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act,8_友人役Aの視線が恐ろしい

ほのぼのに見せかけたヤンデレ成分/十万アクセス突破



 お約束のように開放されている屋上。そこには三人の女子生徒がいた。

 一人は亜麻色の髪と目を持つ完璧美少女。

 一人はアプリコットの髪と黒目を持つ美少女。

 一人は黒髪を赤いリボンでツインテールを作っている美少女。

 そんな美少女しかいない空間の中で、残念な会話がされていた。


「金坂くんは……受けよ!」


 カッと目を開きながら言う完璧美少女――城之内麗華先輩。


「いいえ、金坂くんは……攻めです!」


 同じくカッ、なアプリコットの髪を持つ美少女――小田桐藍那。


「二人とも、違いますよ。金坂くんは……誘い受けだ!」


 また同じくカッ、な僕――椎名楓。

 あれ、なんでこんなことになったんだっけ……?







 少し前に遡る。

 二時間目頃に保健室から戻ると、物凄く心配された。隣の席の沢井さんなんか、そのまま早退するんじゃないかと心配で、今日一日のノートを取るつもりでいたらしい。まあ、それもそうかもしれない。昨日はどうもなかったけど、一昨日はいきなり倒れて早退。一日挟んでまた体調不良とか。それにしても沢井さんの字、綺麗だなあ。

 と思って和んで半ば現実逃避していたのが罰なのか。罰なのでしょうか、神様よ。

 ――視線を感じる。


 自意識過剰なわけではない。確かな視線を感じる。イメチェンになった僕はそれほどまでに可愛いのだろうか。ナルシストではない。そこそこ可愛いと思うのだ。ナルシストではない。でもクラスメイトの視線でもなく、探るような草薙の視線でもない。昨日口説こうとした(あるいは口説いた)金坂からの視線でもない。何度でもいうがナルシストではない。もしやと思うが、というかもうそれしか可能性なくねえか、と心の中で諦め、斜め後ろの廊下を見る。


 いた。廊下の角から、こちらを眺めて――いたけど、見られていることに気付いて慌てて隠れた生徒。見えなくなる前、若干涙目で怯えた態度はまさにあの人。

 ――地島黒兎。生徒会書記。

 名前であるコクウを、くろうさぎと書くのは、名は体を表すというか。性格を露わしている。攻略対象では珍しいネガティブ思考の持ち主。アイアンブルーの長い前髪と、隠れ気味の紺色の目。

 超能力は地(つまりは土や鉱物)を操る力であるアースキネシスと、ロジック・マスターと呼ばれる電脳の力だ。ロジック・マスターは、サイバースペースを自由に行き来できたり、インターネットを自由に歩き回れたりする力のこと。


 ヤンデレ型は自傷系服従ルートである。寂しさで自傷、嫉妬で自傷を繰り返すキャラ。自傷を繰り返せばヒロインが会いに来てくれる、心配してくれると思っている慰めたくなる人だ。自傷を繰り返しても会いに来てくれなかったなら、アナタのためならなんでもなります、とか、アナタの傍にいれるならなんでもいい、とか言ってしまう謙虚モドキ。裏を想像すればMっ気でもあるのかと思ってしまう。少しストーカー型の双子と似ている。自分に危害がない分、守りたくなるキャラ。だってチワワのようにプルプルしているんだもん。クソ薙――じゃない、草薙も見習えばいいのに。



「……」



 ひょこ、と顔を出す黒兎。



「…………」



 ガン見する僕。



「!?」



 焦ってまた隠れる黒兎。



「………………」



 まだ凝視する僕。



「…………何やってんの? 二人とも」

「もうやめてあげようよ、楓ちゃん……」



 半分笑い、半分呆れの表情で訪ねてくる金坂。

 可哀想だよ、と少し焦ったように言う沢井さん。

 だって見られていたら気になるよ。しかも保健室から戻ってくるまでずっとだよ? 誰とは分かってはいても、寒気はするし正直気持ち悪いよ。ヤンデレ型がアナタヲササエマス的なやつなだけに余計にね。



「うん、まあ、やめるとして。――君は出てこようよ」


 話しかけられた黒兎は暫くして、廊下の角から出てくる。小刻みに震えている姿を見ると、アイアンブルーの髪の隙間からケモ耳が生えてきそうだ。ああ、幻覚が見えてくる。どうしてこんなに可愛いキャラが、ヤンデレ化になりきれるかなあ。そんなことを思いながら生暖かい目で黒兎を見るが、出てきたはいいが近づいてこない。今まで隠れていた角の隣にいて、一向に動く気配がない。



「えっと……こっちオイデ?」



 土管の中で震えている猫をオイデオイデと引き寄せるように、手首を振る。やっているのは僕だけではなく、沢井さんと金坂もやっている。廊下でイケメンと微美少女二人が、傍から見たら苛められっ子のような震え方をしている男子生徒を、笑顔でオイデオイデしている。中々にシュールだよ、これは。

 だがそれも、僕の言葉が効いたのかパアアアと笑顔になって近づいてくる男子生徒がいることで、無くなる。やっぱり可愛いねえ。オドオドしすぎるところはちょっとイラッと来るけど、こういうところは癒されるよ。本当はオイデオイデしたくないんだけどね、いくら本人に害はないとしても、彼の周りが危険だから。会話なんて接点できそうなものはしたくないんだけどね。でも多分。その内草薙とのカップルリングに悶えて、ボロを出すと思うから。だって可愛いもの同士、hshsなるから。



「――それで、何の用だったのかな?」

「うえ!?」



 聞けば逆に〝え?〟みたいな顔をされた。僕の方が驚きなんだけど。

 用があるから見てたんじゃないのかい?



「あー、純粋に話したかったんじゃない?」



 フォローをいれる金坂。でも残念ながら、説得力がない。小田桐藍那と友人でない僕なんて、この世界では名前のないモブと一緒なのだから。友人役ではないと、名前を与えられないほどの脇役なのだから。話したいと思うのは小田切藍那関係のみ。それ以外、生徒会と風紀委員(攻略対象)が話しかけてくるのはおかしいのだから。



「……そうなの?」



 問えば頷く。揺れるアイアンブルーが綺麗だ。



「……そうなの」



 コクッ



「……まじで」



 コクッ



「……本当に?」



 コクッ


 頷くたびに幻覚の尻尾が揺れて見えて可愛い。だが嘘だろう? 僕と話すためだけに来たなんて。普通の生徒なら分かるが、生徒会の一員が、だよ? 今日は朝にも攻略対象に会ったし、今は金坂と黒兎二人と話している。僕、どうすればこの状況から逃げられるんだろう。でもここで黒兎の話しましょう攻撃を反撃すると、ファンクラブが煩くなる。それでも、今日この場所にいたくないんだけどなあ。黒兎の攻撃(?)を反撃せず、ここから立ち去る方法……。



「ええと、ごめんね。僕ちょっと先生に呼ばれているのを思い出したから、また今度」



 嘘を言えば背後に黒兎が顔を両手で隠してしゃがみこんだ。金坂がそれを見て苦笑しながら、よしよし、と彼の背中をナデナデしている。ちょ、こんなところでさり気なく腐的な場面を出さないでほしい。悶えるからやめてほしい。というか、何事かい? 黒兎は何に哀しんでいるの?



「ああ、楓ちゃん。呼ばれているなら言っていいよ?」



 なんかよく分からないけど、ありがとう金坂よ。君、こういうところだけ役に立つよね。お言葉に甘えてこの場から離れさせてもらうよ。沢井さんに軽く手を振って、職員室に行くフリをする。本当は別に呼ばれていないので、職員室には行けない。さて、近くで休もうか。もうすぐ休み時間が終わるから、あまりにも戻ってくるのが早かったら、間に合わなかったって言えばいいし。


 結局ウロウロしたあと、今いる場所から一番近い女子トイレに入った。三番目の個室と、なんかオカッパヘヤーの花子さん出てきそうな場所でも、気にしない。トイレの個室で時間が経つのを待つなんて、なんだか苛められっ子のような気分である。でもフラグ回避のためなので、これも気にしない。それに、女子トイレと言えば女子の本音が自然に集まる便利な場所だ。できればファンクラブの会長さんである城之内先輩が来ないかな。来ないか。あの人三年だもんねえ。と、個室から出ようとした時。隣の個室から誰か出たのか、ドアの音と手を洗う水の音がして、その後声がした。



「こんにちは、小田桐藍那さん」



 望んでいた、城之内先輩の声。しかも呼んだのは、教室にいないと思っていたヒロインの小田桐藍那。城之内先輩は、自分と小田桐藍那以外誰もいないと思っているのだろう。僕はトイレに用があって来たわけではないので、さっきから音を立てていない。それに、すぐに出るからと、トイレの鍵を閉めていない所為だ。早めに話が終わってくれないだろうか。もうあと一分で次の授業が始まる。



「こんにちは…………誰ですか?」

「私は城之内麗華。生徒会ファンクラブの会長をしているの」



 生徒会のファンクラブ。何故わざわざ生徒会の、と言ったか。普通のファンクラブなら、個人のファンクラブが存在しているだろう。だが、ここは悲しいかないろんな意味で普通ではない。ファンクラブも、生徒会で一つ、風紀委員で一つとなっているのだ。

 そうなると、城之内先輩えがファンクラブの会長になっているのは必然。亜麻色のストレートの髪に、同じ色の目。柔和な性格。優秀と呼ばれる成績。僕である椎名楓がこちらに来たとき、本気で小田桐藍那がヒロインであるのが不思議に思った。どう考えても、正統ヒロインは小田切藍那ではなく城之内麗華だ。美少女ではあるが、どうしてこの暗い小田桐藍那がヒロインなんだ?



「はあ……何の用でしょうか?」



 それに、ほら。天然といえばいいが、悪く言えば馬鹿だ。ファンクラブの会長と名乗ってまで話しかけてくるのは、その慕っている生徒会についてしかないだろう。そして、会長にと同じファンクラブの生徒から推薦させられた彼女に、その言葉。知らないとはいえ、一個人の先輩として敬いにも、失礼なんじゃないだろうか。

 自分は不幸だ不運だなどとほざきながら、夢で未来を見る能力を持つ大場夢移に幸せを保障されている。それなのに、自分が幸せになれるはずがないと拒み、優しい人たちを傷付ける。僕の、このゲームへの思い入れは強い。だから、不幸な自分に酔って攻略対象を傷付けるヒロインに、あまり好印象を持てないのだ。



「ええ、小田桐さん。あなたに忠告します。生徒会に近付くつもりならば、結果と周りに与える影響を考えなさいね」



 だが、ここは大人の城之内さんが譲歩する。あれ、これ、実況?



「――控えめな脅しですね」



 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………あーあ。もう駄目だ。もう無理だよ。この人の立場を使って楽しんでいた過去の自分にイラつく。

 何なの、コイツ?

 もしかして、生徒会と少し話しただけで脅されていると思っているの、この馬鹿は。それで苛められそうになっている私、可哀想。やっぱり不幸なのよ、って。ああもう、なんてこんなに馬鹿なんだろう。僕も、どうしてこんなにイラついているんだ?


 ――――ああそうか。絶望してる。こんなやつの選択次第で、僕の命がなくなることに。


 個室のドアを開けた。出てきた僕に、まあ、と口に手を当てて驚いている城之内先輩。小田桐藍那は僕を睨んできた。



「盗み聞き?」

「自意識過剰だね。ナルシストなの?」

「な、」

「君の小さい頭はもうお忘れかな。ここは公共の女子トイレであり、誰がいてもおかしくない場所だって、ちゃんと分かっているのかい? そもそも、どうして僕が君の会話を盗み聞きしなきゃいけないんだ?」



 そう言うと黙ったが、睨んでいる目はやめていない。



「小田桐さん。君、自分に非があることをまだ理解していないの?」

「どうして私が」

「一つ、先輩に対して失礼な態度を取ったこと。二つ、優しい忠告を脅しだと言ったこと。三つ、その失礼に君が気付いていないこと。それだ」

「失礼? 私がいつそんな真似を」

「気付いていない時点で失礼なんだ。君は甘やかされて育ったのかい?」

「は!? ふざけないで、私の何が分かるって――」

「ほら、そんなところが失礼だと言っているんだよ。まず、失礼なことをしたと指摘されたなら、先輩に謝り、何をしたか考えるべきだ。そもそも、君の〝何か〟を僕は知ろうとは思わない。というか、君の過去に何があったとしても、この場に置いて通用すると思っているのがおかしいんだよ」



 図星で思うところがあったのだろう、睨む目は随分に威力を失ったが、その目を変えるわけではないようだ。その変わり、黙ってはいるが。当たり前だ。僕は正論しか言っていない。今彼女が睨んでいるのも、自分が指摘されたことへの逆ギレじゃないか。どうして、僕が君に睨まれなきゃいけないんだ。君は漫画の見すぎだよ。用心するのはいいけどナルシズムはやめてくれないか。



「……すみませんでした」



 小田桐藍那が、頭を下げた。自分が気付いていないだけで、根がまだ素直なだけいいことだ。気付いていない分厄介だから言うつもりはないが。



「いえいえ、私も言葉が足りなかったたわ。この後、時間ある? 説明も加えて、少しお話したいの」



 城之内先輩の言葉に混乱していた小田桐藍那だったが、非礼のことを指摘されて断りにくかったのかもしれない。渋々と言った様子で頷いた。

 その時チャイムが鳴り、長く感じた休み時間が終わる。二人は授業をサボって話すのだろうか?

 そんな他人事に思っていると、名前の通る麗しく花のような笑みを浮かべて、城之内先輩は爆弾を落としてくださった。



「あなたも、よかったら一緒にお話しできないかしら。小田桐さんも仲がいい人と一緒の方が、いいわよね?」



 やめれええええええ。というか、どこを見て仲良く思われましたかお嬢様(?)。

 小田桐藍那も不快までは思わないようだが、まだ困惑している。



「ちゃんと指摘してあげることはいいことだわ。それを理解せずに他の子に対して失礼をしたら、口論ですまなくなることもあるもの」



 その言葉に、ようやく気付いたのか小田桐が顔をあげて、僕を見る。

 そう。もしここで僕が彼女のことを指摘しないとする。城之内先輩はファンクラブを纏める力もあるし温和だけど、ファンクラブの中に過激派がいないわけでもないのだ。そういう生徒は、いくら会長がどれだけ注意しても、影ではいろいろやっている。声をかけたのが会長でなければ、会長が忠告しなければ、過激派の生徒が話しかけて来たとしたら。彼女は当然同じ態度を取り、過激派を怒らせることだろう。

 …………。まあ、ぶっちゃけるとそこまで考えてなかったんだけどね!



「それで、あなたは来てくれる? 行くなら屋上でいいかしら?」



 そうして、没頭に戻るのだ。








 夏に入りかけた今、六月の風は生ぬるい。まだ長袖の制服に、涼しい風が恋しくなる季節。二人の美少女を前に、僕はようやく我に返る。僕はいつの間にか……自然に会話していた……だと!? あまり腐女子さを表に出さない僕が!?



「ええと、二人は腐じょ――」

「貴腐人の方がなんだか言葉に気品があるわよねえ」

「腐っているんじゃなくて、進化しているのよ。発酵女子なの」



 つまり否定はしないわけだね。よーく分かった。ていうか、攻めと受けを普通に語っている時点で腐女子と言わない方が可笑しいのだ。それでも、金坂の誘い受けは譲れない。あのチャラ男、実は男も女もイケるとか言われているけど、ただお気楽なだけでもあり、いざとなると男らしいが、実は内心ヘタレでもあるのだ。【溺れる恋愛~paranoia~】でヘタレと言えば風紀委員長である遠藤晁未だが、真のヘタレは金坂である。



「まさか城之内先輩が同士だなんて……」

「私のこと、忘れてない? 椎名さん」

「ああ、ごめんね。忘れていないよ。ただ城之内先輩がインパクト強すぎたんだ……」



 容姿端麗。成績優秀。運動神経も抜群であると聞く城之内麗華。まさに完璧美少女。そんな彼女が、同じ腐女子だったなんて。それにしても先輩は金坂受け派か……。確かにそれも捨てがたいが、小田桐藍那の主張する攻めもいい。だけどやっぱり誘い受けは譲れないのだ。



「ふ、うふふ」

「ふふふふふ」

「腐腐腐腐腐」



 楽しいねえ。



ヒロインって周りから見たらイラつくのよ(笑)

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