act,15_友人役Aの学校から去ったあと
ヒロイン、小田切藍那視点
一目見た時から、綺麗だと思っていた。高慢が故に折れないその性格にも、しかし認めた者には優しいその姿勢にも。自分にはないものだと思って、そして、それが手の届くところにいると知って――恋に、落ちた。
※
「え、また?」
「うん、ごめんねえ。ちょっとまた、理科準備室来てね」
超能力者の秘密を知り、転入三日目で学校に慣れてきた今日この頃。放課後にまた隠し部屋――彼らが称するには理科準備室らしい――に来てほしいと、満くんに頼まれた。何か、呼ばれるようなこと。私、何かしたっけ……?
「ああ、ただの報告だよ。そんなに身構えなくても」
「……勝手に読まないでよ」
「いやあ、聞きたくなくても自然と聞けるようになってるんだよ」
私の緊張を茶化して言う満くんは曖昧に笑った。少しイラつくけども、わざわざ教えてくれるわけだから、きっと悪い人ではないんだろうけど。
知らず知らずに溜息を吐く。疲れや呆れからではなく、焦りからだと分かっていた。
過去を引きずらず、人ともっと関わって行こうと決心したのに。それなのに、私は今、成り行きで一緒にいる皆といるだけ。自分からクラスメイトに声をかけてもいない。
――意気地なし。
最初は仕方がないだなんて言い訳、自分にまで効かない。
せめて、何か盛り上がれるような話題――趣味があればいいけど。
ふと、筆記用具を鞄に入れながら教室の一角を見た。今日も、そこは空いている。
別に来ていないわけではないけど、転入初日に目の前で倒れられたら、誰でも気になる。
椎名さん。今日も保健室行き。また倒れたんだろうか。少し気になる。
「声、かけてみようかな……」
気軽に、大丈夫か、と声をかけるだけ。それだけでいい。うん、そうしよう。でも、今日は授業終わっちゃったし。満くんから呼ばれた集会もあるから、明日じゃないとね。
鞄を持って、早速理科準備室へ向かう。合鍵が渡されているため、もう鍵がかかっていても関係ない。
行き違う生徒の笑顔に心を痛めながら、ふと思う。
あの人も、今日来るんだろうか。
個人的には来てほしいが、しかし来てもらっても緊張して困る。顔に表情が出やすいためか、好意がばれないかずっと必死だ。
ガラッ――ガラガラピシャン
理科準備室のドアを開けて、閉めた。
今、何か見えなかっただろうか。
「はいはい、よかった帰ろうとしてなくて」
出てきたのは、満くん。
「入って入って。あ、鍵はちゃんと閉めてね。今日は一先ず、もうすぐ来る水里センセをいれた四人で話すだけだから」
そこにいたのは、緑に近い暗い黄色の髪――能力者関係の、雷……なんとかくん。確か名前が珍しかった気がするんだけど、苗字しか思い出せない。雷くんと私と、後は水里先生と満くんの四人。あの人は、今日は来ない。ほっとする反面、残念に思う。
だが、今はそれが問題じゃない。今の問題は、台の上にあるその凶器。
どう見ても、スタンガンである。
「なんで……スタンガンが?」
「あ、今日はそれのことで話が合ってね。ちょっとしくじっちゃって」
「うん……?」
「――――すみません、少し遅れましたね」
ノンビリした声が聞こえて、ドアの方を見る。
そこには水里先生が紙の束を持って立っていた。
「何その……、それ、何かのプリント……?」
「ああ、椎名さんについて纏めたものですよ。本家が送ってくれたんです」
「椎名さんがどうかしたんですか……?」
「取り敢えず、座りましょう」
水里先生はそう言うと、いろいろな教材が置いているテーブルに紙の束を置く。イスを運んできたため手伝って四人とも座ってから、報告が始まった。
「まずは僕からですね」
と、水里先生。
「椎名さんのご家庭ですが、普通のご家庭でしたよ。椎名さんのご両親が能力者というわけではないようです。椎名さんが異能を持っているならば、突然変異となりますね」
「じゃあ、隠れた能力者の集まりが俺らを監視している、って説は……」
「恐らくないでしょう。僕らの家も全て調べてもらいましたが、過去に能力者が家を出たこともないそうです」
「おお、一先ず安心?」
「ですね。他に集まりがあるのなら家同士が衝突する可能性もありますから……」
話を続ける三人に、取り残された私は焦ってストップを入れた。
「待ってください。その前に、どうして椎名さんが調べられているんですか?」
普通のことを言ったと思う。
だがどうしてか、三人は固まってしまった。
「?」
「え、っと……もしかして、この事も知らされてない?」
「誰かに聞いたもんと思ってたけどなあ」
「これは申し訳ありません。知っていたものだと思い……」
困惑する満くんに、笑いだす雷くん。
頭を下げだした先生に慌てて声をかける。私はただ知りたいだけだから、謝る必要はないし、知らない私も悪いのだから。
「実はですね、小田桐さん。椎名さん、ええと、椎名楓さんのことなのですが……」
「知ってます。同じクラスっていうのもありましたけど、ほら、よく倒れてるから」
「なら、話は早いですね。――椎名さんは、小田桐さんと同じように能力者について知っています」
「……え!?」
「椎名さんはそのことを隠し通そうとしていて、こちらは対応に困っていまして。敵対する意志もないようですが、機密ですので放っておくことも出来ず。もしかすると能力自体を持っている可能性もあります」
「嘘……」
私が知らない間に、いろいろ事が進んでいる。そういえば、クラスメイトの火八馬くんがずっと眉間に皺を寄せていた。もしかしたらあの不機嫌は自分の幼馴染が疑われていることに対してなのかもしれない。または、自分がそのことを知らなかったからか。
状況の整理ができないまま、今度は満くんが爆弾を起こす。
「さっき、しくじっちゃったって言ってたでしょ?」
「うん……」
「実はさ、ちょっと荒療治なことをしちゃったんだ」
「荒療治?」
「うん、ちょっとスタンガン変わりに雷の力を使って、意識を、ね。うん」
言いにくそうに目を逸らす。
「そうして力を使ったの? スタンガンを直接使えばよかったんじゃない?」
「それも思ったんだけどさー。やっぱり、跡が付くみたいだから。それなら力使った方が、あとで紫艶のテレパシーで、ちょっと記憶を薄れさせたら、なかったことにできるし。だから、これはあくまで参考程度というわけで……」
「成程、ね……。あ、でも結局スタンガン使わないで、どうなったの?」
「あー……。藍ちゃん、雷の頬見て何か思うことない?」
そう言われて、雷くんの方を向く。行き成り名前が出てきたことに驚いたのは、目を見開いていた。その目の下。左目の、下。頬にある白いもの。あ、と今更に気付く。いつのまに怪我をしていたんだろ
う。……ええと、言いたいこと。
「…………大丈夫?」
「いや、そうじゃねえだろ」
怪我している本人にツッコみをいれられた。
「火八馬がね、その時ぐーぜん声をかけてきて、ね。その、見ちゃったのよ。自分の幼馴染が襲われているー、みたいな……。俺が雷を盾に……」
つまり、椎名さんを気絶させている時に火八馬くんがその現場を見てしまって。満くんは雷くんを盾にしたから怪我はなかったけど、その変わり盾にされた共犯である雷くんは殴られて頬を怪我したということで。
取り敢えず、満くん。
「友達を盾にするとか……」
「えー、女の子なら守ってあげるけど、野郎ならまあそこそこ頑丈でしょ?」
そういう問題じゃない。
「それに、本当に怖かったんだって。怒り狂って力も使いそうになってたから、びっくりした。ほら、ここ髪切ったんだけど、ちょっとだけ燃やされた証拠なんだよ」
ああ、と思い出す。一応、能力者とその能力を全て聞いていたけど、一回じゃあんまり覚えられなくて。その中で火の力はやっぱり定番だよね、と思って覚えていたんだった。
それにしても火八馬くんが激怒って……、あんまり想像つかない。いつも一人でいるし、笑顔を見たことがない。ずっとそういう、クールな性格かと思ったから。やっぱり、幼馴染だから仲良いし、思い入れが強いんだろうなあ……。
「それで、結果はどうでした?」
「火八馬が来る前に紫艶に力を使ってもらったけど、やっぱり干渉はできないみたい。――あーあ、紫艶の力が制限なしで、思い通りにできたらなー。やっぱり、一番力が強い風間に話し通せばよかったかも。火八馬も力を使おうとする前に抑え込めたし」
能力にも、制限はある。回数の制限はないが、体力が奪われて歩けなくなることもある。それに、その能力をどれだけ発揮できるかも関係する。力が弱い紫艶くんは、テレパシー。少しだけ脳を操れるけど、本当に少しだけ。記憶を薄れさせることと、一時だけ意識をなくすことだけが、唯一の力。
「もう過ぎたことだろ。それより、被害者本人はどうなったって? 火八馬を見た時、大分混乱してたみてーだけど」
「さっき火八馬に電話して聞いてみた。なんら問題ないって。……ただ、火八馬の不機嫌はどうするかなあ……。電話して『は? 容体? 別に何も』『用はそれだけか?』『じゃ』で終わりだったよ。あっちから切られた。どうするかなあ……?」
「どうもしねえよ。火八馬に謝ったってどうしようもねえけど、その、椎名ってやつに謝ってもその記憶は気のせいってことになるから、直接謝ることもできねえし」
「それはそうだけど……」
別に能力を悪用していないのに。例え調べることとはいえ、ちょっと扱いが酷いんじゃないんだろうか。記憶がないとしても、少しの好意がないわけではないだろう。何でそんなことして平気なんだろうか。火八馬くんが激怒していることにも、同様に。
「酷いかな? 俺はちょっと上機嫌なだけだよ? 心痛いさ、勿論」
また、心を読んだ満くんが言う。
「本当に~?」
「本当だって」
「……なんで上機嫌なの」
「まるで上機嫌なのが不満みたいだね?」
「だって、人を傷つけておいて、上機嫌って」
「別にサドっ気があるわけじゃないし、ほら、記憶もなくなるでしょ?」
「じゃあ、なんで……?」
満くんの口元が緩んだ。
「可愛い寝顔を見たからね」
寝顔。可愛い、寝顔。美少女の、寝顔。
ああ、もしかして椎名さんの寝顔、ってことかな?
寝顔で上機嫌って……。
「満くんってチャラいだけなの? それとも椎名さんのことが好きだから?」
「本当に単刀直入だね!」
「あ……」
まずかったかな……。友達ができたのって久しぶりだったから。しかも男とか初めてだし。あんまり距離感が分からない。
「あ、別に悪いわけじゃないよ? ちょっと驚いただけ」
「そっか……」
ホッと、息を吐く。よかった……。
「うーん、そうだなあ。女の子は好きだけど、楓ちゃんが可愛いってのもあるかなあ。好きかどうかは、秘密だよ」
「……」
それは、好きだと言っているようなものなのでは?
でも本当に惚れてない時も、そういうかな。どっちかは、結局分からないか。それでも、そこまで聞けるまで仲が良くなっているのかな、とちょっと嬉しくなる。
「椎名さん……」
隠してみるみたいだけど、もしかしたら秘密を共有する仲間になるかもしれないんだ。それなら、やっぱり声をかけてみよう。
「じゃあ、他に報告はないよね? お開きにしよう。本当に準備室を使う人が来る前に、出て行かないとね」
その声にハッとなり、部屋を出る。まだ私は知らないけど、もしかしたら教材を取りにくる生徒がいるかもしれない。そんな時にこの四人でいたら……言い訳が思いつかないし、それに見目のいい三人がいることで話題になるのは目に見えてる。
「それじゃあね、三人とも。藍ちゃん、送れなくてごめんね。用事があって……。雷! 途中で帰ったりしたら駄目だからな!」
「しねえっつの、そんなこと」
「満くんバイバイ。先生も、また明日」
「はい、皆さんまた明日」
挨拶をし終わると、雷くんと一緒に帰る。今日の満くんは用事があって無理だから、とわざわざ頼んでくれていたらしい。あんまり話したこともないけど、これを断っても空気が悪くなるし、人と話す練習にもなる。対話力をつけないと。
そう思っていると、雷くんから話しかけて来た。
「なあ、小田桐」
「何?」
「お前、椎名ってやつと知り合いなのか?」
「ううん、会話の中で言ったように分かると思うけど、クラスメイトっていうだけだよ。挨拶もまだできてないんだ……。椎名さんが、どうかしたの?」
「いや、別にどうかしたってわけじゃねえけどよ……皆会ってるみてえだから。俺は顔も知らねえし」
「そうなんだ?」
「黒兎も会ってるって言うし、偶然らしいけどあの風間まで会ってるんだぜ?」
ドクッ――
「え、あ、風間先輩も?」
「おう」
行き成り名前が出てきて驚いた。そっか、あの人も、もう、会ってるんだ。
「あ、噂をすれば、ってやつだな」
「え……」
見上げた顔が、前を示している。視線を追い、そこを見ると。
銀にも金にも見えるプラチナブロンドに、赤い赤いその目。その目が私を捉えた時、もう一度胸が高鳴った。
そこにいたのは、生徒最強の能力者である、風間先輩。
「よお、風間」
「敬語を使え貴様」
「まあ、いいじゃん。卒業するまでは暗黙の了解ってな、言わせんなよ」
「……」
暗黙の了解がどうとかは分からなかったけど、その言葉に風間先輩は不服そうだ。そんな表情のまま、視線が話していた雷くんから、私に移る。美貌なだけに迫力があって、少しだけ怖い。でも、見てくれたことは嬉しい。何も言わないけども。
「んじゃあな、風間」
「ああ。くれぐれもその女から目を離すなよ」
「普通に守ってやれ、って言やーいいのによ。心配か?」
「そういう意味じゃない」
「はいはい」
もしかしたら、この分かりやすい反応で、もう雷くんは気付いているかもしれない。風間先輩の横を通り過ぎた後、一度だけ振り返る。先輩はそのまま理科準備室の方向に向かっていた。
ああ、本当に、無謀かもしれない。
好意どころか敵意を持たれているかもしれない相手を、私は好きになってしまったのだった。
楓、ピンチか?
それともチャンスか?
取り敢えずフラグフラグ




