act,1_友人役Aの目が怖い
シリアスなどない
僕こと椎名楓は、小中高一貫杠学園の二年一組の女子生徒である。杠は受かるか落ちるかは関係なく、入学式当日でテストがあり、その成績でクラスが分けられる。男女比は考えられていない。数が若い方が頭のいい生徒がいるということで、五組まである。我ら一組は男子が多い。男子って、頭がいい人多いからね。
その杠に入る前は、僕は小学四年生まで普通の小学校に通っていた。
だけどその時、ずっと頭の中に、よく分からない記憶があった。その記憶は、自分とは違う女の子が主人公らしく、黒髪黒目で二つ結びが常時のその子は、最後トラックに轢かれて死んでしまった。その子が死んでからも少しだけ光景は続き、その子の母親が医者に泣いて何かを叫んでいたところで終わる。
他の誰にもないその記憶が、気持ち悪かった。小さい頃は嘘つき呼ばわりされ、両親からは困ったように笑って僕を窘める。その内本当に嘘つきなんじゃないかって思って、その時から仲良かった紅くん話した。最初はお前おかしいなって言われて傷付いたけど、話を聞いた後も遊んでくれたことが嬉しくて、ずっと一緒にいる。
だから校則にも厳しくて、頭がいいと入れないと言われる杠に行くと言った時も、迷わず着いて行った。
そして杠に入って――その内記憶のことは忘れていたんだけど……。
あの転入生を見た時。頭が割れるような強烈な痛み。どこからか楽しそうな、思い出せとの声。全部、あの時に思い出した。
前世の名前は山中美月。乙女ゲームが大好きな腐女子で、根っからのオタクだった。パソコンも一日五時間はしていたし、夢小説だって見ていた。乙女ゲームの中で一番好きなのは【溺れる恋愛~paranoia~】というもの。溺愛をテーマにしたもの、なのだけれども、バットエンドとデッドエンドが多すぎて、しかもそのエンドが攻略対象のヤンデレ化。溺愛より狂愛を求めて買う人の方が多かった。
僕もそれの一人だったんだけど、とあるキャラを見て思考が変わった。
それは主人公の友人役のキャラだった。
名前は椎名楓。今の僕である。
どうして変わったのかというと、そのキャラが攻略不可にしては魅力的すぎたからだ。いつでも笑顔で主人公を支えて、顔も中性的で一人称が『僕』だから、最初は攻略対象だと思っていた。だけど、実は女子生徒で攻略不可。極めつけは友人役。そのゲームについての要望で、一番多かったのは椎名楓の攻略キャラ化だった。
そんな感じで友人役なわけだけど――――ぶっちゃけ嫌だ。あのヒロイン、苦手だし。それに下手すればヤンデレに巻き込まれる可能性があるじゃないか。そんなシナリオは無かった気がするけど、アレはゲーム、コレは現実。どう動くか分からない。
それに、既に僕はシナリオを一つ崩している。転入初日、友人役の椎名楓は倒れなかった。主人公が席についたところで宜しくね、と名前を言いに行き、そして案内で知り合った風紀委員長の草薙友弦と話、仲良くなる。ゲームは途中までしかしていなかったが、漫画が出ていてそっちの絵柄が好きだったから、全部読んでいる。
「楓、終わったか?」
ドンドンと叩かれるドア。
「女の子の支度は長いんだよ。もう少し待ちたまえ」
制服を私服に着替える。ラフなTシャツに七分丈パンツ。シンプルが好きなため、Tシャツには英語が少し書かれているものだ。
「もういいよー」
そういうと、紅くんが入ってくる。
ふと、思った。制服のままということは、家に帰ってないということか。きっと、紅くんのことだから、倒れた瞬間驚いて急いで帰って来たんだろうなあ。僕を連れて。それじゃあ、転入生のことは知らないか。
「あ、ねえ紅くん」
「あ?」
「僕って熱とかあった?」
「いや、知らねえ。保健室行かずに帰ってきたからな。――なんだよ、熱いのか?」
コテン。
額とくっつけて首を傾げる彼。なんでもないような平然とした顔。僕の顔に、熱が溜まってきた。
「紅くん。この歳になってこれはちょっと……恥ずかしいかな」
「は……、っ!?」
言葉の意味に気付くと、僕と同じく顔を真っ赤にして飛び退く。自分がやったことに恥ずかしくて何もいえず、パクパクしている。だが僕も何も言えない。両者の間の沈黙。……なんだ、この最近付き合い始めたカップルのような、初々しいピンク色の空気は。
「そ、それで、どうなんだよ、具合は?」
キョドリすぎだよ、君。
「心配してくれるのかい?」
「は!? ちがっ、俺に迷惑かかるだろうが! 勘違いすんな!」
言ってからそっぽを向く。眉間に皺が寄って、あからさまに不機嫌、という顔をしているが、長年一緒にいれば、それが恥ずかしがっていることに気付く。何も言わないでずっと見ていると、どんどん顔が俯いていく。そして、落ち込んでいることに気付く始末。
「あー、ただの頭痛っぽいから、別に熱はないかな。今も熱くはないし……」
「早く言えよ……。俺はもう帰るぞ。なんかあったら呼べ」
「了解です、サー。多分すぐに呼ぶよ」
「誰がサーだ、早く寝ろ」
熱とは関係なくまだ具合が悪いと思っているのか、そう言い捨てて帰る紅くん。帰ると言っても、家が隣で、しかも漫画のように部屋がすぐそこだ。窓を開ければ話が出来る。
紅くんのいなくなったドアを少しの間見つめた。少しだけ、うん、少しだけ、寂しいものだね。
「それにしても――」
……少し、性格が違くないか?
火八馬紅貴は、バットエンドのヤンデレ属性が暴愛系だから、もっと乱暴だった気がする。トゥルーエンドではツンデレで終わっていたが、あんなに分かりやすかっただろうか。
「まあ、いいか」
……。
……。
…………いや、よくない。
もしかして転入初日のイベントを、僕が崩してしまったから、シナリオが変わっている?
いやいやいや、困る。それは困るよ。凄く困る。もし、あのヒロインがデットエンドを迎えたなら、僕まで巻き込まれることになるんじゃ?
…………やめてくれ。もう二度と、不幸な事故で死にたくないんだ、僕は。
「それなら――」
ニヤリ。笑ってみた。
「回避せねば」
と、余裕綽々と言ってみる。実際は滅茶苦茶焦っていますよ、そりゃあもう焦っているよ。だって、死ぬかもしれない。物語である主人公は死なない法則なんてない。そもそも、僕は主人公じゃなくて脇役だ。友人役Aなんて死亡フラグが立ちすぎている。多分、既に三本くらいあるかもしれない。只今の死亡フラグのグラフが欲しい。
ガコンッ。
「って、は?」
いきなり、何かが落ちてきた。頭に当たって落ちたそれ。白色をしたそれは、どうみても人が日常で携帯する、携帯電話である。汚れ一つない携帯はどう見ても新品のもので、壊れたらどうするんですか、といない人に問いかけ、冗談で上を見ると。
「――――」
いた。いや、あった。何がって、人じゃなくて目があった。
部屋の天井に、小さなブラックホールのようなものがあって、そこから僕を除く大きな一つの目。血走っているし、しかもそれ以上顔の部分が見えないのが怖い。
じっと見ていれば、その目はブラックホールと共に消えた。……なんだったんだ?
「いや、本当なんなんだよ!」
冷静でいなければとついついスルーぎみだが、これでも凄く驚いている。だって、怖いだろう。天井に大きな目が張り付いていて、しかもそれ以外の顔のパーツがなくて、そこから落ちてきた携帯が今もここに残っているだなんて。
「……」
開いてみた。画面に文字がぎっしり詰まっていた。
「ぎゃあああああ!!」
怖い! 怖いよ! ホラーだよ! なんなんだ!? 本当に何があった!?
「どうした、楓?」
声のした方に振り替えると、ドアップの顔。
「ぎゃあああああ!!」
「うっせえよ、何なんだ!」
「うん、ごめん。本当はそこまで驚いてはない」
でも確かに、これはホラーだ。何で書いてあるかはまだ読んでないけど、どうせ呪いのメールかなんかだ。読まない方がいい。処分しよう。ゴミ箱へ一直線スポーンだ。
って、思ってるそばから携帯拾おうとしないでよ、紅くん!
「紅くん、それ呪いのメール! ――多分!」
「は、お前ダチから呪いのメール貰うのか?」
……え?
小首を傾げている(可愛い!)紅くんから、携帯を受け取る。開いて画面を見るが、そこにさっきの文字の羅列はなかった。変わりに、メールの送り主の名前が『友人』。信じちゃダメだよ、紅くん。将来は詐欺に引っかからないように頑張らないとね。ていうか胡散臭すぎる。どうしよう、開けるべき?
「――紅くん、開けてくれないかい?」
「は? 別にいいけど……」
こっちに寄って、僕の変わりに携帯を開けてくれる。開いたメールの内容を、開けた紅くんの隣から覗き込み、見た。
送り主、『友人』。件名、『やっほー』。
本文。
『特典だぜー』
紅くんは意味が分からないのか、何も言わない。だが、僕はそうじゃない。メールの本文に書いている〝特典〟の意味が、元オタクなら分かる。そう、前世はオタクの腐女子。
てか、超怪しい!!
主人公の目が怖いなんていつ言った(笑)。
もしかして分かりずらかったかもしれないから補足
・転入生来ました
・実は小学四年生まではなんか記憶がありました
・転入生の顔を見てパーン
・うわww前世だったんだwwしかもゲームの中かよww
……みたいな。