第31話 同接7人の配信者ですが、取引先の飲み会に行きたくないと言ったら飲み会自体が消滅した
「……はぁ。行きたくないなぁ」
週の半ば。 小暮 譲は、手帳に書かれた『19:00~ 取引先A社と会食』の文字を見て、胃を痛めていた。 相手は、昭和のノリが抜けない古い体質の会社の部長だ。 「飲みニケーション」を信奉しており、一度捕まると終電まで帰してくれない。 しかも、その部下の若手社員も無理やり付き合わされており、いつも死んだような目で酒を飲んでいる。
「僕、お酒弱いし、あの部長さんの自慢話を聞くの辛いんだよなぁ……。 でも、断ったら角が立つし……」
彼は重い足取りで帰宅し、憂鬱な夜を過ごしていた。
◇
「こんばんは、みんな。……明日のことを考えると、お腹が痛いよ」
その夜の配信。 小狐ルルは、ションボリとした顔で語り始めた。
「明日ね、どうしても断れない『飲み会』があるんだ。 取引先の偉い人がすごく怖くて、お酒を無理やり飲ませてくるタイプで……。 部下の人も可哀想なんだよ。いつも青い顔して付き合わされてて」
ルルは、震える声でその理不尽さを訴えた。
「お仕事は大事だけど、嫌な思いをしてまでお酒を飲む必要ってあるのかなぁ。 ……明日、急に飲み会がお休みになったりしないかなぁ」
それは、多くの社会人が抱える切実な悩み。 しかし、コメント欄に君臨する「マッドサイエンティスト」と「トップインフルエンサー」にとって、それは「非効率な悪習の排除」として受理された。
『ドクター: ……エタノール(毒物)の摂取を強要する会合か。非合理的だ』
『ドクター: ルル、そしてその部下の社員の健康管理上、そのイベントは中止すべきだ。私が少し「環境」をいじって、物理的に参加不可能にしてやろう』
『名無し: うわぁ、最悪! 今どき無理やり飲ませるおじさんとか無理!』
『名無し: そんな人、どこかに飛ばしちゃえばいいのよ。
『名無し: ……ねえルルちゃん、そのおじさん、誰のファンとか聞いてない?』
「え? 確か……取引先の担当さん曰く『部長は天塚シエルちゃんの隠れ大ファン』だって言ってたかな。 待ち受け画面、シエルちゃんにするぐらい筋金入りっていってたよ?」
『名無し: ……ふーん(ニヤリ)。了解。 じゃあドクター、貴方は部下の方をお願い。私は部長を「処理」するわ』
『リョウタ: おい待て。ドクターの「環境をいじる」って何だ? バイオハザードは起こすなよ!?』
◇
翌日。夕方。
取引先A社のオフィス。 ドクターの手によって、ビルの空調システムがハッキングされていた。
『空調制御プログラム:書き換え完了。 対象エリア(若手社員のデスク周辺)のみ、湿度を極限まで下げ、微細な冷気を送風』
「……へっ、へくちっ!」
飲み会に参加予定だった若手社員が、大きなくしゃみをした。 急に寒気が走り、鼻水が止まらなくなったのだ。 もちろん、命に関わるようなものではない。ただの「軽い風邪のひき始め」のような症状だ。
「あー、ダメだ……。なんか急に熱っぽいです……」
「おいおい、大丈夫か? 今日は飲み会だぞ?」
部長が心配そうに声をかけたその時。 部長のスマホが、激しい通知音を鳴らした。
『【緊急告知】天塚シエル、今夜19時から「突発ゲリラ生配信」決定!』 『重大発表あり! アーカイブは残りません! 今夜限りの伝説を見逃すな!』
「なっ……!?」
部長の目が飛び出た。 今夜19時。飲み会の開始時刻ドンピシャだ。 しかも「アーカイブなし」の「重大発表」。 ガチ勢である彼にとって、これを見逃すことは死に等しい。
「(ど、どうする!? 飲み会か、シエルちゃんか……!? いや、部下も風邪気味だし、無理させるのは上司として良くない……そうだ、これは部下のためだ!)」
部長の中で、完璧な言い訳が完成した。
「……こ、小暮くんに電話だ!」
◇
こうして飲み会は消滅し、小暮は平和な夜を迎えた。 ルルとしての配信が始まる時間。 しかし、その裏側では、ある「物理的な矛盾」との戦いが繰り広げられていた。
都内某所、高級マンションの配信スタジオ。 橘エリカは、『天塚シエル』として数時間にも及ぶ耐久歌枠を行っていた。 同接数は50万人超え。部長を釘付けにするための作戦だ。
しかし、彼女の手元にはサブモニターがあり、そこには『小狐ルル』の配信画面が映し出されていた。
「(はぁ、はぁ……! ルルちゃんの配信が始まっちゃった! コメントしなきゃ!)」
彼女は歌いながら、焦っていた。 自分がコメントしなければ、ルルちゃんが寂しがってしまう。 しかし、今はライブ中。アバターの手を止めてキーボードを叩けば、数百万人の視聴者にバレてしまう。
その時、スタジオのスピーカーから無機質な声が響いた。
『admin: ……予測済みだ。Nebula Corp製「リアルタイム・パフォーマンス補完AI」を起動する』
「えっ? admin?」
『admin: 君がルルの配信にコメントしている間、アバターの制御はAIに切り替わる。 過去の君の挙動データを元に、ファンが一番喜ぶ「神対応」を自動生成して動かし続ける』
次の瞬間、配信画面上の『天塚シエル』は、エリカがキーボードを叩くために真顔で棒立ちになっているにもかかわらず、画面の中では「みんな大好きー!♡(投げキッス)」と完璧なアイドルムーブを継続し始めた。
「す、すご……! これならバレない!」
エリカは歓喜し、ルルの配信に猛スピードでコメントを打ち込んだ。
◇
「みんな聞いて! 飲み会、なくなっちゃった!」
ルルの配信画面。 彼は安堵に満ちた笑顔で報告していた。
「なんかね、一緒に行くはずだった人が風邪引いちゃったみたいで。 それに、部長さんも『どうしても外せない用事』ができたんだって。 おかげで今日はまっすぐ帰ってこれたよ~!」
「やっぱり、言霊ってあるのかな? 僕の『行きたくないなぁ』って気持ちが、何かの偶然を引き寄せたのかも!」
ルルは無邪気に喜んでいる。 その笑顔を見守るコメント欄には、空調を操作した科学者と、AIオートパイロットでズルをしているアイドルがいた。
『ドクター: ……オフィスの空調係数を操作し、一時的な免疫低下を誘発した。一晩寝れば治るレベルだ。感謝したまえ』
『名無し: ふふっ、私の方も作戦通りよ。』
『ミケ: ほう、見事だ。接待交際費が浮いて何よりだな』
『リョウタ: (空調ハッキングと、AIを使ったライブのアリバイ工作……。飲み会一つ潰すために、日本の科学技術が乱用されすぎだろ……)』
ルルは、自分の「行きたくない」という一言が、エンタメとテクノロジーの融合による一大作戦を引き起こしたことなど露知らず。
「あー、お家のご飯がおいしいなぁ。平和が一番!」
そう呟いて、コンビニ弁当を幸せそうに頬張った。 画面の向こうでは、天塚シエル(AI)がウィンクを飛ばし、部長(を含む数百万人のファン)が「シエルちゃーん!!」と涙を流して熱狂していた。
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