第3話 同接7人の配信者ですが、通勤路の渋滞を嘆いたら一夜にして国家プロジェクトが始動しました
「ああ……またか」
朝8時。通勤ラッシュの車内で、僕はハンドルを握りながら溜息をついた。 目の前には、赤いランプを点滅させ続ける遮断機。 地元では悪名高い「開かずの踏切」だ。
「もう20分も開いてないぞ……」
僕の車の前には、工場の部品を運ぶ大型トラックが列をなしている。 この踏切のせいで、物流が滞り、近隣住民は迂回を余儀なくされている。 僕の会社も、この渋滞のせいで朝礼の時間が遅れることが度々あった。
「もったいないなぁ」
僕はイライラするよりも先に、技術屋として「損失」を計算してしまう。 このトラックの待機時間、燃料の無駄、ドライバーの疲労。 全てをコスト換算すれば、年間で数億円のマイナスになるはずだ。
「ここを高架化するか、地下トンネルを通せばいいのに。そうすれば、地域の経済効率が劇的に上がるはずだ。……まあ、予算がないって話だけど」
30年もの間、地権者との交渉が難航し、塩漬けにされている公共事業。 一介のサラリーマンが嘆いたところで、どうにかなる問題ではない。 結局、その日も踏切が開いたのは30分後だった。
◇
その夜の配信。 僕はGoogleマップ(のような地図)を画面に映しながら、熱っぽく語っていた。
「見て見て! 今日の踏切、ここなんだけどさ!」
『こんルル~』
『ああ、例の魔の踏切か』
「そう! ここをね、こうグイッと地下に潜らせて、アンダーパスにしちゃうんだ! そうすれば渋滞ゼロ! トラックもスイスイ!」
僕はマウスで地図上に赤い線を引いていく。 素人の落書きのような図面だが、僕の中では完璧な都市計画だった。
「ここが繋がれば、隣町の商店街へのアクセスも良くなるし、絶対にみんな幸せになれると思うんだよねぇ。僕が市長なら、へそくり叩いてでも工事するのになぁ!」
『ルルちゃん、発想が市長というより国王なんだよな』
『へそくりじゃトンネルは掘れないぞw』
『少し調べてみたけど……そこ、地権者の反対運動が激しくて、行政もお手上げで有名らしいよ』
一般人のリョウタさんが、現実的なコメントをくれる。
「そっかぁ、やっぱり難しいんだね。法律とか権利とか、大人の事情ってやつかな。残念だなぁ……」
僕はシュンとして、肩を落とした。 僕が望んでいるのは、自分が楽をしたいからじゃない。 この街がもっと便利に、活発になってほしいという、純粋な願いだった。
「いつか、偉い人が『よしやろう!』ってハンコ押してくれないかなぁ」
『……ふむ』
『民意の声は、届くべき場所に届くものよ』
クールな女性リスナー、**『フクロウ』**さんが、静かにコメントを残した。
『フクロウ: その都市計画、悪くないわ。検討に値する』
「あはは、フクロウさんに褒められた! じゃあいつか立候補しちゃおうかな~!」
冗談で返した僕の言葉が、まさか**「閣議決定」**のトリガーになるとは、夢にも思わずに。
◇
──裏側(赤坂・高級料亭の個室)──
「……大臣。これをご覧になって」
和服を着こなした初老の女性――与党の重鎮議員(HN:フクロウ)は、スマホの画面を突きつけた。 向かいに座っているのは、現職の国土交通大臣だ。
『こ、これは? VTuberの配信……ですか?』
「この配信者が提言している再開発案よ。……どう思う?」
『はぁ……。まあ、都市工学的にも理に叶ってはいますが……。ここは地権者が頑固でしてね、もう何十年も頓挫しておりまして……』
大臣が言い訳を並べようとした瞬間。 フクロウの目が、氷点下まで冷え込んだ。
「『できない』理由を聞いているんじゃないわ。」
『ひっ!』
「この子が、毎朝30分も無為な時間を過ごしている。それがどれだけの国家的損失か、貴方には分からないの?」
『こ、国益……ですか?』
「ええ。彼の笑顔を曇らせるインフラなど、存在価値がないわ」
彼女は扇子を閉じ、パンと卓上を叩いた。
「今年度の予備費を使いなさい。特例措置として、最優先で着工するのよ。……明日の朝までに測量隊を送り込むこと。できますわね?」
『し、しかし地権者の説得が……』
「反対派のリーダーは『山田建設』の会長ね? ……私の名前を出して『説得』してくるわ。5分で終わるでしょう」
『……!!(まさか、あの手を使う気か……)』
大臣は顔面蒼白になりながら、深く頭を下げた。
『た、直ちに手配します!! 今すぐ!!』
「よろしい。……ああ、それと。工事の騒音で彼が起きないよう、最新の防音壁も忘れないでね」
◇
翌朝。 いつも通り出勤した僕は、目を疑った。
「……は?」
踏切の周辺が、戦場のような騒ぎになっていた。 無数の重機。数百人の作業員。そして警備員たち。 昨日まで「絶対反対!」の看板を掲げていた地権者の家の前では、家主と黒スーツの人たちがガッチリと握手を交わしている。 家主はなぜか涙目だったが、その表情は晴れやか(?)に見えた。
そして、踏切の横には巨大な看板が立てられていた。
『緊急道路整備事業・着工のお知らせ』
『工期:異例のスピードで頑張ります』
「えええええ!? うそ、工事始まってる!?」
通りがかりの警備員さんに聞いてみる。
「あ、あの! これ、いつ決まったんですか?」
「ああ、昨晩急に『上』から指令が飛んできましてね。国家プロジェクト並みの扱いですよ。現場もてんてこ舞いです」
国家プロジェクト。 その言葉の響きに、僕は震えた。
(やっぱり、行政の人たちもずっと考えてくれてたんだ……! たまたま、僕が願ったタイミングと重なったんだね!)
日本の政治も捨てたもんじゃない。 国民が困っていることを、ちゃんと見てくれているんだ。 僕は感動しながら、迂回路へとハンドルを切った。
◇
「みんな聞いて! 昨日の今日で、工事が始まったんだよ!」
その夜の配信で、僕は興奮気味に報告した。 自分の描いた夢の地図が、現実になろうとしている。その高揚感は凄まじかった。
「やっぱり、声を上げるって大事だね! お役所の人たち、仕事が早すぎるよ~! 感謝しなきゃ!」
『行政の仕事だね』
『仕事が早い(物理的な圧力)』
『地権者の安否が気になるところだが……まあ、ルルちゃんが喜んでるならヨシ!』
リスナーたちも驚いているようだ。 フクロウさんは、いつも通り冷静に、でも少し嬉しそうにコメントをくれた。
『フクロウ: 民意が国を動かしたのよ。当然の結果だわ』
「うん! フクロウさんの言う通りだね! 僕、この街がもっと好きになったよ!」
僕は無邪気に笑った。 その踏切の下に掘られるトンネルが、後に『ルル・ロード』という通称で呼ばれ、開通式に大臣が参列する事態になることを、僕はまだ知らない。
本日のメイン登場人物
小狐ルル:30代後半の技術系会社員。「愚痴」ではなく「もっとこうすれば良くなるのに!」という前向きな不満(改善案)を語る。
フクロウ:クールで鉄の女と呼ばれる女性議員。政策立案の中心人物。日々の激務と権謀術数のストレスを、ルルちゃんの「平和な雑談」で浄化している。長い議員生活で多様性の理解があるし、主人公の生活圏は雑談配信から完璧に把握している。




