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第29話 同接7人の配信者ですが、会社のPCが重いと言ったら翌日にはNASAスペックの端末が支給された

「……動かない。まーたこれだ」


平日の午後。 小暮こぐれ ゆずるは、オフィスのデスクで、轟音を立ててファンが回り続けるPCを見つめ、虚無になっていた。 彼が使っている社用PCは、何世代も前のリース切れ端末を使い回した、骨董品のようなロースペック機だ。


OSとセキュリティソフトが裏で動くだけで、メモリは常にカツカツ。 表計算ソフトを開けば、画面が白く霞んで『応答なし』の文字が浮かぶ。 ブラウザで調べ物をしようとタブを増やせば、カーソルが虹色の砂時計になったまま戻ってこない。


「はぁ……。起動と再起動の待ち時間だけで、人生の何時間を無駄にしてるんだろう」


クリックしても反応しない画面を見つめながら、彼は深いため息をついた。 それは、コスト削減を至上命題とする企業の末端社員が抱える、静かで絶望的なストレスだった。


   ◇


「こんばんは、みんな。……今日はちょっと残業で遅くなっちゃった」


その夜の配信。 小狐ルルは、疲れ切った声で話し始めた。


「会社のパソコンがね、すっごく重いんだ。 ちょっとした資料を作るだけなのに、すぐ止まっちゃって……。 今日なんて、保存ボタンを押した瞬間に固まって、1時間分の作業が消えちゃったよ」


ルルは悲しそうに肩を落とした。


「もっとサクサク動くパソコンがあったら、定時に帰って、みんなとこうやってお話しできる時間も増えるのにね。 ……あーあ、どこかに魔法のスーパーコンピューターとか落ちてないかなぁ」


それは、ただの愚痴だった。 しかし、コメント欄に君臨する「親会社の会長」と「ITの帝王」にとって、それは「由々しき経営課題」であり、「技術への冒涜」として処理された。


『ミケ: ……何? 社員(孫)の貴重な時間を、機材の不備で浪費させているだと?』

『ミケ: 給料泥棒ならぬ「時間泥棒」だ。経営者の怠慢だな』


『admin: ……許容できない。対象の端末挙動を推測……処理能力が業務負荷に対して圧倒的に不足している。……まさに産業廃棄物だ』

『admin: これは人権侵害に等しい。ルルの思考速度にハードウェアが追いついていない』


『ミケ: adminよ。貴様の会社の「一番いいヤツ」を用意できるか? 金は出す。親会社権限で強制的にリプレイス(総入れ替え)する』

『admin: ……愚問だ。一般市場には出回らない、惑星軌道計算用と同等の処理能力を持つワークステーションを手配する。セットアップ(最強環境構築)込みでな』


『リョウタ: おい待て。書類作成にNASAクラスのスペックはいらねえよ!』


   ◇


翌朝。 小暮が出社すると、オフィスが異様な静寂と、ざわめきに包まれていた。 いつもなら始業と同時に鳴り響く、旧型PCたちのファンの音が聞こえない。


「おはようございます……何かあったんですか?」

「あ、小暮さん! 机を見てください! 全社員のPCが……!」


小暮が自分の席を見ると、そこには見慣れた薄汚い端末ではなく、マットブラックに輝く、明らかに高級そうな最新鋭のマシンが鎮座していた。 モニターは色彩鮮やかな高精細ディスプレイが2枚。キーボードも指に吸い付くような高級品に変わっている。


「な、なんですかこれ……?」

「昨日の夜、親会社から緊急の機材入れ替え指示があって……。 『業務効率化のため、全端末を最高スペックに更新する』って、業者の人が一晩で全部設置していったんです……」


小暮はおそるおそる電源ボタンを押した。 その瞬間。


「ッ!?」


起動時間、わずか数秒。 パスワードを入れた瞬間にデスクトップが表示され、全てのアプリが待機状態になる。 試しに、昨日フリーズした重たいデータファイルを開いてみる。


パッ。


瞬きするよりも速く、膨大なデータが展開された。 複雑な計算式を入れても、マクロを実行しても、プログレスバーすら出ずに一瞬で終わる。


「は、速い……! なにこれ、僕が考えるより先に動いてるみたいだ!」


ブラウザでタブを山ほど開いても、動画を再生しても、ファンの音ひとつしない。 まるで底なしのプールで泳いでいるような、圧倒的な余裕。


「す、すごい……! これなら昨日の仕事、5分で終わるよ!」


その日、会社の業務効率は劇的に向上し、全社員が定時前に仕事を終えるという奇跡が起きた。


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 奇跡だよ!」


ルルは、いつもより早い時間に配信を始め、キラキラした笑顔で報告した。


「今日会社に行ったら、パソコンが全部新品になってたの! すっごく速いの! 待ち時間がゼロなんだよ! おかげでお仕事があっという間に終わっちゃった!」


「やっぱり、社長さんが僕たちのこと考えてくれてたのかなぁ。 これで毎日、早く帰って配信できるよ! 嬉しいなぁ!」


ルルは無邪気に喜んでいる。 その笑顔を見守るコメント欄には、業務改善を断行した会長と、オーバーテクノロジーを提供したCEO、そして呆れつつも安堵する一般人がいた。


『ミケ: フン。当然だ。道具が悪いせいで職人が腕を振るえぬなど、あってはならん』

『admin: ……システム安定稼働を確認。これでストレス要因ラグは排除された。快適なネットライフを』 『名無し: よかったねルルちゃん! これで私たちといっぱい遊べるね!』


『リョウタ: (事務PCに惑星シミュレーション級のスペック……。オーバースペックもいいとこだけど、ルルちゃんが定時で帰れるなら、まあ正義か……)』


ルルは、自分の「重い」という一言が、親会社を動かし、会社のITインフラを数億円規模で刷新させたことなど露知らず。


「あー、サクサクだったなぁ。明日もお仕事楽しみ!」


そう呟いて、嬉しそうにマウスを握った。 彼の職場環境は、日本の黒幕たちによって、世界最高水準にアップデートされ続けているのだった。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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