第23話 失敗が、世界をつなぐ
最初に広まったのは、期待ではなかった。
戸惑いだった。
王国公報に、異例の記事が掲載される。
地方改革失敗記録集(暫定版)公開
編集責任:辺境伯爵領リューン
成功事例ではない。
模範でもない。
そこに並んでいたのは——
数字、判断、そして失敗の経緯だった。
「……なんだ、これは」
王都の役人が、顔をしかめる。
「暴動寸前」
「合議不全」
「未納率急上昇」
どれも、表に出ないはずの記録だ。
「誰が、こんなものを出した」
「……レオン・アルヴェルトです」
その名が、また静かに広がる。
最初に反応したのは、模倣に失敗した側だった。
「……うちと、同じだ」
「いや、うちはもっと酷い」
「それでも、書いていいのか」
彼らは、黙って読んだ。
責められていない。
笑われてもいない。
ただ——
事実として、並べられている。
地方の一領地。
老いた代官が、ページをめくる。
「……判断を遅らせた理由」
「……反発を恐れた結果」
そこに、自分の過去があった。
「失敗は、俺だけじゃなかったか」
それだけで、救われる者がいた。
一方、中央は苛立っていた。
「秩序を乱す」
「不安を煽る」
「失敗を正当化する気か」
クラウス・エーデルマンが、静かに言う。
「違う」
「……何が」
「これは、責任の所在を分散している」
誰か一人の失策ではない。
構造の問題だと、示している。
それが——
国家にとって、最も都合が悪い。
数週間後。
奇妙な報告が上がる。
「……改革を中止した領地が増えています」
「失敗を見て、踏みとどまったと」
改革が止まった。
だが、それは後退ではなかった。
無謀な前進が、止まっただけだ。
さらに。
別の動きが、静かに始まる。
「小規模で、試してみる」
「合議ではなく、まず説明から」
「期限を、先に決める」
成功でも、失敗でもない。
学習だった。
リューン領。
エマが報告する。
「……他領からの問い合わせです」
「何を聞いてくる」
「失敗の理由を、です」
レオンは、少しだけ笑った。
初めてだった。
「どうすれば成功するか」
ではなく、
**「なぜ失敗したか」**を聞かれたのは。
夜。
ガルドが、酒を置く。
「……世界が、真似をやめたな」
「真似は、終わった」
レオンは言った。
「これからは、自分で考える」
その頃。
名も知らぬ土地で、
一人の実務官が記録を閉じた。
「……全部、真似しなくていい」
彼は、部下に言う。
「失敗だけ、覚えておけ」
その言葉は、誰にも知られない。
だが、確実に——
次の世界を作る言葉だった。
王国の地図。
以前は、成功例の印だけが輝いていた。
今は——
失敗の印も、同じ色で記されている。
それは、世界が
成熟を始めた証だった。
レオンは、机に向かい、新しい文書を開く。
表題を書く。
失敗から始める行政(草稿)
英雄はいない。
正解もない。
だが——
再び立ち上がる余地だけは、残っている。




