北イタリアと北朝鮮が、南イタリア・韓国へ同時侵攻するために、どのように戦争準 備・秘密協定を結び、そしてソ連はなぜ“黙認”したのか
前提状況(1968〜1972)
• フルシチョフ退任後、ソ連は ブレジネフ派 による「安定と停滞」の時代へ。
• しかし若い世代の一部は、
「革命はまだ終わっていない」
と考える急進派を形成。
• 北イタリアは “失われたイタリア統一” を掲げる理想主義国家。
• 北朝鮮は “朝鮮半島統一の解放者” を自認する軍事国家。
両者に共通するのは:
共有理念 内容
民族統一 南は「裏切り・不完全・未解放」の象徴
革命の継続 フルシチョフ式“秩序社会主義”への反発
急進的正当性 「力こそ歴史を動かす」という確信
つまり両国は、
“停滞した社会主義帝国の中で、最後の炎として自らを位置づける”
。
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秘密協定の形成(1969〜1971)
Ⅰ. 出会いのきっかけ:ベルリン文化交流代表団
• ドイツ革命派残党が亡命していたベルリンには、
北朝鮮・北イタリア両方の青年党幹部が出入りしていた。
• 1969年、ベルリンの国際労働者音楽祭で
「革命の継承」をテーマにした非公式討議が行われる。
ここで初めて両国は、
「我々は同じ運命にある。
南の腐敗と妥協を破壊し、民族を回復せねばならない」
と確認する。
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Ⅱ. 正式な秘密協定:トリノ会談(1970年9月)
会談場所: トリノ自動車工業組合会館・地下会議室
出席:
• 北イタリア社会主義共和国 国防委員会代表
• 朝鮮労働党 作戦部長(金日成信任者)
• ソ連軍参謀本部・急進派連絡員(非公式)
協定内容(非公開)
項目 内容
作戦目的 南朝鮮および南イタリア政府の軍事的瓦解
攻撃方式 同時侵攻 により連合国の対応力を分散
情報共有 ソ連軍急進派が衛星偵察・暗号通信を供与
開戦理由 北→「民族解放統一戦争」 / 北伊→「イタリア統一の回復」
想定見返り 南領土の吸収 + 欧州・アジアに新たな“赤い前線”構築
この時点で、北朝鮮と北イタリアは 兄弟国家同盟 として秘密に連絡線を確立する。
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ソ連はなぜ「黙認」したのか?
ポイントは ソ連内部の派閥対立。
派閥 立場 北伊・北朝鮮への態度
ブレジネフ主流派 安定・現状維持 公的には反対
ソ連軍急進派(東欧戦争の経験将官) 理想主義・勢力拡張 強く支持
KGB旧ベリヤ系 バランス重視・影響力保持 黙認(介入せず)
黙認の理由を一言で言うと:
ソ連は自ら戦う気はないが、他人が南側勢力を弱らせるのは望ましい。
つまり、
• 公式には不支持
• 実際には情報支援
• 失敗したら関与を否定できる
という “影の承認” が取られた。
これをソ連内部では
「灰色の許可(Серое разрешение)」
と呼んだ。




