act,19_友人役Aの予想外なヒロインの思考
ザクザクと土を掘るスコップの音、二つ。見下ろす先には大きな穴。見れば誰でも、それが落とし穴だと分かるだろう。ああ、なんで私、こんなことしてるんだっけ。
そうして脳裏に過ったクラスメイトの姿に、溜息を吐きたい気分になった。
「悪戯してみない?」
満くんにそう言われて、既に数日が経っていた。
警戒心が強いためか、それともそう思っているのは自分だけではないのか、よく心の底が見えない笑顔で言われて、少し迷ってから頷いたのも覚えている。
いや、普通の悪戯だとは思わなかったけど……まさか中庭に落とし穴を作るとは、…………誰も考えないだろうな。
穴は既に一人が丸々入れるほど深くなっている。三日前から作業してきた。
学校の中庭にこんなもの作っていいのか不安になったが、そこは生徒会権限と生徒会長に頼んで威圧でどうにかしてもらうと言っている。
一応その場にあった大きな木が二つ、その影に作っているだけあって、わざわざ見に来ないと分からないようになっていた。
「大分掘れたねー」
「うん。……でも、悪戯ってこれだけ?」
聞くと、相変わらずの笑みで首を横に振る。
「えっとね、目標の楓ちゃんが藍ちゃんと一緒で、能力のこと知ってるかもしれないっていう話は、聞いてるよね?」
「うん、この前、水里先生に」
「じゃあ結構手強い相手だってことは?」
「椎名さんが? そうなの?」
一見、そこらへんにいる普通の学生にしか見えないが。
あの小さな頭の中に、能力者を欺くことができる術を持っているのだろうか。
「いや、まあ、知ってるっていうのはもう俺の力で分かってるんだけどね? あっちがボロを出してくれないから、能力なしで認めさせることができないんだ」
「どうして能力使っちゃだめなの?」
「それで楓ちゃんの待遇が変わるからだよ」
クエシュチョンマークを取り出した私に、それが顔に出ていたのか満くんが一度スコップを止めてその場に立て、人差し指を天に向けて説明し出す。
「俺たち能力者はお金持ちが多くて、その財力でいろいろもみ消していることもあるんだ。でも本家と分家の人間だけじゃ、全部は不可能でしょ? それで十二の家が協力しているんだけど、普通に働く人もいるから、他のお偉いさんの子供が傘下に入ったりするんだ。そういう人間は、俺ら能力者の家に『超能力者がいる』っていうのを噂ぐらいには知ってるんだ。もし何かボロを出しても、噂のお陰でちょっと可笑しな子供ぐらいにしか捉えられないで、回避できることもあるからね」
「そうなんだ」
「そ。それで、藍ちゃんが殺されなかったのはそういうのも関係してるんだ。藍ちゃんが知っているのは、僕らが能力者であるということだけ。言ってしまえばね、噂を知っていると同じくらいにしか捉えられないんだよ。――だって、知ってるだけじゃどうしても証拠なんて残らないでしょ? 写真取ったって、世間は加工したものだと思うし。知っているからと言って、俺らにしては何の重みにはならないんだ。藍ちゃんが俺らを潰そうとしている、他の財閥の人間とかでもないし、野心家というわけでもないから」
「な、なるほど……」
簡単に決められたと思っていた待遇は、意外にもよく考えた上でのことだったらしい。言われてみれば納得できる話だし、そもそもそれを意外だと思った自分が恥ずかしく見えた。機密を知られた処遇がそんな簡単に決められるわけがないのに。
「でも楓ちゃんは自分が能力者のことを知っているって隠してるし、どうして知っているのか、どこまで知っているのかも探れない状況になっていてね。だからわざわざ力のことを話していらない情報渡してもいけないし、嫌な考え方だけど、知っているのが俺らの中に裏切り者がいるってこともありえるし。だから能力なしでどうにか探ろうとしてるんだけど、まず話題がないし、それを作るために生徒会に誘っても馬鹿みたいだけど、余計に探れないような理由で回避させられたし…………あーあ、さっさと認めてくれないかなあ、そしたら藍ちゃんも関係者の女の子と仲良くできるし、もっと華が増えるのに」
「仲良く……?」
「うん。だって藍ちゃん、友達作ろうとしても、そんな秘密があったら隠してるのに罪悪感が募ってきて、我慢できなさそうだし?」
「うっ、」
「それに女子の友達、欲しいでしょ? 俺らはもう友達だけど、やっぱり同性と異性じゃ違うものもあるしね」
「――――友達」
満くんは私が呟いたのを何と勘違いしたか、笑顔でうんうんと頷く。
友達。そうだ、友達作らないと。今までは満くんに友弦がいたから教室で一人になることはなかったけど、それに甘えてちゃいけない。少し、怖いけど。自分から話しかけないといけない。
それに……思えば、能力者関係でも迷惑をかけてばかりだ。
私が皆の話を聞いていたばかりにその対応に追われたり、思い返してみれば私があんまり情報を吸収しないように気を遣っていたり。
私も――何か役に立ちたい。
「あの、さ、満くん」
「なに?」
「私が仲介人になるよ。どうにかして……椎名さんと仲良くなって」
「本当!?」
もう少しだけ穴を広くしよう、ともう一度スコップの先を土に埋めていた満くんは、そのままの態勢を維持したまま顔だけこちらに振り向いた。ぱあっと輝いた笑顔を見て、余計なことではないかと不安になっていた気持ちがスッとなくなっていく。
「助かるよ! ……あ、でも、俺らでも無理だったんだから、できないって思ったらすぐにやめていいからね?」
「うん」
返事はしたけど――やめるつもりはない。
ここでやめたらまた甘える結果になってしまう。
「でも、どうしよう。どうやって話しかけようかな?」
「切っ掛けは大事だよね……。――――あ、そうだ、もうすぐ体育祭があるじゃん! それを利用したら?」
「体育祭?」
季節は既に六月。どういうことかと聞くと、どうやら杠では夏休み直前に体育祭があり、それが終わると一週間あたりですぐ夏休みに入るそうだ。
その間生徒会の仕事が多くなってクラスに来られなくなるものの、その時に一緒の競技に出れば――――話題はできる。
「そっか、そうだね。うん、そうする」
「あ、でも楓ちゃん意外と楽しそうなのを優先すると思うんだよねえ……。仮装リレーとか、障害物競走とか。よくて二人三脚とか――あ、」
「二人三脚!」
それが一番いい。それなら二人でやることも多いし、他の邪魔も入らない!
「藍ちゃん、喜んでいるところ悪いけど、楓ちゃんが立候補しないと何も始めらないよー」
「あ、そっか……」
「まあいろいろパターン考えておいてもいいだろうけどね。もうあと二日ぐらいで決めるんじゃないかな? 生徒会の仕事でもあるし、そういうのは大体授業にやる気のなくなる午後にやるからさ、水里先生に言っていくから、決める日になったら教えてあげてって」
「ありがとう」
これでもまた迷惑かかるかもしれないけど……その分役に立てばいいか。
そう思って、作業を開始した。
※
昼休みももうすぐ終わる。落とし穴を巧妙に隠して、今は友弦と昼食。意外なことに友弦は弁当を持ってきていて、一人で食堂に行くのも嫌なので一緒にすることになったのだ。ちなみに、満くんは水里先生に呼ばれているらしく、作業が終わったら別れた。
で、今は友弦に私が仲介人になることを説明中。
「――――それでね、私ができるだけ椎名さんと一緒の競技になれるように、友弦に協力してほしいんだ」
「いいけどー、具体的には?」
「椎名さんは面白い競技にばっかりでるって言ってた。そういうのって定員が少ないのばっかりだから、友弦も同じものを立候補して一緒になれる確率を増やしてほしいんだ。それだったら私か友弦に当たる可能性が高くなるし、私に当たっても友弦に当たっても話す時間は多くなるし」
「ふーん、まあいいよ? どれに当たっても楽しめる自信あるし?」
あっさりと頷いた友弦は、ニンマリと笑う。可愛い顔に似合わない笑い方は、それでも嫌味な雰囲気はまったくない。
体育祭まであと一週間もない。
そこでどうにかして、椎名さんに近付かないと――!




