第25話 第2回・裏サミット開催 ~議題:プレゼントはAmazonの「ほしい物リスト」以外禁止~
それは、 ルルの自宅のインターホンが鳴らされ、黒服たちがタワマンの権利書を押し付けようとしていた、まさにその瞬間のことだった。
ネットの深淵に存在する、高度に暗号化されたチャットルーム『第2回・裏サミット』。 管理者権限を持つ一般人・リョウタが、緊急アラートを鳴り響かせた。
『リョウタ: 全員止まれぇぇぇぇぇ!!!!!』
『リョウタ: 今すぐ玄関前の黒服を撤収させろ! ルルちゃんが泣きそうになってるぞ!!』
チャットルームには、日本を動かす怪物たちが集結していた。
『ミケ: なんだリョウタ。騒々しい。孫が「広いところに行きたい」と言ったのだぞ? 城を与えるのが祖父の務めだろう』
『カゲ: そうですわ。彼が望むなら、私は東京タワーだって買います。……あ、配送業者(私の私兵)から「対象がドアを開けない」と報告が。なぜ? 照れているの?』
『admin: 解析不能。なぜ「理想的な居住環境」の提供を拒絶する? 論理的矛盾だ』
彼らは本気で理解していなかった。 「欲しい」と言われたから「最高のもの」を用意した。なぜ怖がられるのか分からない、という顔をしている。
リョウタは頭を抱えた。こいつら、金と権力がありすぎて「庶民の感覚」が死滅している。
リョウタは深呼吸し、キーボードを叩き壊す勢いで入力した。
『リョウタ: いいか、よく聞け! お前らの解釈は根本的に間違ってる!』
『リョウタ: ルルちゃんの言った「紐で繋がれて不自由」っていうのは、人生の話じゃない! 今使ってる予備マウスの「ケーブルが短くて操作しづらい」って意味だ!』
『ミケ: ……マウス? あのパソコンの?』
『名無し: えっ? お引っ越ししたいんじゃないの?』
『リョウタ: 違う! 画面の中のカーソルが届かないって嘆いてたんだよ! それなのに、いきなりタワマンなんか送りつけてみろ!』
リョウタはここで、彼らにとって最も効く「脅し」を使った。
『リョウタ: どうせみんなの事だからルルちゃんの年収を知ってるよな? 2億円のマンションの「固定資産税」と「管理費」と「修繕積立金」、誰が払うんだ? ルルちゃんに払えるわけないだろ!』
『フクロウ: ……あ。 現行税制における贈与税、および一等地における固定資産税の試算……。 ……確かに一般人の可処分所得では、初年度で破産します』
フクロウが青ざめた。
『リョウタ: そうだ! お前らはプレゼントのつもりでも、ルルちゃんからすれば「破産宣告」が届いたのと同じなんだよ! 大好きな孫を、借金まみれにして路頭に迷わせたいのか!?』
その言葉は、怪物たちにクリティカルヒットした。
『ミケ: は、破産……!? わ、ワシはそんなつもりでは……!』
『カゲ: 愛する彼を……私が経済的に殺す……? い、嫌ぁぁぁぁ!』
『admin: シミュレーション結果……「破産による配信活動の停止」。……最悪のバッドエンドだ』
場が静まり返った。 彼らは初めて「贈り物が迷惑になる」という概念を理解した。
『リョウタ: わかったら今すぐ撤収だ! そして、彼が本当に欲しがっていた「マウス」を用意しろ! Amazonの「ほしい物リスト」に入ってたやつだ! 数千円のやつだ!』
◇
『ミケ: ぬう……。わかった。タワマンはキャンセルしよう。 だがリョウタよ。……数千円のプラスチックの塊を贈れと言うのか? 御子柴の当主であるこのワシに?』
今度は彼らのプライドが邪魔をした。 愛する推しの誕生日に、既製品の安いマウスを与えるなど、彼らの美学が許さない。
『カゲ: ありえませんわ。彼の手には、世界最高の宝石しか似合わないのに』
『名無し: そうだよ! もっと特別なものをあげたい!』
また話がこじれそうになった時、マッドサイエンティストが口を開いた。
『ドクター: ……ならば、折衷案だ。 外見はその「Amazonの安いマウス」と完全に同じにする。 だが、中身を私が設計した「オーバーテクノロジーの塊」にすり替える』
『admin: 提案。内部基盤をNASA仕様に変更。遅延ゼロ、バッテリー寿命100年』 『カゲ: 素材は? プラスチックに見せかけた航空宇宙用カーボンファイバーなら用意できます』
『ミケ: よし。ならばワシが金を出そう。開発費に糸目はつけん。納期は今日中じゃな?今すぐ作れ!』
『リョウタ: (……まあ、ルルちゃんが気づかなくて、税金がかからないならいいか……)』
こうして、黒服たちが玄関先で時間稼ぎをしている間に、日本の技術と財力の粋を集めた「偽装マウス」が爆速で製造され、夜には彼の手に届いたのだった。
◇
そして現在。誕生日配信が終わった後のチャットルーム。
ルルが大喜びでマウス(開発費1億円)を使っているのを見届け、怪物たちは満足気に茶を啜っていた。
『ミケ: ふむ。孫の笑顔が見られた。良き誕生日であったな』
『カゲ: あのマウス、一生壊れないように呪い……いえ、加工しておきましたわ』
和やかなムードの中、リョウタだけが疲労困憊で画面を睨みつけていた。 今回はギリギリで防いだが、次はどうなるか分からない。 彼らの暴走を止めるための「安全装置」が必要だ。
『リョウタ: ……みんな、聞いてくれ。 今後のプレゼントについて、新しいルールを提案する』
『ミケ: なんだ? 「島」でもやるか?』
『リョウタ: 違う! 今後、ルルちゃんへの贈り物は、「Amazonのほしい物リスト」に入っている商品のみとする! それ以外は一切禁止! 勝手な解釈も、アレンジも、サイズアップも禁止だ!』
その提案に、怪物たちからブーイングが飛んだ。
『名無し: えー! つまんない! サプライズしたい!』
『カゲ: リストの中身なんて、日用品ばかりじゃありませんか。愛が足りませんわ』
『リョウタ: 足りなくていいんだよ! いいか、「ほしい物リスト」っていうのは、ルルちゃんが「これが欲しい」って言ってる聖典なんだぞ? それを無視して別の高いものをあげるのは、「ルルちゃんのセンスを否定すること」になるんだぞ!』
リョウタは詭弁を弄した。 彼らを操るには、「ルルへの愛」を利用するのが一番だ。
『リョウタ: ルルちゃんが選んだ「洗剤」や「お菓子」を贈って、彼が「わぁ、助かる!」って喜ぶ。 その「等身大の幸せ」を守るのが、リスナーの役目じゃないのか?』
『フクロウ: ……一理あります。民意を尊重することこそ、民主主義の基本』
『admin: ……肯定する。リストの商品=最適解。それ以外=エラー(大きなお世話)』
ミケは少し不満そうに髭を撫でたが、やがて頷いた。
『ミケ: ……よかろう。孫の「選択」を尊重するのも、教育の一環だ。 次からはリストの品を贈ろう。……ただし』
『リョウタ: ただし?』
『ミケ: リストに入っている商品は、「在庫が枯れるまで」送りつけてもよいな?』
『リョウタ: ……まあ、消耗品なら許容範囲か。それで手を打とう』
こうして、第2回・裏サミットは閉幕した。 以降、ルルの自宅には、彼がポチッとリストに入れた「カップ麺」や「蒸気でホットアイマスク」が、業者が引くほどの大量のダンボールで届くことになるのだが……タワマンよりは平和な日常である。




