第19話 合議という名の責任放棄
合議制は、本来——
決断を分かち合うための仕組みだ。
だが、セルジュ・バルフォードの領地では、
決断を避けるための壁になっていた。
会議室には、代表が集まっていた。
農家。
商人。
職人。
町の長。
顔ぶれは揃っている。
だが、空気は冷えていた。
「……では、始めましょう」
セルジュが言う。
誰も返事をしない。
「議題は、中央納付分の補填方法です」
セルジュは続けた。
「未納率が上がっています。このままでは——」
「それを決めるのが、合議だろ」
商人代表が遮った。
「ええ。だから、皆で——」
「違う」
農家が言う。
「俺たちは、意見を言う。決めるのは、あんただ」
セルジュは、言葉を失った。
以前なら、それで良かった。
だが今は——
「……合議制です」
「だから、逃げるな」
空気が、刺す。
若い職人が、ぽつりと口を開いた。
「……正直に言っていいか」
「もちろんだ」
「俺は、どっちでもいい」
視線が集まる。
「払うなら払う。
払わないなら、別の場所へ行く」
それは、率直な意見だった。
だが——
責任を引き受けない意見でもあった。
「では、どうします」
セルジュは、全員を見渡した。
沈黙。
誰も、反対していない。
誰も、賛成していない。
全員が、“自分以外”を待っている。
これが——
合議の死だった。
その夜。
決断は、出なかった。
翌日も。
その翌日も。
時間だけが、過ぎていく。
そして、事件が起きた。
倉庫の一つが、夜のうちに荒らされた。
盗まれたのは、穀物。
犯人は、見つからない。
「……貧困犯罪です」
役人が言う。
「取り締まりますか」
「……合議にかけよう」
セルジュは、そう言ってしまった。
それが、最後の判断だった。
翌朝。
別の倉庫が、燃えた。
大火ではない。
だが、象徴的な火だった。
「……なぜ」
セルジュは、呆然と呟く。
答えは、簡単だ。
誰も、止めなかった。
人は、厳しさには耐えられる。
不公平にも、耐えられる。
だが——
不在の責任には、耐えられない。
住民の間で、言葉が広がる。
「決めないなら、勝手にやる」
「自分の身は、自分で守る」
それは、自治ではない。
無秩序の始まりだ。
セルジュは、夜に一人で座っていた。
帳簿は、もう見ていない。
彼の目の前にあるのは、
合議の議事録だ。
何十ページもある。
だが、どこにも——
決定事項がない。
「……逃げたのは、俺だ」
初めて、そう認めた。
翌日。
王国からの使者が来た。
「秩序回復のため、
当領は中央管理下に置かれます」
宣告は、淡々としていた。
誰も、抗議しなかった。
抗議する“代表”が、いなかったからだ。
セルジュは、最後に一通の文書を書いた。
私は、正しい制度を導入しました。
だが、正しい判断を、引き受けませんでした。
署名をして、印を押す。
それで、終わりだった。
遠く離れたリューン領で、
レオンは報告を受けていた。
彼は、静かに言った。
「……起きるべきことが、起きた」
冷たい言葉だ。
だが、否定はなかった。
これは、失敗談ではない。
制度が、思想を欠いた時の必然だ。




