第27話 正しすぎる設計図
国家版改革案の第二稿は、前回よりも分厚かった。
紙質も良い。
文字も整っている。
余白すら、計算されていた。
レオンは、それを一枚ずつめくった。
「……完成度が上がっているな」
隣で、クラウスが静かに頷く。
「あなたの指摘を、反映しました」
それは、誇張ではなかった。
全国行政改革案・第二稿(要約)
・税収・支出の公開は段階制
・合議制には期限と強制決裁条項を付与
・離脱自由は登録制・猶予期間付き
・監査官は“支援役”として位置づけ
一見して、穴がない。
第3章で起きた失敗を、すべて潰している。
「……これは」
レオンは、言葉を探した。
「かなり、良い」
周囲の官僚が、わずかに表情を緩める。
その反応を見て、レオンは確信した。
ここが、一番危ない。
「問題は、どこだ」
議長が問う。
レオンは、すぐに答えなかった。
紙を置き、視線を上げる。
「問題は……」
一拍置く。
「完璧すぎることです」
空気が、ぴんと張る。
「合議の期限」
レオンは言う。
「監査官の支援」
「段階的公開」
すべて、正しい。
「だが」
声は低い。
「失敗する余地がない」
ざわめき。
クラウスが、慎重に聞き返す。
「失敗は、防ぐべきものでは?」
「ええ」
レオンは頷く。
「取り返しのつかない失敗は」
そして、続けた。
「しかし、
小さな失敗まで消した組織は、
大きな失敗にしか気づけなくなります」
沈黙。
「この制度では」
レオンは続ける。
「地方は、“正しく従う”ことに集中します」
「判断は、中央が保証する」
「失敗は、制度が吸収する」
それは、安心だ。
安心すぎる。
「人は」
レオンは、静かに言った。
「失敗しない場所では、
責任を学びません」
「学ばない責任は、
ある日まとめて爆発します」
若い官僚が、思わず口を挟む。
「ですが、それは理想論では?」
「国家は、
爆発を未然に防ぐために存在します」
レオンは、その言葉を否定しなかった。
「その通りです」
だが、次の一言で空気が変わる。
「だからこそ、国家は
“衰弱”を見逃します」
クラウスが、目を伏せた。
彼は、理解していた。
だが——
止められない側の人間だった。
「この改革で」
レオンは言う。
「地方は、暴れません」
「税も納めます」
「秩序も守られます」
議長が、頷く。
「だが」
レオンは、はっきり言った。
「挑戦しなくなります」
「三年」
レオンは、具体的な数字を出した。
「三年後、地方はこうなります」
・数字は安定
・人口は微減
・若年層の流出
・新規事業ゼロ
「そして、誰も騒がない」
それが、一番怖い。
沈黙が続く。
だが、反論は出なかった。
代わりに、議長が言う。
「……それでも」
「国家は、選ばねばならない」
その言葉で、すべてが決まった。
採決は、粛々と進んだ。
反対票は、少数。
棄権も、わずか。
可決。
会議後。
クラウスが、レオンに声をかけた。
「あなたの懸念は、理解しています」
「それでも、進める」
「そうだ」
レオンは、静かに答えた。
「国家は、
“止まらない乗り物”だからな」
「それでも、あなたを顧問に残す」
クラウスは言った。
「失敗した時、
理由を説明できる人間が必要だ」
レオンは、苦笑した。
「……保険、ですか」
「そうだ」
それは、善意だった。
同時に——
責任転嫁の準備でもあった。
夜。
宿に戻ったレオンは、灯りを落とさず、座っていた。
エマが言う。
「……完璧すぎましたね」
「ああ」
「失敗しない設計」
「いや」
レオンは、首を振る。
「失敗が、見えなくなる設計だ」
窓の外。
王都は、整っている。
秩序がある。
安全だ。
だが——
生きている感じがしない。
レオンは、静かに思った。
「これで、
俺は負ける」
それでも、
言うべきことは言った。




