第28話 最初の違和感
報告は、順調すぎた。
改革開始から三か月。
各地の数字が、王都に集まってくる。
「納税率、平均で七%改善」
「未納率は、ほぼ全域で低下」
「苦情件数も減少傾向」
会議室には、安堵の空気が漂っていた。
誰も、声を荒げない。
誰も、机を叩かない。
理想的な会議だった。
クラウスが、レオンの方を見る。
「……どう思います」
試すような視線ではない。
確認だ。
「数字は、嘘をついていない」
レオンは、正直に答えた。
「ただし——」
言葉を切る。
「語っていないことがある」
「何が、ですか」
若い官僚が、率直に聞く。
レオンは、資料を閉じた。
「現場の声です」
沈黙。
「苦情件数が減った」
レオンは続ける。
「それは、“満足した”とは限りません」
「では、何だと」
「諦めた可能性があります」
空気が、わずかに冷える。
別の官僚が言う。
「諦めるなら、
なぜ納税率が上がるのです」
レオンは、すぐに答えた。
「逃げ場が、なくなったからです」
監査官制度は、機能していた。
支援という名目で、
現場に常駐する。
丁寧だ。
暴力もない。
だが——
常に見られている。
報告書の一節を、レオンは読み上げる。
住民は制度を理解し、
協力的な姿勢を示している。
レオンは、紙を置いた。
「“協力的”という言葉は、
統治側が使う言葉です」
「当事者の言葉ではない」
その日の午後。
レオンは、現地視察に出た。
王都近郊の、模範地区。
舗装は整い、
掲示板も綺麗だ。
市場。
人はいる。
だが、声が低い。
「……最近、どうですか」
レオンが、商人に聞く。
「……問題ありません」
即答だった。
早すぎる。
「売上は」
「例年通りです」
「新しいことは」
「……ありません」
その“ありません”が、
やけに重かった。
別の店。
「改革について、どう思います」
「……決まったことですから」
誰も、怒っていない。
誰も、喜んでいない。
感情が、平坦化している。
夕方。
農村を訪れる。
畑は、手入れされている。
荒れてはいない。
だが、拡張はされていなかった。
「今年は、ここまでです」
農家が言う。
「来年は」
「……様子を見ます」
未来の話が、曖昧だった。
王都に戻る馬車の中。
クラウスが、静かに言う。
「……秩序は、保たれています」
「ええ」
レオンは答える。
「ですが——」
「活力が、下がっています」
クラウスは、目を閉じた。
彼も、感じていた。
だが、それを
数字にできない。
翌日の会議。
レオンは、正式に報告した。
「現時点で、
改革は“成功”しています」
安堵の息。
そして、続ける。
「しかし、
地方から“挑戦の兆し”が消えています」
議長が言った。
「秩序と引き換えなら、
受け入れるべき代償では?」
レオンは、首を振る。
「秩序は、目的ではありません」
「持続の手段です」
誰も、反論しなかった。
だが——
誰も、方針を変えなかった。
夜。
エマが、ぽつりと言う。
「……静かすぎますね」
「ああ」
レオンは、窓の外を見る。
「嵐の前より、
崩壊の前の方が、静かだ」
王都の鐘が鳴る。
祝福の鐘だ。
改革成功を告げる音。
その音が、
レオンには、
やけに遠く聞こえた。




