第7話 条件を公開するという選別
移住希望者がいる。
それ自体は、良い兆候のはずだった。
だが、レオンは手放しで喜べなかった。
「三名です」
エマが資料を置く。
「家族構成、年齢、前居住地、納税履歴……ここまでは確認できています」
レオンは目を通す。
農業経験者、一名。
職人見習い、一名。
日雇い労働者、一名。
「問題は?」
「全員、“条件次第”です」
その言葉に、ガルドが鼻で笑った。
「条件がいいから来る、か」
それは悪いことではない。
だが、この領地では——危険だった。
「受け入れる」
レオンは即答した。
「ただし、条件を公開する」
エマの手が止まる。
「……公開、ですか」
「ああ。全員に同じ条件を提示する」
「特例は?」
「作らない」
沈黙。
エマが、慎重に言った。
「それは……選別になります」
「そうだ」
レオンは否定しなかった。
翌日。
掲示板に、新しい紙が貼られた。
移住受け入れ条件(暫定)
・最低一年間の定住意思
・税の減免なし
・支援は既存住民と同条件
・規則違反時は即時是正
内容は厳しくない。
だが、甘くもない。
ざわめきが起きた。
「え、支援は同じだけ?」
「新しく来る人に、特別扱いはないのか」
「逆じゃないか?」
声が重なる。
ミラも、掲示板の前にいた。
「……これ」
彼女は紙を見つめたまま言う。
「来る人、大丈夫なんでしょうか」
「来るなら、条件を飲む」
レオンは答えた。
「来ないなら?」
「それまでだ」
ミラは少し黙った。
「……私たちが、選んでるみたいですね」
「そう見えるか」
「はい」
その言葉は、責めてはいなかった。
だが、重かった。
午後。
商人ギルドのローゼンが現れた。
「……大胆ですね」
彼は率直だった。
「条件を“全部”公開するとは」
「裏で交渉する方が良かったか?」
「市場的には、その方が柔軟です」
ローゼンは続ける。
「しかし、これは……排他的に見える」
「事実だ」
レオンは認めた。
「だが、不公平よりはましだ」
ローゼンは少しだけ目を細めた。
「住民が反発しますよ」
「既にしている」
正確には、戸惑っている。
善意が、線を引く行為に変わる瞬間だった。
夜。
館の裏で、ガルドが言った。
「嫌われ役を買ったな」
「最初から、そのつもりだ」
「だがな」
ガルドは低い声で続けた。
「住民は、“仲間”を欲しがってる。制度じゃない」
レオンは答えなかった。
代わりに、ミラが言った。
「……弟が、帰りたいって言ってました」
その一言で、空気が張り詰める。
「王都で働いてるんです。でも……」
「条件は?」
レオンが聞く。
「……税は、嫌がってます」
沈黙。
条件は、誰にとっても同じだ。
ミラは続けた。
「もし……条件を緩めたら」
「それは、特例だ」
「分かってます」
彼女は唇を噛んだ。
「でも、それって……この領地を守ることなんでしょうか」
レオンは、すぐには答えなかった。
ここだ。
信用は、誰のためのものか。
「……ミラ」
レオンは静かに言った。
「この条件は、“信じられるかどうか”の線だ」
「人を信じる線、ですか」
「違う」
レオンは首を振る。
「約束を守れるかどうかの線だ」
それを越えられないなら、
この領地は、また壊れる。
翌朝。
返事が届いた。
三名のうち、二名は辞退。
一名は、条件を飲んだ。
「……一人」
エマが呟く。
「十分だ」
レオンは答えた。
量ではない。
質でもない。
——“同じ条件で生きる覚悟”だ。
だが。
掲示板の前で、声が上がった。
「冷たい」
「選んでる」
「前より厳しいじゃないか」
それを、ミラは黙って聞いていた。
彼女の表情は、揺れていた。
レオンは理解していた。
信用を制度にした瞬間、
誰かの願いは、切り捨てられる。
それでも。
レオンは条件を撤回しなかった。
帳簿に、新しい行が加わる。
人口:+1
たった一人。
だが、この一人が意味するのは——
この領地が、選ばれたという事実だった。




