第二次世界大戦(共産ブロック版) ― 1942年前半:赤潮の進撃と連合国の誕生 ―
1942年1月 フランス陥落
「パリ赤旗掲揚事件」
• 1941年10月に始まったドイツ人民軍の侵攻は、年明けまでにフランス軍主力を壊滅。
• 1942年1月9日、パリ陥落。市庁舎に赤旗が掲げられ、パリ・コミューン再建が宣言され
る。
• 共産主義政権「フランス人民共和国臨時政府」が成立し、モスクワの承認を受ける。
しかし、南フランスでは旧政権側が抵抗を続け、
ヴィシーに残ったペタン元帥が**「フランス国臨時政府」**(非共産・親英派)を樹立。
→ 史実のヴィシー政権が、ここでは“反共政府”として存続。
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1942年2月 「バトル・オブ・ブリテン」再来
― 赤い空軍 vs 英国本土 ―
• ドイツ空軍(共産ブロック)は「ロンドン制圧作戦」を発動。
• 戦略爆撃と宣伝放送を組み合わせ、英国内の労働者蜂起を誘発しようとする。
• だが、チャーチル首相の強力な指導で国内の士気は維持。
• 史実同様、RAF(英空軍)の奮戦により本土侵攻は阻止される。
→ ただしイングランド南部都市(ブリストル、ポーツマス)は壊滅的被害を受ける。
英国内ではこの戦いを「第二のトラファルガー」と呼び、
反共と国民統一の象徴的勝利とする。
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1942年3月 アジア戦線激化
― 満州崩壊と朝鮮防衛戦 ―
• ソ連極東軍が奉天・長春・ハルビンを制圧。満州国崩壊。
• 関東軍は遼東半島と咸鏡北道に撤退、朝鮮北部で激戦。
• 3月末、ソ連軍が清津・羅津に到達。
**「鴨緑江戦線」**が形成される。
→ 史実の朝鮮戦争のように、北緯38度線付近での血戦が始まる。
日本の対応
• 帝国陸軍は「東亜防衛戦」を宣言し、朝鮮総督府を軍政化。
• 本土防衛のため本州北部から大規模な増援を派遣。
• 北海道・樺太にも空襲が相次ぐ。
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1942年4月 中国内戦再燃
― 中華人民共和国 vs 中華民国 ―
• ソ連軍の支援を受けた中国共産党が満州経由で大攻勢。
• 延安・満州・内蒙古を基盤に「中国人民共和国臨時政府」を樹立(毛沢東が主席)。
• 蒋介石の中華民国政府は、共産主義包囲のため日本と休戦状態を正式に宣言。
→ **史上初の「日中共同声明(1942年4月8日)」**が発表される。
「東亜における自由と独立を守るため、両国は共に進む」
この瞬間、長年の敵同士だった日本と中国国民党が同盟関係に転じる。
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1942年5月 連合国の形成
― 対共産圏防衛のための「太平洋協定」締結 ―
• イギリス・日本・中華民国・アメリカ・オランダが、ハワイで共同会談を開催。
• 名目は「極東防衛協定」、実質的には反共連合の成立。
**「連合国(Allied Powers)」**の成立宣言が発表される。
加盟国:英・米・日・中・蘭・豪・加(のちに印・仏ヴィシー政権が参加)
特徴
• 主敵は「国際共産ブロック」(独・ソ・中共・仏共・スペイン)。
• 戦略目標は「欧州奪還」「満州・朝鮮防衛」。
• アメリカはLend-Leaseを日本・中国・イギリスへ大規模に供与。
• 日本に最新戦闘機・無線技術・燃料が送られ、帝国海軍の近代化が急進。
→ 史実では敵だった国々が、この世界では完全に同盟側。
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1942年6月 朝鮮戦線の地獄
― “アジアのスターリングラード”開幕 ―
• 鴨緑江沿岸でソ連軍と日中連合軍が激突。
• 山岳・河川・トンネルを利用した長期防衛戦。
• ソ連軍は空軍・戦車で圧倒するも、補給が脆弱で膠着。
清津・元山・咸興の各都市が焦土化。
民間人犠牲は100万人を超える。
日中両軍は「東亜のベルリン防衛」と呼ばれるほどの抵抗を見せ、
ソ連の南下を一時的に阻止。
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世界の構図(1942年末時点)
陣営 主要国 主戦場
共産ブロック ソ連・ドイツ・中共・仏共・スペイン フランス・ポーランド・朝鮮・満州
連合国 英・米・日・中華民国・伊・蘭 英本土・地中海・朝鮮・中国東北
中立・緩衝 スウェーデン・スイス・トルコ・南米諸国 情報戦・スパイ戦が激化
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戦略的帰結
1. 欧州: フランスが赤化、イギリス孤立。だが本土防衛に成功。
2. アジア: 満州喪失、朝鮮で膠着。日本・中華民国が共闘。
3. 国際秩序: 英米日中が同盟化。共産ブロックとの二大陣営構造が形成。
4. 戦争の様相:
• 欧州=「赤いヨーロッパ」化
• アジア=「極東の防衛戦」
• 戦争は完全な**イデオロギー対決(民主主義 vs 共産主義)**へ
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歴史的評価
歴史家たちはこの時代を後にこう呼びます:
「第二次世界大戦(世界共産革命戦争)」
― そしてその中核にいたのは、かつての敵国・日本だった。




