第26話 国家会議という名の席
王都の評議院は、静かすぎた。
人は多い。
声もある。
だが——温度がない。
それが、レオンの最初の印象だった。
円形の議場。
中央に空いた席は、象徴だ。
王は座らない。
代わりに、制度が座る。
「辺境伯爵領リューン領主、
レオン・アルヴェルト殿」
名を呼ばれて、立ち上がる。
拍手はない。
歓迎でも、敵意でもない。
評価対象としての沈黙だった。
「本日より、
貴殿を王国改革顧問に任命する」
議長が、淡々と告げる。
「発言権は認める。
ただし、最終決定権は評議会にある」
条件は、最初から書かれていた。
顧問。
だが——決めない人間。
席に着くと、隣に男がいた。
「久しいですね」
クラウス・エーデルマンだった。
整った服装。
疲れのない顔。
この場所に最も馴染む人間。
「あなたの席は、思ったより前だ」
レオンが言う。
「思想は危険でも、
数字は評価されていますから」
皮肉ではない。
事実だった。
議題が提示される。
全国行政改革案(第一稿)
要点は三つ。
・税収・支出の全国一律公開
・住民合議制の標準化
・移動・離脱の自由を法制化
紙面だけ見れば、
リューン領の制度と、よく似ている。
「……よく、まとめたな」
レオンは、正直に思った。
そして、同時に理解した。
これは、失敗する。
「意見を求めます」
議長が言う。
視線が、一斉にレオンへ向く。
期待でも、敬意でもない。
確認だ。
“正解を言う人”が、
本当に正解を言うかどうか。
レオンは、立ち上がった。
「この案は、正しい」
一拍置く。
「そして、危険です」
ざわめき。
「理由を」
レオンは、紙を見なかった。
「国家規模で導入するには、
前提条件が書かれていません」
「前提とは」
クラウスが、静かに問う。
「信用です」
空気が、わずかに動く。
「この改革は、
“すでに信用が残っている地域”では機能する」
「だが、そうでない場所では——」
言葉を切る。
「監視と圧力に変わります」
誰かが、鼻で笑った。
「信用は、制度で補えます」
官僚の一人が言う。
「だから、全国一律に——」
「補えません」
レオンは、遮った。
声は荒げない。
だが、譲らない。
「信用は、数値ではありません」
「失敗を引き受けた記憶です」
沈黙。
クラウスが、口を開く。
「では、あなたの案は?」
「ありません」
「……?」
「国家規模では、
私のやり方は使えない」
それは、予想外の答えだった。
「この案を通せば、
短期的には数字は改善します」
レオンは続ける。
「しかし、三年以内に——
地方から、活力が消えます」
誰も、反論しなかった。
だが——
誰も、止めようともしなかった。
議長が、結論を告げる。
「意見は承った」
「改革案は、修正のうえ、採決に進める」
修正とは、
レオンの警告を削ることだ。
会議が終わる。
廊下で、クラウスが言った。
「あなたの言うことは、理解できる」
「だが」
一拍置く。
「国家は、
“理解できるだけ”では動けない」
レオンは、頷いた。
「分かっている」
「それでも言った」
「言わなければ、
失敗は偶然になる」
クラウスは、答えなかった。
宿に戻る途中。
エマが、低い声で言う。
「……聞き入れられませんでしたね」
「最初から、期待していない」
「それでも、呼ばれた」
「そうだ」
レオンは、夜の王都を見る。
「これは、利用されるための席だ」
窓の外で、鐘が鳴る。
改革開始を告げる鐘だ。
レオンは、目を閉じた。
この瞬間、
国家は——
理解したつもりで、踏み出した。




