第36話 戻る場所
リューン領の空気は、王都よりも重かった。
澄んでいるわけでも、
活気があるわけでもない。
ただ、
**人の気配が、近い。**
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「……お帰りなさい」
門番が、少し驚いた顔で言った。
「ああ」
レオンは、それだけ答える。
特別な歓迎はない。
だが、拒絶もない。
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領主館。
執務室は、彼が去った時とほとんど変わらない。
帳簿は整い、
税率も安定し、
合議の記録も続いている。
**彼がいなくても、回っていた。**
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「……必要ありませんでしたね」
エマが、静かに言う。
「それでいい」
レオンは、椅子に腰を下ろす。
「制度は、人に依存しない方がいい」
それは、
かつて王都で否定された考えだ。
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午後。
来客があった。
隣領の代官。
小さな町の代表。
名前も知らない実務官。
公式な会合ではない。
予定にもない。
ただ、
**戻ったと聞いて、来ただけ**だ。
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「……国では、無理でした」
最初に口を開いたのは、代官だった。
「改革は続いています」
「でも、決められない」
レオンは、黙って聞く。
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「失敗すると、責められます」
「成功しても、国に取られます」
「だから、何もしないのが一番安全です」
誰も、声を荒げない。
これは、
愚痴ではない。
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「だから」
町の代表が言う。
「ここで、聞きたいと思いました」
「何を」
「……どうやって、決めていたのか」
レオンは、少し考えた。
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「決め方に、正解はありません」
そう前置きしてから、言う。
「ただ、
**引き受ける人を決めていました**」
「失敗したら」
「その人の責任です」
ざわめき。
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「怖くありませんでしたか」
実務官が、率直に聞く。
「怖い」
レオンは、即答した。
「だから、逃げない人間が必要だった」
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「国は」
誰かが言う。
「逃げ道を、用意しすぎた」
レオンは、否定しない。
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日が暮れる頃。
人は、自然に帰っていった。
約束も、
同盟も、
文書もない。
だが、
**何かは残った。**
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夜。
エマが、ぽつりと言う。
「……国に戻らなくて、いいんですか」
「いい」
レオンは、灯りを落とす。
「ここには、
まだ“決める余地”がある」
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翌日。
小さな連絡が届いた。
失敗事例の共有。
判断の経緯。
結果。
どれも、非公式だ。
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レオンは、
それを机に並べる。
王都の記録局なら、
価値のない紙だ。
だが、ここでは違う。
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窓の外。
畑が広がっている。
人が、動いている。
完璧ではない。
だが、止まっていない。
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レオンは、
深く息を吸った。
ここが、
**戻る場所**だった。
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