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第4話 同接7人の配信者ですが、熱を食べるスプレーを妄想したら大学から試作品が届きました

たぶんこの回はSFです。

こんなこと…あったらいいですよね…

「あー……また止まっちゃった」


7月の工場。 蒸し風呂のような熱気の中で、僕は赤く光るランプを見上げた。 ラインの心臓部である大型モーターが、オーバーヒートを起こして緊急停止している。


「やっぱり、この連日の猛暑には耐えられないか……」


同僚たちが巨大な業務用の扇風機を持ってきたり、ヒートシンクをとり付けたりしているが、焼け石に水だ。 モーターの表面温度は80度を超えている。これでは冷却に1時間はかかるだろう。


「悔しいなぁ。あと少し冷えれば、納期に間に合うのに」


僕はハンカチで額の汗を拭いながら、熱を帯びた機械を睨んだ。 技術屋としての血が騒ぐ。 ただ手をこまねいて待つのは嫌いだ。もっと根本的な解決策はないのか?


「冷やすために電力を使うエアコンじゃなくてさ……こう、逆転の発想ができないかな」


熱そのものをエネルギーに変えて、勝手に冷えてくれたらいいのに。 そんなSFみたいなことを考えながら、僕はぬるくなったペットボトルの水を飲み干した。


   ◇


その夜の配信。 僕はシャワーを浴びてスッキリした状態で、いつものようにアバターを起動した。


「こんルル~! いやー、今日も暑かったねぇ!」


『こんルル』

『代謝の良いおじさんには辛い季節だ』

『水分補給は適切にな』


いつもの7人が迎えてくれる。 僕は今日工場で起きたトラブルについて、身振り手振りを交えて語り始めた。


「機械も人間みたいに、汗をかけば涼しくなるのかな? あるいはさ、『熱を食べるスプレー』とかあればいいのに!」


僕は空中にスプレーを吹きかけるジェスチャーをした。


「シュッてかけたら、熱を一瞬でパクって食べちゃって、逆にそのエネルギーで機械が動く……みたいな! あはは、それができたらエネルギー革命だよね~」


『熱力学の法則を無視してるなw』

『永久機関かな?』

『それができたらノーベル賞ものだよ』


一般人のリョウタさんがツッコミを入れてくれる。 そうだよね、そんな魔法みたいなこと、あるわけない。 でも、そんな僕の妄想に、一人のリスナーが食いついた。


『ドクター: ……興味深い』


大学教授である(らしい)『ドクター』さんだ。 彼はいつも難しい言葉を使うけれど、僕の配信をすごく熱心に見てくれている。


『ドクター: 熱エネルギーの吸収と、電力への変換を同時励起させる触媒か。……従来の「ゼーベック効果」では効率が悪いが、もしあの未発表の「量子ドット構造体」を液状化できれば……』


「あはは、ドクターさんはいつも詳しいねぇ! 量子ドット? 可愛い名前だね!」


『ドクター: ……可愛い。そうか、その視点はなかった。複雑に考えすぎていたな。答えはもっとシンプルで美しかったのか』


「ん? 何の話?」


『ドクター: 感謝する。思考の迷路が晴れたよ』


よく分からないけど、ドクターさんがスッキリしたなら良かった! 僕はニコニコしながら、次の話題へと移っていった。


   ◇


──裏側(某国立大学・第3研究棟)──


「ユーレカ(我、発見せり)……!」


深夜の研究室。 白衣を纏った初老の男――世界的な物理学の権威(HN:ドクター)は、ホワイトボードの前で震えていた。 ボードには、数分前まで解けなかった難解な化学式が、今は美しい一本の線で繋がっている。


「ルルちゃんの『熱を食べる』という表現……。あれは比喩ではなかった。熱運動そのものを、分子レベルで『捕食』させればよかったのだ」


彼は狂気じみた笑みを浮かべながら、ビーカーの中で青白い液体を調合していく。


「彼女は……いや、彼はやはり天才だ。子供のような無垢な言葉で、宇宙の真理ゆらぎを突いてくる。私のミューズ(学問の女神)よ……」


完成した液体を、スプレー缶に充填する。 ラベルには手書きで『試作品 No.001』。


「理論上、吸熱効率は既存の冷媒の5000倍。副作用として猛烈な発電現象が起きるが……まあ、バッテリーも充電できて一石二鳥だろう」


彼は即座に配送伝票を書いた。 宛先は、以前「お中元」を贈るために特定しておいた、ルルの勤める工場の住所だ。


「産学連携の実証実験モニターという名目にしよう。……ふふ、ルルちゃんの驚く顔が目に浮かぶようだ」


   ◇


翌日の昼休み。 工場の事務所に、大学のロゴが入った小包が届いた。


「ん? 僕宛て? ……『産学連携モニター募集・試供品』?」


中に入っていたのは、市販の殺虫剤のような銀色のスプレー缶と、難解な数式が書かれたレポート(読めない)だった。 手紙にはシンプルにこう書いてある。 『熱が出る箇所に塗布してください。乾燥後、直ちに効果を発揮します』


「へー、冷却スプレーかな? ちょうどいいや、午後イチで試してみよう!」


僕は軽い気持ちで、その缶を現場に持っていった。 午後2時。案の定、モーターが唸りを上げて熱を持ち始めている。


「よし、試供品の実力拝見! えいっ!」


僕はモーターの放熱フィンに向かって、シューッとスプレーを吹きかけた。 青白いミストが、熱い鉄の塊にかかる。 ジューッという蒸発音がするかと思いきや、ミストは一瞬で金属に吸い込まれるように馴染んだ。


その直後。


ヒュンッ……


モーターの唸り音が、急に静かになった。 止まったのではない。回転が滑らかになったのだ。


「え?」


温度計を見て、僕は目を疑った。『85℃』を示していた針が、まるで落下するように『15℃』まで急降下している。 さらに、モーターに繋がっている電力計の数値が、ありえない動きをしていた。


「消費電力が……減ってる? いや、まさか……発電してる!?」


熱を奪うどころか、その熱を電気に変えて、モーターの回転を補助しているのだ。 周りにいた同僚たちが、口をあんぐりと開けている。


「お、おい! 触ってみろ! キンキンに冷えてるぞ!」

「結露してる! なんだこのスプレー!? 魔法か!?」


工場長が飛んできて、僕の手にある缶を奪い取るように凝視した。


「こ、これを塗るだけで効率が200%になったぞ……。どこのメーカーだ!? 今すぐ全ラインに導入しろ!」


「え、えーっと……試供品みたいですけど……」


僕は震える手でスプレー缶を見つめた。 そこには、僕の妄想を具現化したような魔法が詰まっていた。


(すごい……世の中には、本当に天才がいるんだなぁ……!)


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 昨日言ってた『熱を食べるスプレー』ね、本当にあったんだよ!」


僕は興奮気味にまくしたてた。 今日起きた奇跡のような出来事を。


「たまたま試供品が届いて使ってみたら、機械が冷蔵庫みたいに冷えて、しかも電気代まで浮いちゃったの! 夢かと思ったよ!」


『へー、すごい偶然だね(棒)』

『モニター当選おめでとう(確信)』

『admin: そのスプレー、サーバー冷却に使いたいから俺にも送ってくれ(切実)』


みんなも驚いてくれているようだ。 ドクターさんは、いつになく満足げなコメントを残した。


『ドクター: 君の妄想こそが、イノベーションのトリガー(引き金)だというのに。……謙虚だ』


「え? ドクターさん何か言った?」


『ドクター: いや。科学の進歩は、常に純粋な問いから生まれると言っただけだよ』


「さすがドクターさん、深いこと言うなぁ! 僕も勉強不足だったよ。もっと技術のこと、勉強しなきゃ!」


僕は画面の向こうの「名もなき研究者」に、心からのリスペクトを送った。 まさかその研究者が、今まさに画面の前で「ルルちゃんに褒められた……!」と頬を染めて悶絶しているとは知らずに。

本日のメイン登場人物


小狐ルルの中の人:主人公。生産技術から品質保証などまで社内でかなり広い範囲で業務をしている。専門性はそこそこ。れっきとしたおじさんのはずなのだが、同僚にしっかり愛されているのかもしれない。配信しているときは癒しの時間と思っている。


ドクター:物理学と社会学の権威。とある名門大学の教授。すべての事象を論理で解明したいが、ルルちゃんの「計算できない天然さ」に学術的興味と萌えを感じている。

「お中元」は本人に届くべきと考えているため仕事先はしっかり把握している。

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