第25話 模倣は、止まらない
公式には、リューン領の名は消えた。
王国公報からも、
改革事例集からも、
視察対象一覧からも。
存在しないことにされた。
だが、現場では違った。
名前を消しても、
痕跡までは消えない。
ある地方都市。
掲示板には、税の内訳が貼られている。
だが、注釈が添えられていた。
※これは参考例であり、
当市の判断ではありません。
責任の所在を、先に書く。
誰かが、学んでいる。
別の領地。
合議制は導入されたが、
その規定は一文だけだった。
合議が不成立の場合、
領主が全責任を負って決断する。
模倣ではない。
修正だ。
さらに別の場所では、
改革自体が見送られた。
「今は、早い」
「失敗例が多すぎる」
それは、賢明な判断だった。
失敗が共有された世界では、
踏みとどまる勇気が生まれる。
王都。
評議会に、新しい報告が上がる。
「……改革件数は減少」
「しかし、地方の安定度は上昇しています」
議長が、眉をひそめる。
「理由は」
「……失敗事例の自主研究、とのことです」
誰も、名前を出さなかった。
だが、全員が分かっている。
クラウス・エーデルマンは、
一人で書類を閉じた。
「……止めたはずなのに」
止まっていない。
形を変えただけだ。
リューン領。
レオンは、いつも通り帳簿を見ていた。
数字は、安定している。
未納率も、変わらない。
だが、彼の関心はそこにない。
エマが、小さな声で言う。
「……名前、出てませんね」
「それでいい」
ガルドが、鼻で笑う。
「消された割に、
あちこちで似た話を聞くがな」
「似てない」
レオンは言った。
「それぞれ、違う」
それが、答えだった。
ミラが、手紙を持ってくる。
差出人不明。
だが、内容は短い。
失敗しました。
でも、戻れました。
ありがとう。
レオンは、返事を書かなかった。
書く必要が、なかった。
その夜。
彼は、古い紙を取り出した。
最初に書いた、
合議制の草案。
何度も書き直した跡。
消された行。
迷いの痕。
「……ここから、始まったな」
成功ではない。
試行錯誤だ。
王国の地図。
かつては、中央から放射状に
命令が走っていた。
今は。
点と点が、
ゆっくりと結ばれ始めている。
国家ではない。
革命でもない。
ただ——
考える人間が増えただけだ。
レオンは、灯りを落とす。
英雄譚は、終わった。
最初から、なかった。
だが、世界は確かに——
少しだけ、賢くなった。




