第17話 同接7人の配信者ですが、花粉症が辛いと言ったら翌日だけ街からスギ花粉が消滅していた
今回より0時更新で行ければと思いますー
「……はくちっ! ……うぅ、ずびっ」
3月中旬。 いつもの配信画面で、小狐ルルは涙目になりながらティッシュを鼻に押し当てていた。 今日の彼は、いつもの朗らかな様子とは違う。 アバターの動きからも、中の人の疲労が滲み出ていた。
「ごめんね、お見苦しいところを……。今日、花粉がすごくて」
『ミケ: くしゃみ助かるわい』
『名無し: 可哀想……代わってあげたい』
『リョウタ: わかる。俺も今日ヤバいわ。目が開かない』
「だよねぇリョウタさん。……あーあ。明日、久しぶりに休みだから散歩でも行こうと思ったのに……。この予報じゃ無理だなぁ」
彼は天気予報サイトを開いた。 画面には、明日の花粉飛散予報が**『非常に多い(真紅)』**で表示されている。
「一日だけでいいからさぁ。魔法みたいに、街中の花粉が消えちゃえばいいのにね」
ルルにとっては、ただの愚痴だった。 叶うはずのない、子供のような願望。
しかし、その言葉に反応した男が一人。 大学の研究室で、白衣の男――ドクターが、眼鏡を光らせた。
『ドクター: ……「消えればいい」。了解した』
「え? ドクターさん? 何か言った?」
ルルが気づく前に、ドクターはチャット欄から姿を消した。 彼は研究室の奥にある、厳重にロックされた保管庫を開いた。
「観測対象のバイタル低下を確認。原因はスギ花粉によるアレルギー反応。……これでは、彼の美しい『ゆらぎ』がノイズに邪魔されてしまう」
恭介は、青白く発光する試験管を取り出した。 中には、液体のような、気体のような不思議な物質が揺らめいている。
「開発コード『Blue-Cleaner』。自己増殖型・環境浄化ナノマシン。……本来は火星のテラフォーミング用に開発していたものだが、実験場としては申し分ない」
彼は狂気じみた笑みを浮かべ、大学の屋上に設置された巨大な散布装置へと向かった。 彼の理論では、この世界はルルを中心に回っている。 ならば、ルルにとって有害な物質は、この宇宙から排除されるべき「エラー」なのだ。
「行け。……私の『推し』のために、大気を書き換えろ」
◇
その夜。 ルルの住む街の上空で、奇妙な現象が観測された。 夜空が、オーロラのように青白く発光したのだ。 それは肉眼では見えないほどの極小マシンが、数十兆個単位で散布され、空気中の花粉分子だけを正確に狙い撃ちし、分解・無害化していく光景だった。
『admin: ……おい。衛星画像に異常な熱源反応。日本の某都市だけ、大気組成が変わっているぞ』
『カゲ: 現地より報告。……空気が、異常に美味しいです。何ですかこれ』
『ミケ: ほう。あの学者の仕業か。やるではないか』
『リョウタ: (ニュース速報を見ながら)「謎の発光現象」って騒ぎになってるぞ……。まさか、ドクターの仕業か? これ法的に大丈夫なのか!?』
チャット欄の常連たちは気づいていたが、誰も止めなかった。 なぜなら、全員「ルルの快適な散歩」が見たかったからだ。
◇
翌朝。
「……ん?」
ルルは目を覚まし、不思議な感覚を覚えた。 目覚めの儀式であるはずの「モーニングくしゃみ」が出ない。 目も痒くない。鼻も通っている。 窓を開けると、そこには見たこともないほど澄み切った、クリスタルのような青空が広がっていた。
「す、すごい……! 空気が輝いてる!」
彼は庭に出て、深呼吸をした。 空気中に漂うナノマシンの残滓が、朝日を浴びてキラキラとダイヤモンドダストのように舞っている。
「魔法だ……! 本当に魔法がかかったんだ!」
ルルは子供のように跳ね回った。
「やったぁ! 散歩だ散歩! 神様ありがとう!」
彼は大急ぎで着替え、カメラを持って街へと繰り出した。 公園のベンチで、満開の桜を見上げながら、彼はのんびりと配信を始めた。
「みんな見て見て! すごいよ! 世界がキラキラしてる!」
画面の中のルルは、マスクもせずに満面の笑みを浮かべている。 背景の景色は、ナノマシンの影響で彩度が上がり、まるでアニメの世界のように美しく補正されていた。
コメント欄には、満足げなドクターと、呆れるリスナーたちが並んでいた。
『ドクター: 実験成功。……美しい。君の笑顔は、ナノテクノロジーの結晶よりも輝いている』
『admin: 花粉除去率99.999%。……やりすぎだ。50年後の技術を平然と使うな』
『ミケ: まあよい。孫が笑っているなら、多少の環境改変など許容範囲だ』
『名無し: すごーい! 肌もツヤツヤに見えるわ! 私の家の周りにも撒いてほしい!』
『リョウタ: ドクター……。お前、いつか国際条約に違反して捕まるぞ……(でも花粉ないの最高)』
ルルは、自分が吸い込んでいる空気が、国家予算どころか人類の科学史を塗り替えるレベルの「超高級な人工空気」だとは露知らず。
「あー、幸せだなぁ。春って、こんなにキラキラした季節だったんだねぇ」
そう呟いて、コンビニで買ったお茶を美味しそうに啜った。 その無垢な笑顔をモニター越しに見ながら、天才学者は冷めたコーヒーを飲み干し、恍惚と呟いた。
「そうだ。……君のためなら、物理法則などいくらでもねじ曲げてやろう」
こうして、ルルの住む街は、世界で唯一「完全な無菌・無花粉地帯」となり、WHOや環境保護団体が調査に来るほどのミステリースポットとなったが、その原因が「一人の配信者の散歩のため」であることは、誰も知らない。
本日のメイン登場人物
小狐ルル:花粉症
ドクター:花粉症じゃない




