんを泣かす達人です(酷い)。きっとチョーク投げも出来ます
あ、〝無効化〟ですね。それはあの怖い人なんですよ(笑)
チョーク投げは逃げようとして頭をどかしたら、それが隣の子の頭とごっつんこしますww
拍手ありがとうございました^^