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第21話 同接7人の配信者ですが、食堂の定食が不味くなったと言ったら有名ホテルのシェフがパートのおばちゃんとして潜入してきた

「……はぁ。冷めちゃってるなぁ」


平日の昼休み。 小暮こぐれ ゆずるは、社食のプラスチックのトレーを前に、小さく溜息をついた。 今日のメニューは「ハンバーグ定食」。 しかし、お昼のピークを過ぎていたせいか、ソースは固まり、付け合わせのポテトはパサパサ乾燥している。


「最近、ちょっと味が変わった気がするんだよね……」


会社の経費削減の影響か、以前のような手作り感が減り、業務用の冷凍食品が増えたような気がする。 決して食べられないほど不味いわけではない。ただ、なんとなく「味気ない」のだ。


「午後の仕事、頑張るための楽しみだったんだけどな。……贅沢言っちゃだめか」


彼は、少しだけ寂しい気持ちで冷めたハンバーグを口に運んだ。


   ◇


「こんばんは、みんな。……今日はちょっと元気がないかも」


その夜の配信。 小狐ルルは、しょんぼりと机に突っ伏していた。


『リョウタ: お疲れ。何かあった? 元気ないじゃん』

『ミケ: 顔色が悪いぞ。栄養は足りているのか?』

『名無し: ルルちゃん、何か美味しいもの送ろうか?』


「ううん、大丈夫だよ。ただね、今日のお昼ごはんが、ちょっとだけ寂しかったんだ」


ルルは、言葉を選びながら控えめに語った。 社食の味が少し変わってしまったこと。 冷めていて、少し硬かったこと。 「不味い」とは言わない。「寂しい」と言うのが彼らしかった。


「作ってくれる人がいるだけで感謝しなきゃいけないんだけどね。 でも、あったかくて美味しいごはんを食べると、『よし、午後も頑張ろう!』って力が湧いてくるじゃない? 今日はそれがなくて、ちょっとだけ午後が長く感じちゃったんだ」


彼は夢見るように呟いた。


「いつか、食べた瞬間にほっぺたが落ちて、魔法みたいに元気が湧いてくるハンバーグ、食べてみたいなあ……なんてね」


それは、しがないサラリーマンのささやかな願望。 しかし、その控えめな言葉こそが、コメント欄に君臨する「財界の帝王」の逆鱗に触れた。


『ミケ: ……「食は活力の源」。それを疎かにするなど、経営者の怠慢だな』

『ミケ: 従業員の健康を守れぬ組織に未来はない。……是正が必要だ』


『リョウタ: ミケさん落ち着いて。ただの社食の話だから』


   ◇


翌朝。 都内にある超高級ホテル『グラン・ミコシバ・トーキョー』の総料理長室。 フランス料理界の重鎮であり、ミシュラン三つ星を獲得し続けている伝説のシェフが、直立不動で電話を受けていた。


「……はい、会長オーナー。仰せの通りに」


電話の主は、御子柴重工会長・御子柴厳蔵ミケ。 その命令は、料理人のプライドを粉々に砕く……いや、試すようなものだった。


『本日より一週間、我がグループ傘下の〇〇社の社員食堂へ出向せよ』 『身分を隠し、パートの調理スタッフとして潜入するのだ』 『ただし、機材と食材は一切持ち込むな。現場にある安物の設備と冷凍食材だけで、お前の持つ技術の全てを注ぎ込み、至高のハンバーグを作れ』


「……かしこまりました。この腕一本で、社員様の心を満たしてみせましょう」


総料理長は電話を切ると、純白のコックコートを脱ぎ捨て、安っぽいエプロンと三角巾を手に取った。 「……久しぶりのハードな現場だ。血が騒ぐな」


   ◇


その日の昼休み。


「……今日はうどんにしようかな」


小暮は少し憂鬱な足取りで食堂に向かった。 またあの冷めた定食を食べるくらいなら、温かい汁物の方がマシだと思ったからだ。 しかし、食堂に入った瞬間、彼は鼻をひくつかせた。


「……あれ? すごくいい匂いがする」


いつもの油臭い匂いではなく、香ばしく食欲をそそる肉汁の香り、そして焦がしバターのような芳醇な香りが漂っている。 厨房を覗くと、見慣れない「新しいおばちゃん(?)」が立っていた。 三角巾を目深に被っているが、その所作は異常に洗練されていた。 包丁捌きは残像が見えるほど速く、フライパンを振る姿はオーケストラの指揮者のように優雅だ。


「はい、お待たせ。ハンバーグ定食だよ」


「あ、はい……」


出された皿を見て、小暮は息を呑んだ。 見た目はいつもの安っぽいプラスチック皿だ。材料もいつもの業務用の冷凍パテのはずだ。 だが、そのハンバーグはふっくらと膨らみ、黄金色の肉汁が溢れ出し、デミグラスソースは宝石のような艶を放っている。


「いただきます……」


一口食べた瞬間。 小暮の脳内で、ファンファーレが鳴り響いた。


「んんっ!? う、おいしい……!」


なんだこれは。 表面はカリッと香ばしく、中はふわふわ。 安い合い挽き肉のはずなのに、最高級黒毛和牛のような旨味が広がる。 付け合わせの冷凍ミックスベジタブルすら、絶妙な火加減グラッセで素材の甘味が引き出されている。


「すごい……。魔法みたいだ」


小暮は夢中で平らげた。 食べ終わる頃には、体の中から力が湧いてくるのを感じた。 厨房の奥では、「おばちゃん(三つ星シェフ)」がニヤリと笑っていた。 「フン……材料は三流でも、一流の火入れがあれば『星』は取れるのさ」


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 今日の社食、すっごい奇跡が起きたんだ!」


ルルは、ここ最近で一番の満面の笑みで報告した。


「なんか新しいパートのおばちゃんが入ったみたいなんだけどね、その人がお料理の天才なんだよ! いつものハンバーグが、高級ホテルのディナーみたいになってたの! おかげで午後のお仕事、すっごく元気が出たよ~!」


ルルは「明日のお昼も楽しみだなぁ」とニコニコしている。 その笑顔を見守るコメント欄には、満足げな老人と、全てを察して戦慄する常識人がいた。


『ミケ: ……そうか。美味かったか。ならば、その食堂には「星」を与えてもよいかもしれんな』

『admin: 食材の成分分析終了。……ただの業務用冷凍肉を、分子レベルの熱変性制御でA5ランクの食感に変えている。人間業ではない』

『名無し: よかったねルルちゃん! 美味しいご飯は正義だね!』


『リョウタ: そういえば関係ないけど、今日の夕刊に「有名ホテルの総料理長が謎の長期休暇」って記事が出てたね!(まさか、おばちゃんの変装させて送り込んだのか……?)』


ルルは、自分のために日本最高峰のシェフが「パートのおばちゃん」に扮して腕を振るっているとは露知らず。


「あー、幸せだなぁ。いい夢見れそう」


そう呟いて、満足そうに目を細めた。 一方、最高級ホテルの厨房には、一週間後に「謎の武者修行」から帰還し、さらに腕を上げた総料理長の姿があったという。

本日のメイン登場人物


小狐ルル:30代後半の技術系会社員。食堂がおいしくなったのはうれしい。

ミケ:孫がご飯がおいしいと言っててうれしい。


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