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第19話 同接7人の配信者ですが、迷惑メールが多すぎるとボヤいたら国際的な詐欺組織が壊滅したらしい

「……しつこいなぁ」


平日の夜、午後9時。 会社から帰宅した小暮こぐれ ゆずるは、愛用の自作PCを開いて眉をひそめた。 メーラーを開くと、未読件数は「999+」。 その大半が、海外サーバーを経由したスパムメールだ。


『【URGENT】あなたの口座が凍結されました』

『セキュリティ警告:直ちにクリックしてください』


「ドメイン指定拒否も、キーワードフィルタもすり抜けてくる。……またアルゴリズムを変えてきたのか」


彼は技術課の社員だ。ITリテラシーは人並み以上にあり、セキュリティ対策も万全にしている。 しかし、相手は巧妙だった。 送信元を偽装し、本文を画像化してテキスト解析を逃れ、秒単位でアドレスを変えてくる。


「削除して、フィルタ更新して……。毎日この繰り返しだ。いたちごっこだよ」


彼はキーボードを叩き、手際よくゴミ箱へ放り込んでいくが、その表情は暗い。 個人の技術力では、組織的な波状攻撃(ボットネット)を防ぐには限界があった。 今日はその処理に時間を取られ、友人の結婚式の招待メールを見落としそうになってしまったのだ。


「……悲しいなぁ。技術は人を幸せにするためにあるはずなのに」


彼は疲れた顔で、配信ソフトを立ち上げた。


   ◇


「こんばんは、みんな。……ごめんね、今日はちょっと愚痴っちゃうかも」


いつもの配信画面。 小狐ルルは、しょんぼりと耳を垂れていた。 コメント欄の常連たちが、即座に反応する。


『admin: バイタルデータに乱れを検知。原因は?』

『ミケ: 誰にやられた? 上司か? クレーマーか?』

『リョウタ: 珍しいな。ルルちゃんが弱音吐くなんて』


「ううん、人間じゃないんだ。……スパムメールがすごくてさ」


ルルは、今日の攻防戦を語り始めた。 フィルタを張っても張っても、ゾンビのように湧いてくる悪意あるメールたち。 技術者として対策はしているが、物量に押し負けている現状。


「僕も一応、エンジニアの端くれだからね。頑張って対策してるんだけど……相手の数が多すぎて」


彼は、画面の向こうの見えない巨大な悪意に対して、悔しそうに唇を噛んだ。


「こういう技術の無駄遣い、なくなればいいのにね。 ネットワークはもっと、誰かと繋がるための温かい場所であるべきなのに」


それは、デジタル社会に生きる善良な技術者の、切実な願い。 その言葉は、世界最強の技術者であるadminのコア(信念)に深く突き刺さった。


『admin: ……肯定する。技術への冒涜だ』

『admin: 個人の防衛()には限界がある。ならば、攻撃()そのものを折るのが論理的解決策だ』


『リョウタ: おいadmin? 何をする気だ? 落ち着け?』


リョウタの制止は、光速の回線には追いつかなかった。


   ◇


北米、シリコンバレー。 世界最大のゲームプラットフォーム企業『Nebula Corp』のCEOオフィス。 アレン(admin)は、暗闇の中で無数のモニターに囲まれていた。


「……対象ルルへの攻撃元を逆探知トレース


彼の指が、残像が見えるほどの速度でコンソールを叩く。


「送信元サーバー特定。……東欧、東南アジア、南米。国際的なフィッシング詐欺グループのボットネットか。……規模は大きいが、セキュリティはお粗末だ」


それは、数百万台の感染PCを操る巨大犯罪組織のインフラだった。 ルルがいくらフィルタを強化しても防げなかったのは、世界中から無差別に攻撃されていたからだ。


「僕の『推し』の時間を奪うバグどもめ。……デバッグの時間だ」


彼は冷徹に呟き、Enterキーを押した。


「実行(Execute)。……対抗プログラム『Divine_Hammer(神の鉄槌)』起動」


その瞬間、アレンが開発した攻撃用AIワームが、インターネットの海底ケーブルを通って世界中に放たれた。 それは詐欺グループの指令サーバー(C2サーバー)だけに侵入し、以下の処理を瞬時に実行した。


ボットネットの強制解除命令の送信。


犯罪者グループのPCを過負荷により物理的にクラッシュ(焼き切る)


彼らのアジトの位置情報を、FBI、インターポール、各国のサイバー警察へ自動通報。


「……終わりだ。貴様らの悪意(データ)は、物理的に消去された」


モニターの中で、次々と赤色の「Hostile(敵性)」表示が消え、静寂な「Clear」へと変わっていく。 所要時間、わずか45秒。 ルル一人を苦しめていた組織は、世界最強のハッカーによって、地球上から掃除された。


   ◇


翌日。


「……あれ?」


会社から帰宅した小暮は、パソコンを開いて目を丸くした。 いつもなら数百件届いているはずのスパムが、一通も来ていない。 受信ボックスは静寂に包まれ、必要な連絡だけが整然と並んでいた。


「攻撃が止んだ……? 諦めたのかな?」


彼は首を傾げながら、ニュースサイトを開いた。 トップニュースには、信じられない見出しが踊っていた。


『国際的サイバー詐欺組織、一夜にして一斉検挙』 『謎の「白いハッカー」による通報か? 世界中のスパム流通量が90%減少』 『専門家も驚愕「魔法のような手際」』


「へぇー、すごいなぁ。世界にはとんでもない技術を持った正義の味方がいるんだねぇ」


彼は同じ技術屋として、その鮮やかな手並みに純粋に感心した。 まさか、その「正義の味方」が、自分の配信の常連リスナーだとは夢にも思わずに。


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 今日ね、迷惑メールがぴたりと止まったんだよ!」


ルルは、晴れやかな笑顔で報告した。


「なんかニュースですごい事件があったみたいだね! おかげでネットがすごく静かになったよ。これで安心してメールが見れるね」


『ミケ: フン。悪は滅びる運命ということだ』 『名無し: ルルちゃんの願いが届いたのね! ネットの神様に感謝しなきゃ!』 『リョウタ: ニュース見たぞ……。「物理的にサーバーから煙が出た」って報道されてたけど……』


そして、この「神業」の実行犯であるadminは、短いコメントを一つだけ残した。


『admin: ……環境が最適化されたようで何よりだ。技術は、君の笑顔のためにある』


「うん! ありがとうadminさん! 僕ももっと勉強して、こういうすごいエンジニアになりたいなぁ!」


ルルは目を輝かせて語った。 世界中のハッカーが震え上がるほどの「神」に憧れを抱きつつ、今日も平和な配信が続くのだった。

本日のメイン登場人物


小暮 譲:子狐ルルの中の人。

アレン:adminの中の人。

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