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**「日本と中華民国(国民党政府)の停戦成立」**

背景:日中戦争の様相(1937–1939)

ヒトラー不在のヨーロッパでは、

ドイツは「ナチズム」ではなく「共産主義国家」としてソ連と急接近。

1930年代末には、**ソ=独=スペインの“赤い枢軸”**が成立していました。

このため、東アジアにおいて日本が対峙する脅威は、

史実の「英米の経済制裁」ではなく、

むしろ「共産主義勢力の東進」となります。

日本は1937年の盧溝橋事件後、当初は短期決戦を目指しましたが、

中華民国政府(蒋介石政権)の徹底抗戦により戦線は長期化。

しかし「共産化ドイツによる毛沢東支援」が本格化すると、

日本・国民党双方にとって**「共産主義の波」こそ最大の脅威**と認識されるようになり

ます。

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転機:ドイツ=ソ連=中共の提携(1939)

1939年、ドイツとソ連が「東方社会主義協力協定」を締結。

この結果、中国共産党(延安政権)は両国から次の支援を受けます。

• ソ連:軍事顧問団・航空支援・物資輸送(新疆経由)

• ドイツ:通信機材・戦術教官団・義勇兵部隊の派遣

この「外部勢力による中共強化」は、国民党・日本双方に衝撃を与えました。

同時に、英仏が日本との戦争拡大を望まず、

「共産化阻止のための現地協調」を非公式に容認したことも大きな転機です。

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日中停戦への道(1939–1940)

① 日本側の変化:現実主義外交の台頭

• 陸軍内では「北進論」よりも「満州・華北安定化重視論」が優勢化。

• 近衛文麿・重光葵らは「国共分断の固定化こそ利益」と判断。

• 英仏が対独抑止のために日本との衝突を避ける姿勢を見せたため、外交的余地が生まれ

る。

② 蒋介石側の変化:生き残りのための妥協

• 南京・武漢の陥落後も長江上流で抗戦を続けるが、経済・兵站ともに限界。

• ソ連が毛沢東支援を優先し、蒋介石政権への援助が減少。

• 「日本との講和で中共を封じる」という現実的選択に傾く。

③ 米英の反応

• アメリカはまだ孤立主義で、蒋への支援も限定的。

• 英国はヨーロッパの赤化に直面し、日本を「潜在的な反共パートナー」と見るようにな

る。

• このため、英国は裏で「日本=重慶間の停戦仲介」に動く。

---

「南京・重慶協定」(1940年3月)

日中停戦を実現させた歴史的合意。

史実の「汪兆銘政権による傀儡和平」ではなく、

正式な日中政府間の停戦条約として成立します。

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【協定の主要条項】

条項 内容

第1条 日本国および中華民国は戦闘行為を全面停止する。

第2条 華北・満州は日本の安全保障圏とし、軍政を維持。

第3条 長江以南は中華民国政府の主権下に復帰。

第4条 共産主義勢力に対しては双方協力して防衛行動を取る。

第5条 日中間の通商を再開し、産業・交通を共同開発する。

第6条 いかなる第三国(特にソ連・ドイツ)による干渉も拒否する。

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国際反応

• 英国・フランス:協定を事実上承認し、東アジアの安定を歓迎。

• アメリカ:懐疑的ながら静観(孤立主義政策継続)。

• ソ連・ドイツ:激しく反発。「帝国主義と反革命の結託」と非難。

• 中国共産党:裏切りと見なし、延安で「抗日抗蒋統一戦線」を宣言。

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停戦後の協力関係(1940–1943)

停戦によって、両国は「反共防衛ライン」の構築に踏み出します。

分野 協力内容

軍事 日本軍顧問が国民党軍再編を支援。北支・中支に共同警備区域を設置。

経済 満州鉄道・華中鉄道の統合運営、鉱山・軽工業の共同管理。

政治 南京に日中協議委員会を設立し、両政府が定期協議。

宣伝 「反共・東亜新秩序」構想を共同発表(史実の“大東亜共栄圏”の代替)。

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結果:国共対立の再燃(1941以降)

停戦により中華民国が息を吹き返す一方、

毛沢東率いる中国共産党は「反蒋・反日」を掲げて勢力拡大を続ける。

• ソ連・ドイツからの支援が続き、紅軍は近代化。

• 華北・西域での「紅色根拠地」拡大。

• 日本・中華民国は共同で「華北鎮静戦」を開始。

つまり、

日中戦争は「反共戦争」に形を変えて継続することになります。

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総括

観点 内容

停戦の動機 共産主義の拡大阻止という共通目的

成果 日中間の戦闘停止・限定的な協調関係

失敗点 共産勢力の急拡大により、長期的安定は得られず

歴史的意義 「東亜反共ブロック」の誕生と、冷戦型構造の始まり

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