第35話 【財界の王】ですが、推しに「老いの楽しみ」を教わりたくて、新組織を立ち上げて生涯現役を決意できた
「……ふぅ」
東京の中心、御子柴重工本社ビル、最上階。 会長室の革張りソファに深く沈み込みながら、御子柴 厳蔵は重いため息をついた。 御年70歳を越え、日本の重工業界を牽引してきた「重戦車」も、寄る年波には勝てない。 決算、派閥争い、利権調整……。巨大すぎる組織の舵取りに、正直、飽きと疲れを感じていた。
机の上には、一通の書類が置かれている。 『辞任届』。 明日の臨時取締役会で、彼は代表権を返上し、経営の第一線から完全に退くつもりだった。
「ワシの時代も、もう終わりか……。 後は田舎の屋敷で、盆栽でもいじりながら静かに余生を過ごすとするかのう」
窓の外に広がる、自身が作り上げた摩天楼の夜景も、今の彼には色褪せて見えた。 全てをやりきった。これ以上の情熱は、もう残っていない――そう思っていた。
◇
その夜。 厳蔵は、最後の日課として、愛する「孫」の配信を開いた。
「こんばんは、みんな! 今日も元気?」
画面の中で、小狐ルルが愛らしく手を振る。 その無垢な笑顔を見るのも、今日で一区切りにしよう。 隠居したら、ネットも絶って、静かなアナログ生活に戻るつもりだったからだ。
厳蔵は、万感の思いを込めてコメントを打った。
『ミケ: ……ルルよ。ワシは少し疲れた。そろそろ第一線を退き、静かな場所で眠るように暮らそうと思う』
それは、事実上の「お別れ」の言葉だった。 他のリスナーたちがざわつく中、ルルはきょとんとして、そして悲しそうに眉を下げた。
「えっ……? ミケさん、いなくなっちゃうの?」
『ミケ: ああ。もう年だ。老兵は去りゆくのみ……。これからは、お前たちの若い時代だ』
厳蔵は自嘲気味に打った。 老いとは、枯れること。失うこと。 邪魔にならぬよう、ひっそりと消えるのが美学だと思っていた。
しかし、ルルは画面に身を乗り出して言った。
「だめだよ! 行かないでよ!」
「だって、お仕事辞めるんでしょ? 引退するんでしょ? それってつまり……『毎日が日曜日』になるってことでしょ!?」
「……?」 厳蔵の手が止まる。
「すごいじゃん! 今まで忙しくて出来なかったこと、全部できるんだよ! 朝から晩までゲームしても怒られないし、時間を気にせず旅行も行けるし、美味しいものも食べ放題だよ!」
ルルは瞳をキラキラさせて、自身の「老後の夢」を語り始めた。
「僕ね、おじいちゃんになるのが夢なんだ! 縁側で日向ぼっこしながら、最新のVRゲームをやり込む『最強のおじいちゃん』になりたいの! シワシワになっても、若い子たちと『今の動きラグかったわ〜』とか言って笑い合うんだ」
ルルの語る「老い」は、衰退ではなかった。 義務から解放され、純粋に楽しみを追求できる「最強の自由時間」だった。
「だからミケさんも、隠居なんて言わないでよ。 これからが本番じゃない! 僕、ミケさんとあと50年は一緒に遊びたいよ。 ヨボヨボになっても、僕の配信でコメントして笑っててよ!」
その言葉が、厳蔵の心臓を撃ち抜いた。
「……あと、50年……?」
枯れていく余生ではない。 孫と共に遊び、笑い合うための50年。 そのためには、盆栽をいじっている場合ではない。 既存の重工業の枠に囚われていては、孫が望む「未来」は作れない。
『ミケ: ……そうか。老後とは、守りに入る時間ではない。「攻め」の時間か』
厳蔵の瞳に、現役時代以上のギラついた炎が宿った。 彼はスマホを握りしめ、震える手で新たな決意を固めた。
『ミケ: ……分かった。隠居はやめる。ワシは、新しいことを始める』
◇
翌朝。御子柴重工、臨時取締役会。
重役たちが、会長の「引退宣言」を待って静まり返っていた。 厳蔵は、静かに『辞任届』を提出した。
「……本日をもって、私は御子柴重工の代表取締役を辞任する」
役員たちの間に、安堵と寂しさが入り混じった空気が流れる。 「長い間、お疲れ様でした……」と誰かが言おうとした、その時だった。
「だが!!」
厳蔵は机を叩き、高らかに宣言した。
「ワシは隠居するとは言っていない! 本日付で、私の個人資産と御子柴の技術力を結集した新会社、『ミコシバ・フロンティア』を設立し、私が初代社長に就任する!」
「は、はいぃぃ!?」
役員たちが目を白黒させる中、厳蔵はホワイトボードにビジョンを書き殴った。
「既存の重工業は君たちに任せる。ワシがやるのは『未来作り』だ! アンチエイジング医療、フルダイブVR、全天候型エンタメ都市! 『人間が120歳まで現役で遊び倒せる世界』を、ワシの手で作る!」
「そ、そんな……会長、本気ですか!?」
「本気だとも! ワシにはまだ、やり残したゲーム(人生)が山ほどあるんでな! これからは一ベンチャー企業の社長として、現場で暴れさせてもらうぞ!」
かつての重厚なトップではなく、まるで少年のような目で野望を語る「ルーキー社長」がそこにいた。 老舗企業のトップを退き、自らの情熱のためだけの組織を立ち上げた彼は、誰よりも若々しく輝いていた。
◇
その夜の配信。
「みんなー! 今日も来てくれてありがとう!」
ルルはいつものように笑っている。 そのコメント欄には、昨日までの「疲れた老人」ではなく、新たな挑戦に燃える「起業家」の姿があった。
『ミケ: ルルよ。今日からワシは「新人」だ。新しい事業を始めたぞ』
『ミケ: これで心置きなく、あと50年お前と遊べる。……覚悟しておけよ?』
『admin: ……なるほど。今、話題になっている新組織の設立ニュースはこれか。……面白い。技術提携を申し入れよう』
『リョウタ: (隠居するって言ってたのに、逆にアクティブになって戻ってきた……! しかもなんか楽しそうだぞ……)』
ルルは、自分の「一緒に遊びたい」という一言が、一人の老人を「重鎮」から「情熱的な起業家」へと転身させ、新たなイノベーション組織を爆誕させたことなど露知らず。
「あはは、ミケさん、新しいこと始めたんだ! かっこいい! 僕も負けないように頑張るね!」
そう言って無邪気に笑った。 その笑顔と共に歩むため、生涯現役を誓った元・財界の王は、今日もドクターと共同開発したエナジードリンク片手に、未来を切り拓くのだった。
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