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第24話 同接7人の配信者ですが、もうすぐ誕生日! 欲しいものは「新しいマウス」と言ったのに、タワマンの権利書が届きそう

「……ああっ、もう! 届かない!」


誕生日前日の夜。 小暮こぐれ ゆずるは、自宅のデスクで焦りを感じていた。 長年愛用してきたマウスが突然壊れ、急遽引き出しの奥から「予備のマウス」を引っ張り出してきたのだが、これが大誤算だった。 昔のモデルで、有線のケーブルが極端に短いのだ。


「これじゃ、画面の端までカーソルが届かないよ……」


マウスを少し動かすだけで、ピンと張ったケーブルに引っ張られて戻されてしまう。 明日は大事な誕生日配信。お絵描き企画やゲームを予定しているのに、こんな操作性では視聴者を楽しませるどころか、見苦しいプレイを見せてしまう。


「せっかくのお祝いなのに、みんなをガッカリさせたくないなぁ……」


彼は申し訳なさと焦りでいっぱいになりながら、配信ボタンを押した。


   ◇


「こんばんは、みんな。……もうすぐ僕の誕生日だね」


いつもの配信画面。 小狐ルルは、少し困ったような、悲しげな声で切り出した。


「実はね、今ちょっと困ってて。……僕、今すごく『窮屈』なんだ」


ルルは、手元の短いケーブルに引っ張られるマウスを見つめながら語った。


「なんかね、紐で繋がれてるみたいに不自由で……。 思い切り手を伸ばしたいのに、すぐに引っ張られて動けなくなっちゃうの。 この狭い範囲だけで生きてるみたいで、すごく息苦しいんだ」


彼は「短いケーブルのせいで、マウスパッドの上を自由に動けない」という現状を嘆いていた。 そして、自分自身への課題として、こう続けた。


「だからね、誕生日までには……もっと『広いところ』に行けたらなって思ってるんだ。 何にも縛られずに、のびのびと自由に動ける……そんな新しい環境を準備できたらいいなって」


彼は、「明日までに電気屋でワイヤレスマウスを買ってくる」という決意を語っただけだった。 しかし、コメント欄の日本の黒幕たちは、それを「狭い部屋と会社のしがらみに縛られた現状からの解放(引っ越し)」という、悲痛な叫びとして受信した。


『フクロウ: ……「紐で繋がれて不自由」。そう言いましたか?』

『ミケ: 可愛い孫が、手足も伸ばせぬウサギ小屋に押し込められているなど……おじいちゃんが許さんぞ』

『ドクター: ……「広いところに行きたい」。了解した』

『カゲ: ご安心ください。すでに都内一等地のタワーマンション、最上階のペントハウス(3LDK・2億円)を押さえてあります』


『admin: 現在地の居住スペースをスキャン。……推奨される活動領域に対し著しく不足している。論理的解決策:転居による拡張』


『名無し: ルルちゃんへの誕生日プレゼント、おタワマンにしよっか! 家具も全部新品にするね!』


怪物たちの頭の中には、「誕生日に自由と家を求める孫」という図式しか存在しなかった。


『リョウタ: おい待てお前ら! 話がデカすぎる! 落ち着け!』


   ◇


翌日、誕生日の当日。


「……ん?」


ピンポーン。 小暮が電気屋に行こうと準備していると、インターホンが鳴った。 モニターを見ると、黒いスーツを着た厳つい男たちが数人、恭しく立っている。 手には、重厚な革張りのバインダーと、金色のリボンがかかった「鍵」のようなものが見える。


「……え、なに? 怖いんだけど」


小暮は震え上がった。 ドアチェーンを掛けたまま、恐る恐る隙間から声をかける。


「あ、あの……どちら様ですか?」

「お誕生日おめでとうございます、小暮様! 御子柴グループ不動産部門および影山財閥より、プレゼントのお届けに上がりました!」


男は満面の笑みで、バインダーを差し出した。


「こちら、港区の『ザ・タワー・ミコシバ・ヒルズ』最上階の権利書および、鍵でございます! 今すぐお引越し可能です! セキュリティも万全、思う存分『腕を伸ばせる』広さをご用意しました!」


「はぁぁぁぁぁ!?」


小暮は腰を抜かした。 タワマン? 権利書? 引っ越し? いきなり億単位の不動産を押し付けられそうになっている。これは何かの新手の詐欺か、ドッキリに違いない。


「ひ、人違いです! 身に覚えがありません!」


「いえ、小暮譲様ですよね? 手続きは完了しております」


「け、契約なんてしてません! そんな高いもの買えるわけないし、サインもしてないし……! お引き取りください! 」


彼は必死に拒絶した。 このままでは、知らない間に億ションのオーナーにされ、固定資産税で破産してしまう。


その時、小暮のスマホが鳴った。 通知には、リョウタからのDMが表示されている。


『リョウタ: ルルちゃん! 配送業者の手違いかもしれない!』

『リョウタ: 変な契約書にサインさせられるかもしれないから、絶対にドアを開けないで! 俺が今、配送状況を確認してみるから!』


「リ、リョウタさん……!」


小暮は、友人の助言に従い、必死にドアを押さえて籠城を決め込んだ。 ドアの向こうでは、黒服たちが「サインを一筆いただくだけで……」と粘っている。


(助けて……! どうしてこんなことに……!?)


   ◇


数分後。


黒服の一人の携帯電話が鳴った。 彼は電話に出ると、急に顔色を変え、「はっ、はい! 承知いたしました! ……えっ、キャンセル!? し、しかし……」と狼狽し始めた。 そして電話を切ると、脂汗をかきながら、ドア越しに声をかけてきた。


「こ、小暮様! 大変申し訳ございません! 配送の手違いがございました!」


「え……?」


「こちらの不動産契約書は、同姓同名の別の方への書類でございました……! 小暮様にお届けする予定だったのは、Amazonの『ギフト配送』のお品物だったのですが……」


黒服は苦し紛れの嘘をついた。 タワマンの件を無かったことにし、かつ「ここに来た理由」を正当化するための必死の言い訳だ。


「じ、実は現在、ギフトのお品物がまだ配送センター(※現在、工場で製造中)にございまして……。 本日は、ご本人様確認と、ご在宅の確認だけに上がった次第でございます!」


「え? 本人確認? ……契約書じゃなくて?」


「はい! さようでございます! お品物は、今夜改めてお届けに上がりますので! この度は大変お騒がせいたしましたっ!!」


黒服たちはバインダーを隠し、逃げるように去っていった。 小暮はドアの隙間からその背中を見送り、へなへなと座り込んだ。


「……なんだ、配送先の間違いかぁ。びっくりした」


   ◇


その夜の誕生日配信。


「みんなありがとう! 最高の誕生日プレゼントが届いたよ!」


ルルは、新しいマウスを手に、満面の笑みで報告した。


「すごいんだよこのマウス! ほしい物リストに入れてたやつなんだけど、想像以上に軽くて、思った通りにスイスイ動くの! 僕の願い事、ちゃんと伝わってたんだね。嬉しいなぁ!」


ルルは無邪気に喜んでいる。 その笑顔を見守るコメント欄には、直前でプレゼントを差し替えた黒幕たちと、冷や汗を拭う常識人がいた。


『ミケ: よしよし、孫が喜んでおるならそれでよい。可愛い笑顔だ』

『カゲ: お部屋はキャンセルしましたが、そのマウスはきっと特別製ですわ。一生壊れませんことよ』 『ドクター: 外装の偽装カモフラージュに手間取ったが、性能は保証する』


『リョウタ: 喜んでもらえてうれしいよ…!まったく、配送トラブルってよくあるよな!(よかった……。本当に危なかった……。リストの商品に見せかけて、とんでもない物を送りつけやがったな……)』


リョウタは画面の前でぐったりと突っ伏した。 ルルの手の中で軽やかに舞うそのマウスが、実はタワーマンションが買えるほどの開発費をかけて作られていることを、子狐ルルはまだ知らない。

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