番外 決めるということ
ある日、一通の手紙が届いた。
差出人は知らない名だった。
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> 私は小さな町の書記です。
> あなたの記録を読みました。
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> 先日、堤防を直すかどうかで揉めました。
> 国の基準では「様子見」でした。
>
> でも、私は決めました。
> 失敗したら、私の責任にすると。
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手紙は、そこで終わっていた。
成功したとも、失敗したとも書かれていない。
ただ、
**決めた**とだけ。
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レオンは、その紙を折りたたむ。
返事は書かない。
必要ない。
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かつて、彼は国に向かって言った。
制度では信用を作れない、と。
正しい設計でも、人は育たない、と。
あの時、
誰も頷かなかった。
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だが今、
名も知らぬ書記が、
自分の名前で決めている。
制度の外で。
保証もなく。
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エマが、机の横に立つ。
「……増えましたね」
「ああ」
「何がですか」
レオンは、少し考えてから言う。
「覚悟だ」
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国は、今日も正しく回っている。
事故は減り、
秩序は守られ、
数字は整っている。
それはそれで、
悪いことではない。
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だが、
別の場所で、
別の形で、
人が決めている。
失敗を恐れながら。
責任を引き受けながら。
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レオンは、執務室を出る。
畑では、若い農夫が迷っている。
「今年は拡張するか、どうか」
誰も答えを持っていない。
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「どうする」
レオンが聞く。
農夫は、少し考える。
空を見る。
土を見る。
仲間を見る。
そして言う。
「やります。俺が決めます」
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「失敗したら」
「俺の責任です」
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レオンは、頷いた。
それでいい。
正しいかどうかは、
あとで分かる。
だが、
決めなかった未来よりは、
前に進む。
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世界は、大きくは変わらない。
国家も、
制度も、
正しさも、
きっと残る。
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それでも。
誰かが、
自分の名前で決める限り、
世界は、
静かに、動き続ける。
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それが、
この物語の答えだった。




