第24話 国家は、黙ってはいなかった
王都からの召喚状は、丁寧すぎる文面だった。
辺境伯爵領リューン領主
レオン・アルヴェルト殿
地方行政に関する意見交換のため、
王都評議会への出席を要請する。
命令ではない。
だが、拒否権もない。
「……来ましたね」
エマが言う。
「来るのは、分かっていた」
レオンは、紙を折りたたんだ。
「失敗を公開した時点でな」
評議会の部屋は、広かった。
だが、温度は低い。
中央官僚。
貴族代表。
軍務局の影。
そして——
クラウス・エーデルマン。
「久しぶりですね」
彼は、礼儀正しく言った。
「こちらこそ」
レオンは、同じ調子で返す。
敵意は、まだない。
だが、緊張は共有されている。
「本題に入ります」
議長が言った。
「あなたの発行した“失敗記録集”について」
「はい」
「地方の動揺が報告されています」
「承知しています」
「改革の停滞も」
「把握しています」
すべて、事実だ。
「なぜ、あのような文書を公開した」
クラウスが、直接問う。
レオンは、迷わず答えた。
「成功を、これ以上拡散させないためです」
ざわめき。
「成功は、国家にとって望ましい」
貴族の一人が言う。
「望ましくない成功もあります」
レオンは、即答した。
「再現できない成功は、
失敗を量産するだけです」
空気が、硬くなる。
「あなたは、地方に
“慎重であれ”と言っている」
クラウスが言う。
「同時に、中央の判断を
信用していないようにも聞こえる」
核心だった。
レオンは、否定しなかった。
「信用は、命令できません」
沈黙。
議長が、ゆっくり言う。
「国家は、秩序を守る責任がある」
「はい」
「あなたの行為は、
地方の自律を煽りすぎている」
それは、警告だった。
「制限を設けます」
議長は、淡々と告げる。
・地方間での非公式文書共有の制限
・改革事例の公表は中央承認制
・リューン領の対外発信の一時停止
それは、検閲に近い措置だった。
エマが、息を呑む。
レオンは、表情を変えない。
「理解しました」
そう答えた。
あまりにも、素直だった。
クラウスが、眉をわずかに動かす。
会議後。
廊下で、クラウスが声をかけた。
「……なぜ、抵抗しなかった」
「抵抗しても、勝てません」
「なら、諦めたのか」
レオンは、首を振る。
「国家が扱えないものは、
国家の外で育ちます」
クラウスは、黙った。
その言葉の意味を、理解してしまったからだ。
リューン領に戻る道すがら。
ミラが、心配そうに言う。
「……もう、発信できないんですよね」
「公式には、な」
レオンは、馬車の揺れに身を任せる。
「だが」
続ける。
「人が覚えたことまでは、取り締まれない」
その夜。
エマが、小さな報告を持ってくる。
「……記録集の写しが、
別の形式で出回っています」
「誰が」
「分かりません」
レオンは、わずかに笑った。
止めたからこそ、
広がり方が変わった。
王都では。
クラウスが、一人で資料を読んでいた。
「……危険だが、理屈は通っている」
彼は、初めて迷っていた。
国家として、
この思想を潰すべきか。
それとも——
地図の上で、
リューン領の印は消えた。
だが、代わりに。
無数の小さな点が、
見えないところで灯り始めていた。
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