韓国の独裁体制と経済停滞(1945〜1975)
Ⅰ. 建国と「前線国家」意識(1945〜1955)
この世界では朝鮮半島は **南部だけが“連合国支配地域”**として独立します。
南は日本・米英の影響下で建国されますが、次の条件が重くのしかかります:
• 北朝鮮は 早期から高度重工・軍事国家化
• ソ連は「赤い欧州共同体」を築き、世界の陸上覇権を握る
• 日本は 戦災が少なく経済復興が速い
→ 韓国は建国の時点で 軍事圧迫と経済格差に挟まれた小国 となる。
国家スローガン
「国が滅びるか、生き残るか」
そのため、建国初期から「民主政治」は 後回し になる。
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Ⅱ. 朴正熙体制の成立と経済成長(1955〜1968)
史実同様、韓国は軍部主導の統治構造を持ちます。
• 朴正熙は「開発独裁」を掲げ、輸出産業育成と工業化を推進
• しかし日本ほど資本蓄積も技術基盤もない
産業構造(この世界ではより偏る)
分野 状態
重工業 日本依存、国内技術力弱い
繊維・軽工業 安価労働依存、収益不安
農業 零細・生産性低い
教育 高学歴化が進むが職がない
→ 「発展の形はあるが、内部の基盤は脆い国家」 となる。
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Ⅲ. 成長の限界と格差拡大(1968〜1972)
① 日本との格差の可視化
• 1960年代、日本は 大東亜共栄圏の中心工業国として高度成長
• 韓国の若者は 「日本で働く=成功」 という現実を突きつけられる
→ 「屈辱の経済意識」が社会に定着
② 北朝鮮との比較
• 北朝鮮は 軍事国家 + 重工業国家として“強い国家”を演出
• 韓国の兵役・徴税は強化されるが、生活水準は改善されない
→ 民衆意識:
「北は強い、南は苦しい、日本は豊か」
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Ⅳ. 権威主義の強化(1970〜1972)
朴正熙政権は、
経済停滞と社会不満を「反北・反共・国家安全」を掲げて抑え込む。
手法 内容
戒厳令 大学・メディアの抗議を封殺
KCIA 反政権勢力の監視・拘束
愛国教育 「反共=国民の義務」化
軍事動員 国民生活を軍規で統制
→ 韓国は 「軍が社会を統治する国家」 となる。
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Ⅴ. 第二次朝鮮戦争前夜の韓国(1972〜1975)
北朝鮮は軍事力と自信を高め、統一戦争を準備する。
その脅威の前で、韓国政府は次の選択をとる:
「民主は贅沢だ。国を守ることが先だ。」
制度的帰結
• 大統領権限の強化(事実上の終身統治)
• 国民皆兵・非常動員法制
• 労働運動と学生運動の全面禁止
• 物資統制による生活圧迫
→ 国家は停戦中の“戦時国家”として凍結される。
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Ⅵ. 経済停滞の実際
指標 傾向
GDP成長 年3%前後で伸び悩み
失業率 高止まり
住宅 都市スラム拡大
国民意識 「努力しても報われない」
→ 「生きるのに苦しいが、声を上げることもできない社会」
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Ⅶ. 歴史的評価
韓国は“生き残るために自由を凍結した国家”だった。
しかしその凍結は、やがて内部からの爆発を招く。
この社会的緊張が
→ 1972年の 第二次朝鮮戦争発生時
→ 社会を一度「ゼロ地点」に引き戻す形で噴出する。
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まとめ
時代 特徴
1950s 建国、軍主導体制
1960s 開発独裁と表面的成長
1970s前半 成長限界 → 格差・不満
1970s中盤 独裁強化と社会凍結
1972〜1975 第二次朝鮮戦争へ
韓国は、
自由を捨てて生き残りを選んだ国だった。
しかし、その生存の代償は 未来の可能性の停滞であった。




