第3話 善意でやったことが、一番人を減らした
改革は、早い方がいい。
それは内政の常識だ。問題を把握したら、手を打つ。躊躇すれば被害が広がる。遅れは無能の証明になる。
——だからこそ、レオンは“あえて”早く動いた。
「農具の無償貸与を行う」
レオンは執務室でそう告げた。
机の向かいに座るエマが、即座に数字を確認する。
「在庫は?」
「倉庫に眠っている分がある。修繕すれば使える」
「対象は?」
「申請制。農地を持つ者」
ガルドが腕を組んだ。
「……善政だな」
「短期的にはな」
レオンは分かっていた。
これは“正しい”政策だ。
だからこそ、試す価値がある。
数日後。
領内に告知が回った。掲示板に貼られ、口伝えで広がり、申請書が集まる。
集まった数は、想定より少なかった。
「申請者、二十七名」
エマが淡々と報告する。
「……少ないな」
「農地保有者の半分以下です」
それでも、実施した。
農具は配られ、畑の一部で作業効率が上がった。収穫量も、僅かだが増えた。
数字だけを見れば、成功だった。
——だが。
数日後、エマが眉をひそめて戻ってきた。
「……苦情が出ています」
「内容は?」
「農具を受け取れなかった農家からです」
レオンは一瞬、言葉を失った。
「申請制だ。条件は公平だろう」
「はい。ですが——」
エマは言葉を選ぶ。
「申請できる人間だけが、得をしています」
レオンの脳裏に、ミラの顔が浮かんだ。
「申請しなかった理由は?」
「“どうせ、来年には取り上げられる”そうです」
その瞬間、空気が変わった。
レオンは立ち上がり、窓の外を見る。畑が見える。確かに、農具を持つ者と持たない者の差が、はっきりと出ていた。
「……格差が」
「生まれています」
エマははっきり言った。
「しかも、“信用を置いた者”だけが損をしている形です」
信用を置いた者。
申請しなかった者。
様子を見ることを選んだ者。
彼らは、何も得ていない。
いや——
置いていかれた。
ガルドが低く唸った。
「昔と同じだ」
「……何が」
「領主が変わるたびに、最初に得をするのは“動ける奴”だけだった」
レオンは拳を握った。
善意でやった。
正しいことをした。
なのに、結果は——
「人が減っています」
エマの報告が、追い打ちをかけた。
「減った?」
「二名。昨日、隣領へ移りました」
たった二名。
だが、この領地にとっては重い。
「理由は?」
「……農具を受け取れなかった農家の家族です」
レオンは、目を閉じた。
理解した。
善意は、ここでは“裏切り”に見える。
選ばれなかった者は考える。
——やはり、ここは変わらない。
——また、取り残される。
だから、去る。
夜。
レオンは帳簿を開いていた。
税収、支出、人口。
そこに、新しい数字が加わる。
人口:—2
紙の上では小さな変化だ。
だが、胸の奥に残る感覚は重かった。
「……俺が減らした」
レオンが呟く。
エマは否定しなかった。
「はい。ですが、あなた一人の責任では——」
「違う」
レオンは首を振った。
「俺が、“早く結果を出そう”とした」
沈黙。
しばらくして、ガルドが口を開いた。
「だから言っただろ。期待するなって」
「……ああ」
レオンは立ち上がった。
「改革は、凍結する」
「完全に?」
「少なくとも、“与える改革”は全部だ」
エマが少し驚いた顔をする。
「それは……支持を失います」
「既に失っている」
レオンは机に手をついた。
「信用がない場所で、成果だけを出そうとしたのが間違いだ」
帳簿を閉じる。
そこに書かれた数字は、正しい。
だが、正しさは人を救わない。
「次は……」
エマが聞く。
レオンは、静かに答えた。
「何もしないことで、約束を守る」
エマが息を呑む。
「それは……政治として、非常に危険です」
「分かっている」
だが、今この領地で必要なのは、改革ではない。
——裏切らないことだ。
レオンは帳簿の最後のページを破り、新しい紙を置いた。
そこに、はっきりと書く。
信用回復計画(第1段階)
・新規施策、実施しない
・既存契約、必ず履行
・支出、全公開
「まずは、“何もしない”という約束を守る」
それが、この土地で最も難しい改革だと、
レオンはもう理解していた。
帳簿の上で、数字が静かに並んでいる。
そこには、失敗の記録と——
次に進むための、唯一の道があった。
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